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第2話 46歳の悪役令嬢

 再び牢獄へと連れ戻された。石造りの冷たい独房に、藁を敷いただけの粗末な寝床。鉄格子の向こうでは、看守たちがひそひそと噂話をしていた。


「信じられるか? あの高慢な令嬢が、処刑台で泣き叫んだんだぞ」

「しかも変な言葉を使ってたらしいな。魔女なんじゃないか?」


 壁にもたれかかり、深いため息をつく。


(はぁ……マジでどうしよ。追放って言われても、この世界のこと、ゲーム設定以上には知らんし)


 とりあえず、現状を整理しなければ。指折り数えてみる。


 ステーシア・ブランドンの肉体年齢、18歳。中嶋さえ子としての精神年齢、28歳。合計すると……。


「数え間違いはない。精神年齢は46歳」


 思わず声が出てしまう。慌てて口を押さえるが、看守たちの視線が突き刺さる。


「ステーシア様、大丈夫ですか?」

「え、ええ、大丈夫ですわ。おーっほっほ!」


 とりあえず高笑いでごまかす。看守たちは首を振りながら持ち場に戻っていった。


(アカンな、悪役令嬢モードと素の自分がごっちゃになってる)


 牢の隅に置かれた水瓶に顔を映してみる。銀髪碧眼の美少女――いや、美女か。18歳にしては大人びた顔立ちで、確かに悪役令嬢と呼ぶにふさわしい気品と冷たさを併せ持っている。


(これが私の顔かぁ。ゲームのビジュアルまんまやな)


 そういえば、キャラクターデザインの時「もっと悪役っぽく!」「いや、美人じゃないと説得力が!」とデザイナーともめた記憶がある。結果的に「美しいけど性格が悪そう」という絶妙なバランスに仕上がったのだった。


 鉄格子の向こうから足音が聞こえる。顔を上げると、赤毛の美しい令嬢が立っていた。


「ステーシア様!」


 エマ・ローゼンタール。ゲーム内では主人公の親友ポジションで、ステーシアとも幼馴染という設定だった。


「エマ……」

「ひどい! あんまりですわ! 処刑だなんて!」


 エマは鉄格子を握りしめ、大粒の涙を流している。どうやら国外追放になったことは聞いていないらしい。


(あれ? エマってステーシア()のこと、こんなに心配してたっけ?)


 ゲーム本編では、エマは早々にステーシアを見限って聖女側につく設定だったはず。でも目の前のエマは、本気で心配しているように見える。


「ステーシア様、これを」


 エマは看守の目を盗んで、小さな包みを差し入れる。中身は焼きたてのパンと干し肉、そして小瓶に入った薬草茶。


「牢獄の食事なんて、とても口にできるものじゃありませんもの」

「エマ……」


 思わず目頭が熱くなる。前世でも今世でも、こんなに心配してくれる友人はいなかった。


「ありがとう。でも、もう会いに来ちゃダメよ」

「え?」

「わたくしは明日、追放されることになったの。エマまで巻き込みたくないわ」


 エマの顔が青ざめた。


「追放!? そんな……どこへ行かれるのですか?」

「まだ決めてないけど……」


(そういえば、どこ行こう? ゲーム設定だと、ブランドン辺境伯領は北の果てで、めっちゃ寒いんよな)


「あ、でも心配しないで。わたくし、意外と剣術も得意ですし」

「ステーシア様、最近『おーっほっほ』の練習しすぎて、おかしくなってません?」

「え?」


 エマが心配そうな顔でこちらを見つめている。


「さっきから言葉遣いが変ですし『意外と剣術も得意』って……ステーシア様、剣術大会で優勝したじゃないですか」


(あ、そうやった! ステーシアって辺境育ちで、めっちゃ強い設定やった!)


 ゲームでは「力に頼る野蛮な女」として描かれていた。当然ながら現実世界では相当な実力者ということか。


「そ、そうでしたわね。おーっほっほ!」

「やっぱり変です! 『おーっほっほ』も、なんだか無理してる感じがして……」


(ええい、やかましいわ!)


 看守が近づいてくる気配を感じ、エマは慌てて立ち上がった。


「面会時間終了だ」

「ステーシア様、必ず、必ずまたお会いしましょう!」


 エマは涙を拭いながら去っていく。その後ろ姿を見送りながら、決意を新たにする。


(よし、決めた。追放されるなら、いっそラスボス攻略したろ!)


 そう、この世界には最強の隠しキャラがいる。暗黒騎士レオンハルト・ヴァンデルヴァルト。ゲーム本編では王国に復讐を誓う悪役で、全ルートの攻略後に立ちはだかるラスボス。攻略不可とまで言われた難易度を誇るのだ。


 でも、私は知っている。制作時に「実は攻略可能にしよう」という案があったことを。結局、納期の都合でボツになったけど、設定だけは作り込んであった。


(暗黒の森の奥にある古城に住んでて、実は純情で料理が得意……ギャップ萌えの極みや!)


 牢獄の藁ベッドに横たわりながら、明日からの計画を練る。46歳(精神年齢)の悪役令嬢の、新たな人生が始まろうとしていた。



 翌朝、看守に起こされる。


「ステーシア様、出発の準備を」


 牢を出ると、ブランドン家の使用人が数人待っていた。その中に、見覚えのある初老の男性がいる。


「お嬢様、お迎えに上がりました」


 ブランドン家の執事、セバスチャン。ゲームではほとんど出番がなかったが、ステーシアに忠実な人物として設定されていた。


「セバスチャン……来てくれたのね」

「当然でございます。旦那様もお待ちです」


(旦那様? あ、お父さんか!)


 馬車に乗り込み、ブランドン邸へと向かう。王都の中心部から少し離れた場所にある、荘厳な屋敷。辺境伯という地位に相応しい重厚な造りだ。


 玄関を抜けると、大きな声が響いてきた。


「がははは! ステーシア! 生きて帰ってきたか!」


 赤毛の巨漢が階段を降りてくる。ブランドン辺境伯、私の父親だ。


「お父様……」

「処刑台で暴れたそうじゃないか! さすが我が娘! がははは!」


(え、褒められてる?)


 ゲーム設定では「娘の悪行に頭を悩ませる父親」だったはずなのに、目の前の父は豪快に笑っている。


「お父様、わたくし、追放されることに……」

「知っておる! だが死ぬよりマシだ! 好きなところへ行け! 路銀は用意してある!」


 執事のセバスチャンが革袋を差し出す。ずっしりと重い。


「これは……」

「金貨1000枚だ。足りなければ言え!」


(1000枚!? めっちゃ太っ腹!)


 感動していると、階段の上から小さな影が駆け下りてきた。


「お姉様!」


 14歳の妹、リリアナ。ゲームではほぼ出番がなかったが、姉思いの健気な妹として設定していた。


「リリアナ……」

「お姉様、これを持っていって!」


 リリアナが差し出したのは、美しい刺繍が施されたハンカチーフ。


「わたくしが刺繍したんです。お姉様の旅の安全を祈って……」


 涙が溢れそうになる。ゲームの中では描かれなかった、家族の温かさがここにはあった。


「ありがとう、リリアナ。大切にするわ」

「お姉様、『おーっほっほ』は?」

「え?」

「最近、毎朝練習してたじゃないですか。『もっと高らかに! もっと優雅に!』って」


(マジか、ステーシア……どんだけ悪役令嬢極めようとしてたの?)


「あー、うん、今日はいいかな……」


 家族に見送られ、再び馬車に乗り込む。王都の城門へと向かう道すがら、決意を新たにする。


(よし、暗黒の森へ行こう。ラスボス攻略して、この世界でやり直す!)


 46歳(精神年齢)悪役令嬢の、新たな冒険が始まろうとしていた。


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