第16話 シナリオライターの本領
事態は、予想以上に深刻だった。
ミーナを落ち着かせ、教会から王城へ移動した私たちを待っていたのは、恐るべき報告だった。
「申し上げます! 王都の外壁に、謎の魔物の大群が!」
騎士団長の報告に、謁見の間がざわめいた。
国王陛下が重い口を開く。
「ぬぅ……大司教は捕らえたが、既に手遅れだったか」
「父上」
アルフレッドが前に出る。
「偵察隊の報告では、魔物の数は千を超えるとのこと。しかも、統率が取れた動きをしているそうです」
「統率……まさか」
私は嫌な予感がした。そして、その予感は的中した。
窓の外から、増幅された声が響いてきた。
『愚かな人間どもよ。我が名はベルゼビュート。魔界より召喚されし災厄の王なり』
私は頭を抱えた。
(あかん……これ、ゲームの裏ボスやん!)
しかも、本来なら聖女の力で封印されているはずの存在。それが、大司教の企みで不完全な形で召喚されてしまったらしい。
「ミーナ!」
私は彼女に駆け寄った。まだ憔悴している彼女の肩を掴む。
「あなたの力で、あの魔王を」
「無理……」
彼女は力なく首を振った。
「私の力は、もうほとんど残ってない。王都の人たちに返してしまったから」
絶望的な状況に、皆が息を呑む。
レオンハルトが剣を抜いた。
「俺が行く」
「待って!」
当然ながら私は彼を止めた。
「一人じゃ無理です。あれは……」
(ゲームでは、全員の力を合わせてやっと倒せる相手やぞ。現実の世界では……確実に死人が出る)
必死に考える。何か、何か方法はないか。
その時、ふと気づいた。
(待てよ……もしかして)
「陛下! 王城の宝物庫に、古い書物はありませんか?」
「書物?」
国王が怪訝な顔をする。
「特に、この国の建国に関わるような」
「それなら……確か、始祖王の日記があったはずだが」
「それです! すぐに!」
私の必死さに押されたのか、国王は侍従に命じて日記を持ってこさせた。
古びた革表紙の日記。私はページを素早くめくっていく。
(あった!)
「これです……『聖剣と魔剣の伝説』」
皆が私の周りに集まってくる。
「始祖王は、光と闇の剣を使って魔王を封印したと」
「だが、その剣は既に失われて……」
国王の言葉を、私は遮った。
「いいえ。ヒントはあります」
私は日記の一節を指差した。
『光は清き乙女の心に宿り、闇は孤高なる騎士の魂に眠る』
「これって……」
エマが息を呑む。
私は頷いた。
「聖女と暗黒騎士。二人が力を合わせれば、伝説の剣が」
「でも、私にはもう力が……」
ミーナが首を振る。
私は彼女の手を取った。
「力じゃない。心です。純粋な心と……」
レオンハルトを見る。
「孤高なる騎士の魂」
彼は少し考えてから、頷いた。
「……やってみる価値はある」
窓の外では、魔物の軍勢が城壁に迫っていた。時間がない。
私たちは城の最上階、儀式の間へと向かった。
「でも、どうやって剣を?」
アルフレッドの問いに、私は苦笑した。
「正直、勘です。でも……」
(ゲームを作った時の設定を思い出すんや。確か、隠しイベントで……)
「二人が心を通わせれば、きっと」
ミーナとレオンハルトが、部屋の中央に立つ。
「どうすれば……」
「手を重ねて、相手を信じるんです」
私の言葉に従い、二人は手を重ねた。
最初は、何も起きなかった。
でも……
「信じる……か」
レオンハルトが呟いた。
「俺は今まで、誰も信じずに生きてきた。影の守護者として孤独に」
彼の瞳が、ミーナを見つめる。
「だが、お前の涙を見て分かった。お前も、俺と同じだったんだな」
「私も……」
ミーナの声が震える。
「ずっと一人でした。聖女という殻に閉じこもって」
二人の間に、淡い光が生まれ始めた。
「でも、もう一人じゃない」
「ああ、もう一人じゃない」
光が強まる。そして……
二人の手の中に、二振りの剣が現れた。
純白の聖剣と、漆黒の魔剣。
「やった!」
私は思わず飛び上がった。
(さすが私! この設定、ちゃんと機能したやん!)
「でも、これだけじゃ……」
エマの言葉通り、剣を手に入れただけでは勝てない。
私は皆を見回した。
「全員で行きましょう」
「全員?」
「はい。これは、誰か一人の物語じゃない。皆の物語です」
私は深呼吸した。
(ここからが、シナリオライターの本領発揮や)
「作戦があります。ちょっと無茶かもしれませんが」
皆が真剣な顔で聞いてくる。
私は説明を始めた。魔王の弱点、攻略法、そして……
「最後は、愛の力で」
「また愛かよ」
アルフレッドが苦笑する。
「王道でしょう? 私にとっては、ですけれども」
私も笑った。
その時、城が大きく揺れた。魔物の攻撃が始まったのだ。
「行きましょう!」
私たちは城を出て、戦場へ向かった。
城壁の上から見える光景は、まさに地獄絵図だった。無数の魔物が押し寄せ、騎士団が必死に防戦している。
そして、その中心に……巨大な黒い影。それが、魔王ベルゼビュートだった。
「でか……」
思わず呟く。ゲームで見るより、実物は遥かに巨大で禍々しい。
『ほう、聖剣と魔剣か。だが、使い手が未熟では』
魔王の嘲笑が響く。
「未熟で結構! 私たちには仲間がいる!」
私は叫んだ。
合図と共に、作戦開始。
ユリウスが防御魔法を展開し、エマが援護の術式を発動。アルフレッドは騎士団を指揮して魔物の群れを食い止める。
そして、ミーナとレオンハルトが歩み出る。
「行くぞ」
「はい!」
聖剣と魔剣が交差する。光と闇が螺旋を描いて魔王に向かっていく。
『ぬるい!』
魔王の一撃が、二人を吹き飛ばした。
「きゃあ!」
「ぐっ!」
絶体絶命……かと思われた、その時。
「がはははは! 待たせたな!」
聞き覚えのある豪快な笑い声。
振り返ると、そこには……。
「父上!?」
ブランドン辺境伯率いる精鋭部隊が到着していた。
「娘の晴れ舞台に、親が来ないわけにはいかんだろう!」
父の登場に、私は思わず涙ぐんだ。
(お父さん……)
「辺境の猛者ども! 王都を守るぞ!」
『『『おおっ!』』』
歴戦の戦士たちが魔物の群れに突撃していく。
形勢が変わり始めた。でも、魔王本体はまだ健在だ。
私は考える。もっと、もっと何か……
(そうや! バグ技!)
「聖剣と魔剣を重ねてください!」
「重ねる?」
「どういうこと?」
ミーナとレオンハルトが顔を見合わせる。
「そして、他の皆の力も! 全員で、一つの技を!」
これは、ゲーム製作中に偶然見つけたバグ技。本来なら起こりえない、全属性統合攻撃。
でも、今なら……。
「信じて!」
私の必死さが伝わったのか、皆が集まってきた。
ミーナとレオンハルトが剣を重ね、そこにユリウスの魔力、エマの術式、アルフレッドの闘気、そして……。
「私も!」
気がつけば、私も手を重ねていた。
(ゲームじゃ、プレイヤーは参加できへんけど……今は違う!)
全員の力が一つになる。
虹色の光が、剣を包み込んだ。
『なに!? そんな力が……』
初めて、魔王の声に焦りが混じった。
「これが……私たちの、物語の力だ!」
私の叫びと共に、虹色の斬撃が魔王を貫いた。
『ぐおおおおお!』
断末魔の叫びと共に、魔王の体が崩れていく。
『覚えておけ……封印は……いずれ……』
最後の言葉を残し、魔王は消滅した。
同時に、魔物たちも霧のように消えていく。
静寂が訪れた。
「勝った……」
誰かの呟きが、歓声の爆発を呼んだ。
「勝ったぞおおお!」
皆が抱き合い、喜びを分かち合う。
私も安堵のあまりその場に座り込んだ。
(やった……ほんまに、やったんや)
ふと思う。
魔王の最後の言葉。封印は、いずれまた……。
(まあ、それはそれ。ゲームみたいな現実世界に続編があれば、ってこっちゃな)
そんなメタな考えをする自分に苦笑した。
「ステーシア」
レオンハルトが片ひざをついて手を差し伸べてくれた。
「よくやった」
「えへへ……」
照れくさくて、でも嬉しくて。
私は彼の手を取って立ち上がった。
空を見上げると、いつの間にか夕焼けが広がっていた。
とてもきれいな希望の色だった。