第6話 暗黒城の居候
翌朝、鳥の声で目が覚めた。見慣れない天井。石造りの部屋。
(あ、そうか。暗黒城に泊めてもらったんやった)
ベッドから起き上がる。意外にも、寝心地の良いベッドだった。シーツも清潔で、ほのかに良い香りがする。
(ラスボスなのに、めっちゃ几帳面)
着替えて部屋を出ると、廊下から良い匂いが漂ってきた。厨房へ向かうと、レオンハルトが朝食の準備をしていた。
「おはようございます!」
「……起きたか」
振り返りもせずに、淡々とパンを切っている。
「朝食、手伝います!」
「いい。もうできる」
テーブルに、焼きたてのパン、スクランブルエッグ、ベーコン、そして野菜たっぷりのスープが並ぶ。
「毎朝こんなに作るんですか?」
「……朝はちゃんと食べないと、一日持たない」
(意外と健康的……)
食事を終えると、レオンハルトが口を開いた。
「約束通り、出て行ってもらう」
「でも、私まだあなたのことをよく知りません!」
「知る必要はない」
「あります! だって、好きになった人のことは知りたいじゃないですか!」
レオンハルトの眉間に皺が寄った。
「……なぜ、そこまで」
「一目惚れだと言ったはずです」
これは本当。真面目にじっと見つめる。レオンハルトは居心地悪そうに視線を逸らした。
「とりあえず、家政婦として雇ってください」
「は?」
「この広い城、一人で管理するの大変でしょう? 私、掃除も洗濯も得意です」
嘘である。前世では仕事が忙しくて、家事なんてほとんどしていなかった。今世では令嬢で、なおさら何もやっていない。
「いらない」
ですよねー。けど、諦めない!
「お給料もいりません! 住み込みで働きます!」
「だから――」
「お願いします!」
土下座する勢いで頭を下げた。
長い沈黙。
やがて、深いため息が聞こえた。
「……一週間だ」
「え?」
「一週間だけ、試用期間として雇う。それで使えないと判断したら、出て行ってもらう」
「はい! ありがとうございます!」
(よっしゃ! 一週間あれば、絶対に攻略してみせる!)
*
早速、城の掃除を始める。といっても、思ったより綺麗に保たれていた。
「レオンハルトさん、いつも一人で掃除してるんですか?」
「……ああ」
「マメですね」
「散らかってるのが嫌いなだけだ」
書斎の掃除をしていると、大量の本が並んでいることに気づいた。歴史書、魔法理論、そして――
「料理の本?」
料理のレシピ本が、ずらりと並んでいる。初心者向けから、プロ向けまで。
「これ、全部読んだんですか?」
「……暇だったから」
彼は頬を赤らめて、本を片付け始める。
(かわゆいい……ツンデレか!)
昼食の時間。今度は私が作ると言い張った。
「本当に作れるのか?」
「もちろんです! 得意料理は……」
(やばい、何も思いつかん)
「に、肉じゃがです!」
「肉じゃが?」
「ええ、私の故郷の料理で……」
慌てて厨房に立つ。前世の記憶を頼りに、なんとか作ってみる。
じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、そして肉。調味料は……醤油がない。仕方なく、塩と香辛料で味付けする。
一時間後。
「できました!」
テーブルに、なんとか形になった肉じゃがもどきを置く。
レオンハルトが一口食べる。
「……」
「ど、どうですか?」
「……母の味に似ている」
「え?」
一瞬、レオンハルトの表情が和らいだ。けれど、すぐに元の無表情に戻った。
「美味い。ありがとう」
「本当ですか!?」
(やった! 料理スキルで好感度アップ!)
*
午後は、レオンハルトの剣術練習を見学した。城の中庭で、一人黙々と剣を振るう姿。
「すご……」
基本の型から、高度な技まで。全てが完璧だった。
「あの、私にも教えてもらえませんか?」
「……なぜ?」
「もっと強くなりたいんです。昨日みたいに、足手まといになりたくない」
素振りをやめて、レオンハルトが振り返る。
「君はもう十分強い」
「でも、魔狼に勝てませんでした」
「それは……レベルの問題だ」
(お、ゲーム用語知ってる?)
「じゃあ、レベルを上げる方法を教えてください」
しばらく考えた後、レオンハルトが木剣を投げてよこした。
「受けてみろ」
構える。次の瞬間、目にも止まらぬ速さで木剣が振り下ろされた。
なんとか受け止めた。
衝撃で膝が崩れそうになる。
「力に頼りすぎだ。相手の力を利用しろ」
「は、はい!」
それから一時間、みっちりと指導を受けた。容赦ない特訓だったが、自覚できるほど動きが良くなっていく。
「筋がいい。才能はある」
「本当ですか?」
「ああ。だが、過信は禁物だ」
*
夕食は、再びレオンハルトが作った。今度は魚のムニエルに、クリームソース。
「美味しい……レストランみたいです」
「……大げさだ」
でも、褒められて嬉しそうな顔をしている。
(ほんま、ギャップ萌えの塊やな)
食後、暖炉の前でくつろぐ。パチパチと薪が爆ぜる音が心地よい。
「レオンハルトさん」
「なんだ」
「どうして一人で、こんな場所に?」
地雷を踏んだかもしれない。でも、聞かずにはいられなかった。
長い沈黙の後、レオンハルトが口を開いた。
「……理由がある」
「話したくないなら、無理しなくていいです」
「いや……」
炎を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「復讐のためだ」
「復讐?」
「王国に、な」
重い空気が流れる。これ以上聞いてはいけない気がした。
「でも」
レオンハルトが続けた。
「最近、それも……どうでもよくなってきた」
「え?」
「復讐なんて、虚しいだけだと……やっと分かった」
その横顔がとても寂しそうで、思わず手を伸ばしていた。レオンハルトの手に、そっと触れる。
「一人は、寂しいですよね」
手を引っ込めようとしたが、逃げられなかった。レオンハルトが、そっと握り返してきたから。
「……温かいな」
小さな呟き。
暖炉の炎に照らされて、二人の影が壁に映る。
まだ出会って二日目。
でも、この瞬間、確かに心が通じ合った気がした。
(これは……もしかして、本当に恋に落ちてしまうかも)
危険な予感がした。
私は、ラスボスを攻略するために来た。
でも、目の前にいるのは、孤独な一人の青年だった。
一週間の試用期間。
果たして、攻略できるのは彼の方か、それとも――
私の方なのか。