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第3話 追放という名の解放

 再び王城の謁見の間に呼び出された。


 正式な追放宣告を受けるために。


 玉座には国王が鎮座し、その周囲には重臣たちが居並んでいる。


「ステーシア・ブランドン」


 国王の声が響く。膝をついて頭を垂れる。


「これより汝に、正式な追放を申し渡す。本日日没までに王都を去り、二度と戻ることを許さぬ」

「承りました」


 顔を上げると、玉座の脇に立つ大司教ヴィンセントと目が合った。その唇がかすかに歪んでいた。


(この大司教、絶対なんか企んでるな。ゲームでも黒幕やったし)


「なお」


 大司教が口を開いた。


「王国の名において、汝の全財産を没収する――」

「待てぇい!」


 横から声が割り込んだ。ブランドン辺境伯、つまり私の父がが大股で前に出る。


「財産没収とは聞いておらぬぞ、大司教殿」

「辺境伯、これは重罪人への当然の――」

「がははは! 重罪人? 娘は聖女に意地悪しただけだろう? しかも聖女殿は許すと言った。違うか?」


 父の豪快な笑い声が謁見の間に響く。大司教の顔が引きつった。


 ミーナが慌てたように前に出る。


「あの、わたくしは別に財産まで奪えとは……」

「ほらみろ! 聖女殿も反対しておる!」


 国王が手を挙げて静粛を求めた。


「……ブランドン辺境伯の言い分にも一理ある。財産没収は撤回しよう」

「しかし陛下――」

「大司教、聖女の慈悲に逆らうつもりか?」


 王太子アルフレッドが口を挟む。どうやら財産没収までは望んでいなかったらしい。


(へぇ、王子様もまだ完全に腐ってはいないんやな)


 大司教は苦々しい表情で引き下がった。


「では、ステーシア・ブランドン。立つがよい」


 国王の言葉に従い、立ち上がる。


「汝に最後の慈悲を与えよう。行き先を申告すれば、そこまでの護衛をつけてやる」


 護衛? それは予想外だった。でも、暗黒の森に護衛付きで行くのは……


「ありがたきお言葉ですが、護衛は不要でございます」

「ほう?」

「わたくしは一人で、新たな人生を歩みたいと思います」


 謁見の間がざわめいた。若い令嬢が護衛もなしに旅立つなど、普通は考えられない。


「ステーシア、考え直せ」


 アルフレッドが言った。その声には、かすかな心配の色が滲んでいる。


(今更心配されても遅いわ!)


「ご心配には及びません、殿下。わたくしも辺境伯の娘。剣の腕には自信がございます」

「……そうか」


 アルフレッドは複雑な表情で視線を逸らした。その隣でミーナが安堵の息をついている。


「では、そのようにするがよい。執行官、この者を城門まで送れ」


 こうして、追放の儀は終わった。



 城門へと続く大通り。馬車の中で、セバスチャンが心配そうに話しかけてきた。


「お嬢様、本当に護衛なしで大丈夫なのですか?」

「ええ、大丈夫よ。それより、これを預かっていて」


 懐から手紙を取り出す。昨夜、牢獄で書いたものだ。


「エマに渡して。きっと心配しているから」

「承知いたしました」


 馬車が城門前で止まる。ここから先は一人だ。


 用意された旅装に着替える。動きやすい革の胴着に、丈夫な旅靴。腰には愛剣を下げる。


(お、この剣めっちゃいいやつ。さすが辺境伯の娘)


 城門の前には、見送りの人々が集まっていた。その中に、涙を堪えるエマの姿がある。


「ステーシア様!」

「エマ、来てくれたのね」

「当然です! でも、本当に一人で……」

「大丈夫。わたくし、強いから」


 エマを抱きしめる。耳元で小さく囁いた。


「いつか必ず、手紙を書くわ」

「待ってます! ずっと待ってます!」


 城門が開く。振り返ると、遠くの城壁の上に人影が見えた。金髪が風になびいている。アルフレッドだ。


(ふん、今更未練がましいわね)


 もう振り返らない。前を向いて足を踏み出す。


 城門を出ると、そこには広大な世界が広がっていた。


「さーて、どっちや? 暗黒の森は……」


 地図を広げる。王都から北東に三日の距離。歩いていくには少し遠い。


「馬、買わなあかんな」


 まずは近くの宿場町へ向かうことにした。追放された身とはいえ、金貨1000枚もあれば、しばらくは困らない。


 歩き始めて数時間。日が傾き始めた頃、後ろから馬のひづめの音が聞こえてきた。


(まさか追っ手? いや、でも護衛は断ったし……)


 振り返ると、五頭の馬が近づいてくる。先頭にいるのは――


「リリアナ!?」


 護衛と共に、妹が馬を止めて飛び降りてきた。一頭の馬には誰も乗っていない。


「お姉様! この馬を!」


 リリアナが差し出したのは、立派な鞍付きの馬の手綱だった。


「父様が『歩いていくなんて辺境伯の娘の恥だ』って」

「お父様……」


 目頭が熱くなる。口では豪快なことを言っていたが、やはり心配してくれていたのだ。


「それと、これも」


 リリアナが小さな袋を渡してくる。中を見ると、旅に必要な薬草や保存食が詰まっていた。


「母様が用意しました。『道中、体を壊さないように』って」


(母様……ゲームにはほとんど出てこなかったけど、ちゃんといたんだ)


「みんなに、ありがとうって伝えて」

「はい! お姉様も、お元気で!」


 リリアナを見送り、馬に跨る。立派な軍馬で、長旅にも耐えられそうだ。


「よし、行こか!」


 馬を走らせながら、北東の方角を目指す。夕日が地平線に沈んでいく。


 追放の身となったけれど、不思議と心は軽かった。


(これでやっと自由や! 婚約者に執着する悪役令嬢なんて、もうおさらば!)


 暗黒の森で待つラスボスの姿を思い浮かべる。黒髪赤眼の長身美形。設定では冷酷無比な暗黒騎士だが、実は――


(めっちゃ料理上手で、猫好きで、甘いもの好き……ギャップ萌えの宝庫!)


 馬を走らせながら、にやにやが止まらない。


 こうして、わたくし、悪役令嬢ステーシア・ブランドンは王都を追放された。


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