表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/18

第1話 処刑と覚醒

 朝霧が立ち込める処刑広場。石畳の上に設置された断頭台が、不気味な影を落としていた。数百人の群衆が広場を埋め尽くし、興奮に満ちた罵声が響き渡る。


「悪女に死を!」

「聖女様を陥れた罪を償え!」


 鎖に繋がれ、兵士に両脇を固められながら処刑台へと引き出される。わたくしの銀髪が朝の光を受けて鈍く輝き、碧眼にはおそらく何の感情も宿っていない。


 わたくし、ステーシア・ブランドンは、本日処刑される。


 罪状は聖女ミーナ・クレメンツへの度重なる嫌がらせと、王太子アルフレッド殿下への執着による数々の悪行。


 処刑台の上から見下ろすと、王族専用の観覧席に金髪を朝日に輝かせた王太子の姿があった。その隣には栗色の髪を風になびかせ、大きな瞳に涙を浮かべる聖女ミーナ。二人は寄り添い、まるで悲劇の主人公のような顔をしている。


(おーっほっほ! 最後まで茶番ですわね)


 心の中で高笑いをあげる。もはや声に出す気力もない。


 執行人が斧を高く掲げた。群衆の歓声が最高潮に達する。


「これより、ブランドン辺境伯令嬢ステーシア・ブランドンの処刑を執行する!」


 宣告の声が響く。斧が振り下ろされる瞬間――


 時が、止まった。


 いや、正確には時が止まったのではない。意識が急激に拡張し、全てがスローモーションに見えた。斧の刃が首筋に触れる直前、頭の中で何かが弾けた。


 記憶が、怒涛のように押し寄せてくる。


 ――中嶋さえ子、28歳、ゲームシナリオライター。


 ――徹夜続きで倒れて、そのまま過労死。


 ――最後に手がけていた作品は『聖女と五つ星の恋』。


 ――乙女ゲーム、悪役令嬢、ステーシア・ブランドン……


「って、ちょっと待てやああああっ!」


 思わず叫んでいた。斧が首筋に触れる寸前で、執行人の手が止まる。


「これ、私が書いたシナリオやんけ!」


 処刑広場が静まり返った。王太子も、聖女も、群衆も、皆が呆然と処刑台の上の悪役令嬢を見つめている。


 まてまて。

 私って……中嶋さえ子やん! 28歳で過労死して、それで……って、ちょっと待てよ。


 ゲームの世界に転生していた?


 ほんでもって、18歳の体に28歳の記憶ってことは、精神年齢46歳!?


 仰け反りたい。ぐいーんと仰け反りたい。けれど、頭と身体は拘束されていて、ぴくりとも動かせない。


 しかたない。混乱する頭を必死に整理する。


 この世界は私が作った乙女ゲーム『聖女と五つ星の恋』の世界。


 そして私は、プレイヤーに倒されるべき悪役令嬢ステーシア・ブランドン。


 このままだと、確実に処刑エンドだ。

 というか、まさに処刑の最中だ。


「待って! 私、まだ死にたくない!」


 必死に叫ぶ。王太子が眉をひそめて立ち上がった。


「ステーシア、見苦しいぞ。潔く罪を認めなさい」

「罪って何の罪や! 私はただ婚約者を取り戻そうとしただけやろ!」


 思わず関西弁が出てしまう。王太子の表情が困惑に変わった。


「あ、いえ、わたくしはただ……」


 慌てて悪役令嬢口調に戻そうとするが、もう遅い。処刑広場全体がざわめき始めていた。



 王城の謁見の間。急遽、処刑は延期となり、国王陛下の御前に引き出されることとなった。


 玉座には威厳に満ちた国王が座り、その隣には大司教ヴィンセント・グレゴリウスが不気味な笑みを浮かべて立っている。王太子アルフレッドと聖女ミーナも同席していた。


「ステーシア・ブランドン」


 国王の重い声が響く。


「処刑台での汝の振る舞い、誠に奇怪であった。何か申し開きがあるか?」


 膝をついたまま顔を上げる。ここは慎重に行かなければ。下手なことを言えば、魔女として火あぶりにされかねない。


「陛下、わたくしは……死の恐怖のあまり、取り乱してしまいました。お見苦しい姿をお見せしたこと、深くお詫び申し上げます」

「ふむ」


 国王は顎に手を当てて考え込む。隣で大司教が何か囁いた。


「しかし、聖女への嫌がらせは事実。多くの証人もおる」


 ミーナが進み出る。涙に濡れた大きな瞳で国王を見上げた。


「陛下、わたくしはステーシア様を許したいと思います。きっと、アルフレッド様への愛ゆえの行動だったのでしょう」


(出た、聖女ムーブ! これで自分の寛大さアピールか!)


 心の中で毒づく。確かこのシーンは私が書いた覚えがある。ミーナの偽善的な一面を示すための場面だ。


 アルフレッドが口を開いた。


「父上、ステーシアの罪は重い。しかし、死刑は……少し重すぎるかもしれません」

「ほう? では、どうすべきだと思うか?」

「追放です。王都から、いえ、王国から追放すれば良いのではないでしょうか」


 大司教が薄笑いを浮かべた。


「なるほど、王太子殿下は慈悲深い。死よりも、全てを失って生きる方が、罪人にとっては辛い罰かもしれませんな」


(この腹黒大司教め! 後で痛い目見るからな!)


 国王が重々しく頷いた。


「よかろう。ステーシア・ブランドン、汝に申し渡す。死刑は免じてやる。だが、明日の日没までに王都を去れ。二度と戻ることは許さぬ」


 深々と頭を下げる。


「ありがたき幸せ」


(ひゃっほーい! とりあえず死刑は回避や!)


 退出を許され、兵士に連れられて謁見の間を後にする。背後から聖女の声が聞こえてきた。


「アルフレッド様、お優しいのですね」

「君のためなら、なんでもするよ、ミーナ」


(あー、もう聞いてられへん。さっさと出て行こ)


 こうして、悪役令嬢ステーシア・ブランドンの処刑は、追放という形で幕を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ