プロローグ『たった1分、進んだ世界は』
第一章『世界は気付かないフリをしている』
カーテンの隙間から、ぼんやりと街灯の光が差し込む。
アナログ時計は、「カチッ…カチッ…」と乾いた音を孤独に刻んでいる。
午前0時を過ぎた瞬間、
世界が″ひと呼吸だけ、遅れて動き出した″ような気がした。
その針は、気付かぬうちに“1分だけ”先へ進んでいた。
昨日よりも、時間が少しだけ早く流れている──そんな感覚。
窓ガラスに反射した自分の姿が、一瞬だけ別人に見えた。
その目はどこか遠く、まだ見たことのない場所を見つめていた。
◇ ◇ ◇
携帯のアラームが鳴る数秒前、目が覚める。
カーテンの隙間から差し込む光は、いつもよりも綺麗に見えた。
制服に袖を通し、鏡を見る。
昨日と変わらないはずの自分に、なぜか違和感を覚える。
でも、それが何なのかはわからなかった。
◇ ◇ ◇
「おはよう〜」
交差点の向こうから、水無ノアが手を振っていた。
当たり前の風景。変わらないはずの光景。
──それでも、「今日の世界」は、やっぱり昨日とは微かに違っていた。
◇ ◇ ◇
「じゃあ出席とるぞ〜」
先生は毎朝変わらず、名簿を見ながら生徒の名前を読み上げていく。
「時永カイ。」「はーい。」
「水無ノア。」「はいっ。」
聞き慣れた声が続く中、ふと妙な感覚が胸に引っかかる。
『そういえば、なんで皆名前だけカタカナなんだろう。』
…考えたところで、すぐに答えなんか出るはずがなかった。
俺は窓の外を見ながら小さく息をついた。
『気にしすぎだ。寝不足かもな。』
空は、今日も変わらず青く広がっていた。
鳥の鳴き声。廊下の足音。教科書のページをめくる音。
どれも、いつも通りの“日常”だった。