うちと、【デルタールエルフ】(第二版)
【聖賢者状態】
名詞。エルフ語。幻唇によって導かれる、心身のモード。
「うわ、びっくりしたあ……。ぇなんなん、これ?」
「あなたは召喚されたのです、【召喚デーモン】よ」
大好きなヌードル食べる、ひと口め寸前。
うちは、異界に、降って湧いた。
「召喚て……。デーモンて……。けど、ほんまやわ、あんたらの耳、とがってるもん……!」
それに、みんな、めちゃめちゃ美人で、髪つやつやのファンシーカラー。
「最近は、すんなり理解してくださる他次元存在が多くて、助かります。あなたなら、私たち【デルタールエルフ】を、この戦いから救ってくださるかもしれない……!」
「デルタールて……。今にも、滅びそうな名前やんか」
「【キルマニヨン】……! 名前だけで、そこまで……! お姉さま方、喜んでください! この方こそ、本物の【救世魔】です!」
「ちょお待って? うち、今、素っ裸やん!」
「【召喚デーモン】が、そんなこと気にしてはいけません。さあ、こちらへ。戦場へ……!」
一糸まとわず、神殿から連れ出された。
聖なる丘から、見下ろせば。
荒野に群れなす、半裸アーマーの、アマゾネス系軍団。
全員、アメコミから抜け出てきたような、筋肉質で、むっちむちの、濃いぃ女傑たち。
「あれが、私たちの敵種族、【マニヨン】です……!」
「確かに、強そうで、『マニヨン感』あるけど……。いや、無理! うち、能力とか全然……」
「彼女らは、私たちを、どぎつい欲望のためだけに襲い、さらい、もてあそぶのです……! またの名を【吸液鬼】……!」
「待って? うち、裸やねんで?」
「彼女らは、美を好む種族です」
「言葉選ぼ? これでも、モテる方なんやけど!」
「ともかく、彼女らを撃退せねば! あなたが、元の世界へ帰るためにも!」
「……。そう言えば、向こう、武器持ってへんね? 目的が目的やから、当然なんやろか……? ほんでも、なんで、こっちも武器持ってへんの?」
「【デルタールエルフ】は、魔法によって立つ種族です……。来ました! 敵襲!」
ワイルド美女の、群れが、動いて。
ありあまる活力の津波と化して、せまり来る。
「よく見ていてください……! これから始まるのは、『投射』対『接近』の戦いです」
「なげ? じか? ……ぁほんまやわ!」
エルフの前衛部隊が、『魔法の投げキッス』を放つ。
ピンク色に輝く唇の幻影が、ピンク色の軌跡をひいて飛び、目標を追う。
ほんで、【マニヨン】の女傑らの、あの肉感まるだしな唇に、次々に命中する……!
「【飛唇鳳聖】の魔法を受けた【マニヨン】は、性欲を強制閉鎖され、長期にわたって【聖賢者状態】になります。こうなった彼女たちは、もう無害です。そう、たとえ目の前で、どんな光景がくり広げられていようと……」
ほんに、そのとおり。
投げキッスが命中した【マニヨン】らは、その場に座りこみ、ぼんやり戦いを眺めてる。
「ですが、もし、こちらの魔法をかいくぐられ、【マニヨン】に直接、唇を奪われると……」
抱きすくめられたエルフらが、くにゃん、となって、相手の【マニヨン】に身をゆだねていく……!
「催淫作用のある唾液を流しこまれ、後は、されるがまま……!」
「……その場で、おっ始めてるやん……!」
「発情させられた【デルタールエルフ】は、自身の全魔力を解放して、不可視・半無敵の防御結界【天情】を張るため、もう幻唇は届かない……」
「……結界が不可視なんやね……」
「このままでは、皆が汚されます! 【召喚デーモン】よ、あなたの力が必要なのです!」
「うちに出来ること、あるやろか……?」
「あなたには、【空気】を読む力があるのです!」
「くうき? まな? どっち?」
うちと話してるエルフの子が、自分の唇に指をあて、『魔法の投げキッス』を三つほど、作った。
他のエルフも、同じようにしてる。
それら、浮遊する幻影の唇を全部、うちの両腕いっぱいに、抱えさせて、
「【召喚デーモン】よ、すべてをあなたに託します……! 【マナ】の流れに乗せ、私たちの魔法を、敵に命中させてください……!」
「そんなん……! 流れなんか、わからへん……!」
結局、【マナ】の流れは、うちには読めんかった。
狙って投げてはみたものの、『魔法の投げキッス』は、一個も命中せん。
うちと、うちと話してるエルフの子以外の全員が、【マニヨン】の餌食になった。
神殿の隠し部屋に潜んで、うちら二人は、丘で繰り広げられる出来事を、息のんで、見つめた。
美女が、美人を、組み敷いて、動いてた。
「なんか、ヨーロッパ絵画とかに出てきそうな情景やね……。神話じみてる、というか……」
とは、口に出しては、言いかねた。
「お姉さま方……! なんて、おいたわしい……!」
ほんでも、なんでか、悲劇的な印象は受けへん。
いろんな体臭が入り混じった、やらしい匂いが、風に乗って、ここまで漂ってくる……。
エルフの子が、ぽつりと、告げた。
「……次の神殿村まで、【旋回行軍】します」
行く先々の戦場で、エルフ軍は、負け続けた。
あるとき、ふと、気づいて、
「あれ、あんたの……」
間違いない。
エルフの子の言う、『お姉さま方』が、ビキニ鎧つけて、【マニヨン】の軍勢に加わってる。
なんとなく、顔も手足も、いかつく、日に焼け、筋肉質で、【マニヨン】に寄せてってる気が……。
「【デルタールエルフ】は、一度【マニヨン】に屈服すると、肉体を鍛え、彼女らの陣営に加わるのです」
エルフの子が、目を伏せて、教えてくれた。
「変わり身、早すぎひん……?」
「そして、彼女らに抱かれるまま、【マニヨン】との不浄の子を産む……!」
「女同士で? 男は?」
「……? オトコ、とは?」
「……まあ、ええわ。ほんでも、『不浄の子』は、ないんやないの? ひどいやんか」
「私たちは純血を尊ぶ、高貴な種族です」
「ああ、こら勝負にならんわ……」
エルフ側の尻すぼみは、目に見えてる。
「ほな、訊くけど……。どないなったら、あんたらの勝ちなん? あんたらが勝たんと、うち召喚した魔法の効力、消えへんねやろ?」
「電撃的な反転攻勢による大打撃、そこからの、こちらに有利な均衡と対峙……! 当面は、そこへ持ちこむことが、この戦いの目的です」
「泣けてきたわ。先長いなあ……」
負けは、続いた。
エルフの神殿村は、次々に落とされ、『逆転への切り札』らしき【召喚デーモン】にとっては、針のむしろ。
最後の神殿まで退却させられ、残りの全エルフがそこに集結した日の、たそがれ時やった。
「【デルタキルマニヨン】……。私たちには、もう、これしかありません」
エルフの子が、静かな顔で、そう告げた。
「でるたきる……、て?」
「【飛唇鳳聖】の幻唇を、一人ひとりのエルフが握りしめ、【マニヨン】めがけて疾駆前進、自分ごとぶつける戦術です」
「それって……」
「【デルタキルマニヨン】は、『特別なる攻撃』を意味する、古代エルフ語です」
「そんなとこやろ思たわ。あんなあ……」
て、うちは言うた。
「その言葉、『捨て身の絶望突撃』とかに変えたら……? 誤魔化したら、あかんて」
「誰のせいだと思っているんです!」
怒りもあらわやった。
エルフの子が、声あらげた。
「けだもののような敵に勝つには、もう、これしかないのに……!」
「あんた、うちのせいて言いたいん? ほんなら、言わしてもらうけど!」
つられて、つい、語気が強なった。
「けだもの言うけど、先さんの方が、よっぽど、こちらの動きも戦法も、ちゃんと研究してきてるやんか! 何より、向こうは、あんたらのこと正当に評価してる。あんたらエルフを物にするときのあの目、賛嘆がこもってるやないの」
黙りこんだエルフの子に、少し言い過ぎか、とは思てんけど。
うちは、続けた。
「よう聞き。あんたらには、『評価』も『危機感』もないねん。自分らは高貴、私らは洗練されてる、エルフは恐れへん、ほな、なんでこんなに負けるねんな? あんたらが自分から……!」
角笛が、とどろいた。
今ではもう、耳なじみになった、【マニヨン】の陣触れの角笛。
神殿の丘から見渡せば、平原を埋めつくす、ゾネスでビキニなアーマーの軍勢。
完全に、包囲されとった。
誰もが、『これが最後』と、覚悟してるみたいやった。
エルフらが、次々に出ていく。
ある者は鹿に乗り、ある者は『浮遊の魔法』で地上数十センチをすべるように、ほんで、ある者はみずからの細い脚で、なだれを打って。
彼女らの言う、【デルタキルマニヨン】を、敵軍に仕掛けるために。
つかまれ、引き倒され、のし掛かられて、唇を、ほんで、それ以上を奪われていく、エルフ軍。
抱きすくめられた彼女らの表情が、どんな風やろうと、陵辱には違いない。
「さよならです、【召喚デーモン】よ」
エルフの子が、笑ろうて、言うた。
自分の手に、『魔法の投げキッス』握りしめて。
「こんな世界に召喚したりして、本当にごめんなさい……。でも、いつかきっと、元の世界に無事帰れる日が来ますから! 短い間でしたが、ありがとう、楽しかった……! 私、思います。あなたなら、【マニヨン】の獣欲の前でも、やっぱり大丈夫……!」
まだ言うか。
うちがそう言い返す前に、うちの頬にキスして、笑ろて。
エルフの子は、駆け出した。
美人ぞろいのエルフの中でも、一番のべっぴんさんや。
すぐに【マニヨン】が、十数人、目の色変えて、走り寄る。
うちは、知らず、進み出ながら、胸に抱えた『投げキッス』を、半狂乱になって投げた。
一つも、当たらん。
言われ続けた【マナ】も、読めんし、見えん。
エルフの子が、囲まれ、二の腕つかまれ、顎つかまれて、仰向けに倒された。
悲鳴と一緒に、彼女の手から『投げキッス』が、転がった。
うちは……、そのとき。
自分の脳の血管が、切れた音、聞いた気して。
「当たりーや!」
叫んで、投げた幻唇が、こちら向いた【マニヨン】の口、つらぬくように、ぶち当たった。
どう見ても、【マニヨン】の方から、すすんで命中されに行ったようにしか、見えんかった。
うちは、ついに、【召喚デーモン】としての力の一端に、たどり着いた……。
「ああ、【召喚デーモン】よ……!」
エルフの子の、喜びの声。
「【キルマニヨン】……! あなたの【魔界語】は……、【マニヨン】を従わせることが可能なのですね……!」
「当たりーや! 当たりっ! 当たりよし!」
うちは、夢中で投げた。
面白いように、というか、実際、面白い。
ノーコンが投げる唇に、自分から当たりに行ってくれる、筋肉美女軍団。
されど、しかし。
うちの、この『能力』も、ここまでやった。
「【キルマニヨン】……! 【ピグマニヨン】……!」
エルフ軍の誰かが、恐怖にあえぎながら、叫ぶ声が聞こえた。
「いまの、何?」
手、引っ張って、助け起こしたうちに、
「【ピグマニヨン】……! 【マニヨン】の上位種族、伝説の悪夢です……! ああ、ああ、あそこに……!」
エルフの子は、そう指さして、身ふるわせた。
丘のすそ野に、新たな集団が、おった。
全員、裸やった。
身長は、【マニヨン】のほとんど倍。
体形は、はっきり言うて『土偶』か、『大地母神』。
顔は大きく、眼はでかく、胸も腹も腰も張り出して、脚は短く、手は長く……!
乳房と、尻が、六つずつ。
「当たらんかいな!」
相手に聞こえるよう、わめいて、うちは幻唇を投げた。
異形の女傑らが、こちらへ、のしのし向かってくる。
幻唇が、先頭の【ピグマニヨン】に、当たる寸前。
「AAAAAAAAAAAALL……!」
標的が発した奇声によって、『魔法の投げキッス』は、空中でこなごなに分解した。
エルフの子が、その場に、へたりこんで、
「終わりです……。何もかも……!」
手近のエルフらをつかみ、かかえて、舐めながら、【ピグマニヨン】の軍勢が、こちらに攻め寄せてくる。
「……! 当たり! 当たれ! 当たってーやっ!」
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAALL……!」
ほんでも。
うちは。
エルフの子とは、まったく、別の意見やった。
なんで、そうなったんかは、わからん。
何がしかの、『チャクラ』でも、開いたんか。
それとも、あの、ものすごい【ピグマニヨン】らが、うちをも好む『性的雑食』に見えたんか。
ともかく、うちは、初めて、【マナ】が見えた。
それは、無色透明な、宙舞う女の子らやった。
くすくす笑いながら、あちこちで、楽しげに飛んでる。
飛びながら、エルフの足元に石転がして、こけさしたり。
いきなり、【マニヨン】の耳に、息吹きかけて、びくってさせたり。
遊んでる。
ただ、遊んでる。
うちが、ぼんやり『投げキッス』投げてても、当たらんはずやわ……。
「あんたら! 何やってんのん!」
うちの怒声が届いた範囲、全員の【マナ】が、おびえた顔で、動き止めた。
いける……!
うちは、残りの幻唇、全部放り投げて、自信たっぷりに、命令した。
「当たらしーや!」
しゃんとなった【マナ】らが、一人一個ずつ、幻唇両手で大事そうに持って、【ピグマニヨン】に向かって飛んでいく。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAALL……!」
幻唇は、奇声を物ともせんと、【マナ】に守られたまま……。
驚愕する【ピグマニヨン】の口へ、手当たり次第に押しつけられた。
形勢、逆転やった。
うちは、【マナ】をこき使い、【ピグマニヨン】を片端から、【聖賢者状態】に落としこんでいった。
エルフらの幻唇つついて、その軌道をでたらめに変えとった【マナ】も、今はご機嫌とるみたいに、【マニヨン】側にばっかり、いたずらしてる。
エルフ軍の、大勝利やった……。
「ありがとうございます、【召喚デーモン】よ……!」
エルフの子が、声はずませて、うちに抱きついた。
「ああ、ああ……! やはり、あなたは【世界の希望】……! これからもまた、一緒に戦いましょうね……!」
うちは、照れ半分、疲れた声で、
「……もう、うちの言葉覚え? その方が早いわ」
抱きしめ返して、そう言うた。 (『うちと、【デルタールエルフ】』完)