第15話 反撃開始
深夜、私とレオンハルトは再び教会へ向かっていた。
今度は正面からではなく、レオンハルトが知っている秘密の通路から。どうやら影の守護者として、王都のあらゆる抜け道を把握しているらしい。
「この先に、古い資料室がある」
狭い通路を進みながら、彼が囁いた。
「教会の古い記録が保管されている場所だ。聖女の過去も、そこで分かるかもしれない」
私は頷いた。胸の内では、ゲーム制作者としての勘が働いている。
(ミーナの過去……きっと、そこに全ての鍵がある)
資料室は、予想以上に広かった。埃っぽい本棚が並び、古い書物が山のように積まれている。
「手分けして探しましょう」
私たちは聖女に関する記録を探し始めた。
しばらくして、私は一冊の古い日誌を見つけた。
「これは……孤児院の記録?」
ページをめくると、十年前の記録が出てきた。そこには、一人の少女の名前が。
『ミーナ 推定年齢六歳 両親を魔物に殺され保護』
さらに読み進めると、衝撃的な事実が。
『特異な魔力を持つ。制御できず、周囲に被害。隔離措置を取る』
「レオンハルト、これを」
彼も別の資料を持ってきた。
「こちらは教会の極秘文書だ。聖女の力を持つ者を探していたらしい」
二つの資料を照合すると、恐ろしい真実が浮かび上がってきた。
ミーナは幼い頃から強大な力を持っていたが、制御できずに苦しんでいた。そこに目をつけた大司教が、彼女を聖女として祭り上げ、その力を利用しようとした。
「なんてことを……」
私は拳を握りしめた。
(ミーナも、被害者だったんや)
その時、急に扉が開いた。
「やはりここにいたか」
大司教ヴィンセントが、教会騎士を引き連れて入ってきた。
「罠、か」
レオンハルトが剣を抜く。
「いいえ、偶然ですよ。ただ、あなた方がまた来ると思っていました……もう遅い。聖女様の力は完成間近だ」
大司教の笑みが深まる。
「待て!」
私は資料を掲げた。
「ミーナの過去を知っているぞ! あんたが彼女を利用していることも!」
一瞬、大司教の顔が歪んだ。
「……それがどうした。彼女は選ばれし聖女。その使命を果たすだけだ」
「使命じゃない! 洗脳でしょう!」
私の叫びが資料室に響いた。
その時、別の入り口から人影が現れた。
「そこまでです、大司教」
アルフレッドだった。そして、その後ろには王国騎士団が。
「王太子……まさか」
「残念だったな。お前たちの陰謀は、既に父上の耳に入っている」
さらに、エマとユリウスも姿を現す。
「魔法で教会の会話を記録しました。動かぬ証拠です」
ユリウスが水晶玉を掲げる。そこには、大司教と聖女の会話が映し出されていた。
大司教の顔が青ざめる。
「くっ……撤退だ!」
教会騎士たちが撤退を始める。しかし……。
「逃がすと思うか?」
レオンハルトの魔法が出口を封鎖した。
もはや逃げ場はない。観念したように、大司教は膝をついた。
「我々の負けだ……」
「いいえ、まだ終わってません」
私は大司教を悪役令嬢の顔でにらみつける。
「聖女を止めなければ。彼女を救わなければ」
「救う?」
アルフレッドが驚いたような顔をする。
「彼女も被害者です。本当の敵は、彼女の力を利用しようとした者たち」
私は皆を見回した。
「お願いします。一緒に来てください。ミーナを……いえ、全員を救うために」
沈黙が流れる。
最初に動いたのは、レオンハルトだった。
「……君がそう言うなら」
続いてエマが頷く。
「ステーシア様を信じます」
ユリウスも同意し、最後にアルフレッドが立ち上がった。
「分かった。君の言う通りにしよう」
私は深く息を吸った。
(よし、ここからが本番や)
私たちは地下礼拝堂へ向かった。
扉を開けると、ミーナがまだ魔法陣の中にいた。彼女の体は、集めた生命力で眩しいほどに輝いている。
「来たのね」
彼女が振り返る。その瞳は、もう正気ではなかった。
「邪魔はさせない。新しい世界を作るの」
「ミーナ!」
私は叫んだ。
「あなたの過去を知っています! 苦しかったでしょう? でも、これは違う!」
「黙れ!」
聖女の力が爆発する。光の奔流が私たちに襲いかかった。
レオンハルトが私を庇い、闇の障壁を展開する。
「ぐっ……」
「レオンハルト!」
「大丈夫だ……それより、何か策は?」
私は必死に考えた。ゲームの知識、今までの経験、全てを総動員して……
(そうや!)
「皆さん、力を貸してください!」
私は叫んだ。
「愛の力で、彼女を包むんです!」
「は?」
「は?」
「は?」
皆が困惑する中、私は説明した。
「ミーナは愛に飢えている。だから、皆の想いを……優しさを伝えるんです!」
ベタな展開かもしれない。でも、これが私の王道なんだ。
最初に動いたのは、意外にもアルフレッドだった。
「ミーナ……俺が悪かった。本当の君を見ていなかった」
彼の言葉に、ミーナの攻撃が一瞬弱まる。
「俺は君を聖女としてしか見ていなかった。でも君は……一人の女の子だったんだな」
「やめて……」
ミーナの声が震える。
続いてエマが口を開いた。
「私ね、本当はあなたと友達になりたかった。でも、勇気がなくて」
ユリウスも頷く。
「君は一人じゃない。もう一人で苦しまなくていい」
そして、レオンハルトが。
「強さとは、人を傷つけることじゃない。守ることだ」
最後に、私が歩み寄った。
「ミーナ。あなたは悪くない。愛される、ということを誰も教えなかった」
私は手を差し伸べた。
「一緒に、やり直しましょう?」
ミーナの瞳から、涙がこぼれた。
「私……私は……」
魔法陣の光が揺らぐ。集められた生命力が、元の持ち主たちへと還っていく。
「うわああああん!」
ミーナが子供のように泣き崩れた。
私は彼女を抱きしめた。小さな体は震えていた。
「大丈夫。もう大丈夫だから」
気がつけば、皆が私たちを囲んでいた。
地下礼拝堂に、温かい光が満ちていく。
これが、本当の聖女の力なのかもしれない。
憎しみではなく、愛によって生まれる奇跡。
私は涙を拭いながら、心の中で呟いた。
(やった……やったで! ゲームじゃないゲームっぽい世界、何とかなりそうや!)
でも、まだ終わりじゃない。
真の決着は、これからだ。
*
その頃、ブランドン領の軍施設にて。
「ガハハハ! 面白くなってきたな!」
ブランドン辺境伯が豪快に笑っていた。
「全軍、戦の準備は整ったか? 娘の晴れ舞台に遅れるわけにはいかんぞ!」
辺境最強と謳われる軍勢が、王都へ向けて動き出していた。