死の流儀(下)
身の回りの片付けもほぼ終わりを迎え、ふと、もう誰とも会わず、会話のない日々が続いている事に虚しさを感じ、死にたいのに死ねず、無駄に時間を過ごしている事に罪悪感を募らせている。
この世は辛すぎる。
いっそ、このまま心臓発作でも起きて死ねれば、どんなに良いか、また無意味な事を考えている。
この苦しみが、いつまで続けば終わりを迎えられるのだろう。
分かっている、終わらせる事が出来るのは私だけだ。
ただ、残された家族の事を考えてしまうと、中々、逝く事が出来ない。
これを未練というのか…。
願わくば、残された人達が、長く苦しまないで欲しい。
そして、どうか悲しむのも1日だけで良い。
私のように、暗くて深い苦しみは必要ない。
暗闇に紛れて、帰宅を急ぐ人の波に紛れ込む。
ただし、私は帰宅を急ぐ人の波と逆方向へ歩いていく。
薄暗い街頭が等間隔に並んでいる橋までやって来た。
橋の欄干を握りしめ、真っ暗な川を見つめていると、その中に吸い込まれそうになる。
別れの言葉は、必要だっただろうか。
死を選んだ理由を知らせておくべきだったか。
そんなくだらない事を考えている自分に笑えてくる。
もうここで全てを終わらせよう。
そして苦しみや不安から解放されて楽になろう。
「ちょっと良いですか。」
急に声を掛けられ、声のする方を見ると、年配の男の人が私を見つめていた。
何だ、犬を連れて散歩か?
私が今から何をしようとしているのかを、悟られたくなくて、「何か。」と、冷静を装い返事をした。
「いや、今日は、今年一番の寒さらしいですよ。そんな所から身を乗り出していたら、落ちてしまいますよ。川の水も冷たいでしょうし、風邪でも引いたら大変だ。」
そんなつもりはないと、言い返したかったけど、見透かられている事が恥ずかしく、何も言えなかった。
「明日にしたらどうです。」
え、明日?明日って何を?
「明日が来れば、また明日。そうやって、やり過ごせば良いんですよ。皆、いつかは死ぬ日がやってくる。それが今ではない。って事で、まぁ、頑張って生きる必要もないし、頑張って死ぬ必要もない。明日、明日で良いじゃないですか。」
私に、まだ明日があるのか…。
あー、何故だか涙が止まらない。