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第7話 ギャップ萌えの日々

 暗黒城での生活も五日目の朝を迎えた。すっかり慣れた石造りの部屋で目を覚ます。


(押し掛け女房の自覚あり。あと二日で試用期間終了か……なんとかせな)


 朝の日課となった剣術練習のため、中庭へ向かう。レオンハルトはすでに上半身裸で素振りをしていた。


 朝日を浴びた筋肉が――


(ぶほおおっ! アカン、朝から目の毒や! いや、眼福や!)


 火照る顔を髪の毛で隠しながら、木剣を手に取る。


「おはようございます」

「……ああ」


 相変わらず言葉少なだが、この数日で少しずつ打ち解けてきた気がする。


「今日は受け身の練習だ」

「はい!」


 一時間みっちりと指導を受ける。レオンハルトは厳しいが、教え方が丁寧だ。


「力の流し方が上手くなってきた」

「本当ですか?」

「ああ。飲み込みが早い」


 褒められて嬉しくなる。前世では仕事以外で褒められることなんてなかったから。



 朝食後、レオンハルトが言った。


「今日は村に買い出しに行く」

「私も行きますっ!」

「……ついて来るな」

「なんでですか? 荷物持ち手伝いますよ」


 渋る彼を説得して、一緒にデート、いや買い出しで村へ向かうことになった。


「この森は、適切な経路を辿れば魔物に出会わない」

「先に教えて下さいよっ!」

「君が魔物に襲われたのは、俺と出会う前の話だ」

「そりゃそうですけど……」


 自分でも唇が尖っているのがわかった。



 森の入口近くの村。数日前に立ち寄った場所だ。


 レオンハルトはフードを深く被り、顔を隠している。


「バレたくないんですか?」

「……面倒なことになる」


 市場を回りながら、野菜や肉を買い込んでいく。村人たちは、フードの男を警戒しながらも、普通に商売していた。


「トマト、新鮮だよ!」


 八百屋のおばさんが声をかけてくる。レオンハルトが品定めをしている隙に、こっそり聞いてみた。


「あの、暗黒騎士って知ってます?」

「ああ、知ってるよ。最近は村を守ってくれるんだ」

「守ってくれる?」

「魔物が出た時にね。この前も、子供が森に迷い込んだ時、助けてくれたって」


(ヒーローやん)


 レオンハルトを見ると、トマトを真剣に選んでいた。

 暗 黒 騎 士 なのに。


「これと、これと……」

「お兄さん、料理するの?」

「……ああ」

「奥さんのために?」


 おばさんの言葉で、私たちは固まった。


「ち、違います! 私はただの……」

「そ、そうなんだ。お似合いだと思ったのに」


 顔が熱くなる。横を見ると、レオンハルトも耳を赤くしている。


「行くぞ」


 足早に市場を後にする。


 帰り道、荷物を持ちながら歩いていると、小さな子供が転んで泣いていた。


「大丈夫?」


 駆け寄って助け起こす。膝を擦りむいていた。


「痛い……」

「ちょっと待ってね」


 ハンカチで傷口を押さえていると、レオンハルトが隣にしゃがみ込んだ。


「見せてみろ」


 優しい手つきで傷を確認し、持っていた薬草を取り出す。


「これを塗れば、すぐ治る」

「ありがとう、おじちゃん!」


 子供が笑顔で走り去っていく。


(おじちゃん……)


 レオンハルトの顔が微妙に歪んだ。


「プッ……おじちゃんって」

「……笑うな」

「だって、まだ24歳なのに」

「子供から見れば、おじちゃんだ」


 拗ねたような口調がおかしくて、また笑ってしまった。



 城に戻り、買ってきた食材で昼食の準備をする。今日は私が作る番だ。


「何を作るんだ?」

「オムライスです!」

「オムライス?」


 また前世の料理を作ることにした。この世界にケチャップはないが、トマトを煮込んで、砂糖をひとつまみ。これで代用できるはず。


 チキンライスを作り、薄焼き卵で包む。形は少し崩れたが、なんとか完成。


「……面白い料理だな」

「美味しいですよ」


 一口食べたレオンハルトの表情が和らいだ。


「……うまい」

「でしょう?」


 嬉しくなって、自分の分も頬張った。


 食後、レオンハルトが立ち上がった。


「午後は出かける」

「どこへ?」

「……用事がある」


 それ以上は教えてくれなかった。


 一人になった城内を掃除していると、レオンハルトの部屋の前を通りかかった。


(入っちゃダメって言われてないし……ちょっとだけ)


 扉を開けると、予想通り整頓された部屋だった。本棚には歴史書や魔法書がびっしり。


 机の上に、何か光るものがあった。


(これは……紋章?)


 見覚えのある紋章だった。どこかで――


 ガチャッ


「何をしている」


 振り返ると、レオンハルトが立っていた。いつの間に帰ってきたのか。


「あ、あの、掃除をしようと思って」

「ここは入るなと言ったはずだ」

「言われてません!」

「……そうか」


 確かに言われていなかった。レオンハルトが困ったような顔をする。


「とにかく、出ろ」

「はい……」


 部屋を出る時、ふと気づいた。レオンハルトの肩に、赤い染み。


「それ、血ですか!?」

「……大したことない」

「大したことあります! 手当てさせてください!」


 無理やり居間に連れて行き、傷を確認する。深くはないが、確かに剣による傷だった。


「誰とやり合ったんですか?」

「……」

「教えてくれないんですね」


 黙って傷の手当てをする。レオンハルトは大人しく手当てを受けていた。


「心配、したんですよ」

「……すまない」


 小さな謝罪の言葉。それだけで、少し心が軽くなった。



 夕食は、レオンハルトが片手で器用に作った。怪我をしているのに、相変わらず美味しい。


「明日で試用期間が終わりですね」

「……ああ」

「私、合格ですか?」


 レオンハルトが顔を上げた。赤い瞳と目が合う。


「君は……」


 その時、窓の外で何かが動いた。


 黒い影。カラス?


 レオンハルトも気づいたらしく、さっと立ち上がる。


「今日はもう休め」

「でも――」

「いいから」


 有無を言わせぬ口調だった。


 部屋に戻りながら考える。レオンハルトの怪我、謎の外出、そして今のカラス。


(なんか、きな臭くなってきたな)


 でも、今は彼を信じるしかない。


 明日で試用期間最終日。


 果たして、私はここに残れるのだろうか。


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