第7話 ギャップ萌えの日々
暗黒城での生活も五日目の朝を迎えた。すっかり慣れた石造りの部屋で目を覚ます。
(押し掛け女房の自覚あり。あと二日で試用期間終了か……なんとかせな)
朝の日課となった剣術練習のため、中庭へ向かう。レオンハルトはすでに上半身裸で素振りをしていた。
朝日を浴びた筋肉が――
(ぶほおおっ! アカン、朝から目の毒や! いや、眼福や!)
火照る顔を髪の毛で隠しながら、木剣を手に取る。
「おはようございます」
「……ああ」
相変わらず言葉少なだが、この数日で少しずつ打ち解けてきた気がする。
「今日は受け身の練習だ」
「はい!」
一時間みっちりと指導を受ける。レオンハルトは厳しいが、教え方が丁寧だ。
「力の流し方が上手くなってきた」
「本当ですか?」
「ああ。飲み込みが早い」
褒められて嬉しくなる。前世では仕事以外で褒められることなんてなかったから。
*
朝食後、レオンハルトが言った。
「今日は村に買い出しに行く」
「私も行きますっ!」
「……ついて来るな」
「なんでですか? 荷物持ち手伝いますよ」
渋る彼を説得して、一緒にデート、いや買い出しで村へ向かうことになった。
「この森は、適切な経路を辿れば魔物に出会わない」
「先に教えて下さいよっ!」
「君が魔物に襲われたのは、俺と出会う前の話だ」
「そりゃそうですけど……」
自分でも唇が尖っているのがわかった。
*
森の入口近くの村。数日前に立ち寄った場所だ。
レオンハルトはフードを深く被り、顔を隠している。
「バレたくないんですか?」
「……面倒なことになる」
市場を回りながら、野菜や肉を買い込んでいく。村人たちは、フードの男を警戒しながらも、普通に商売していた。
「トマト、新鮮だよ!」
八百屋のおばさんが声をかけてくる。レオンハルトが品定めをしている隙に、こっそり聞いてみた。
「あの、暗黒騎士って知ってます?」
「ああ、知ってるよ。最近は村を守ってくれるんだ」
「守ってくれる?」
「魔物が出た時にね。この前も、子供が森に迷い込んだ時、助けてくれたって」
(ヒーローやん)
レオンハルトを見ると、トマトを真剣に選んでいた。
暗 黒 騎 士 なのに。
「これと、これと……」
「お兄さん、料理するの?」
「……ああ」
「奥さんのために?」
おばさんの言葉で、私たちは固まった。
「ち、違います! 私はただの……」
「そ、そうなんだ。お似合いだと思ったのに」
顔が熱くなる。横を見ると、レオンハルトも耳を赤くしている。
「行くぞ」
足早に市場を後にする。
帰り道、荷物を持ちながら歩いていると、小さな子供が転んで泣いていた。
「大丈夫?」
駆け寄って助け起こす。膝を擦りむいていた。
「痛い……」
「ちょっと待ってね」
ハンカチで傷口を押さえていると、レオンハルトが隣にしゃがみ込んだ。
「見せてみろ」
優しい手つきで傷を確認し、持っていた薬草を取り出す。
「これを塗れば、すぐ治る」
「ありがとう、おじちゃん!」
子供が笑顔で走り去っていく。
(おじちゃん……)
レオンハルトの顔が微妙に歪んだ。
「プッ……おじちゃんって」
「……笑うな」
「だって、まだ24歳なのに」
「子供から見れば、おじちゃんだ」
拗ねたような口調がおかしくて、また笑ってしまった。
*
城に戻り、買ってきた食材で昼食の準備をする。今日は私が作る番だ。
「何を作るんだ?」
「オムライスです!」
「オムライス?」
また前世の料理を作ることにした。この世界にケチャップはないが、トマトを煮込んで、砂糖をひとつまみ。これで代用できるはず。
チキンライスを作り、薄焼き卵で包む。形は少し崩れたが、なんとか完成。
「……面白い料理だな」
「美味しいですよ」
一口食べたレオンハルトの表情が和らいだ。
「……うまい」
「でしょう?」
嬉しくなって、自分の分も頬張った。
食後、レオンハルトが立ち上がった。
「午後は出かける」
「どこへ?」
「……用事がある」
それ以上は教えてくれなかった。
一人になった城内を掃除していると、レオンハルトの部屋の前を通りかかった。
(入っちゃダメって言われてないし……ちょっとだけ)
扉を開けると、予想通り整頓された部屋だった。本棚には歴史書や魔法書がびっしり。
机の上に、何か光るものがあった。
(これは……紋章?)
見覚えのある紋章だった。どこかで――
ガチャッ
「何をしている」
振り返ると、レオンハルトが立っていた。いつの間に帰ってきたのか。
「あ、あの、掃除をしようと思って」
「ここは入るなと言ったはずだ」
「言われてません!」
「……そうか」
確かに言われていなかった。レオンハルトが困ったような顔をする。
「とにかく、出ろ」
「はい……」
部屋を出る時、ふと気づいた。レオンハルトの肩に、赤い染み。
「それ、血ですか!?」
「……大したことない」
「大したことあります! 手当てさせてください!」
無理やり居間に連れて行き、傷を確認する。深くはないが、確かに剣による傷だった。
「誰とやり合ったんですか?」
「……」
「教えてくれないんですね」
黙って傷の手当てをする。レオンハルトは大人しく手当てを受けていた。
「心配、したんですよ」
「……すまない」
小さな謝罪の言葉。それだけで、少し心が軽くなった。
*
夕食は、レオンハルトが片手で器用に作った。怪我をしているのに、相変わらず美味しい。
「明日で試用期間が終わりですね」
「……ああ」
「私、合格ですか?」
レオンハルトが顔を上げた。赤い瞳と目が合う。
「君は……」
その時、窓の外で何かが動いた。
黒い影。カラス?
レオンハルトも気づいたらしく、さっと立ち上がる。
「今日はもう休め」
「でも――」
「いいから」
有無を言わせぬ口調だった。
部屋に戻りながら考える。レオンハルトの怪我、謎の外出、そして今のカラス。
(なんか、きな臭くなってきたな)
でも、今は彼を信じるしかない。
明日で試用期間最終日。
果たして、私はここに残れるのだろうか。