今想う人
「貴様何をしていた」
エバの部屋の前に行くと、フェルが今にも飛び掛かってきそうなくらい殺気をみなぎらせて立っていた。
「お前が留守にしてさえいなければ···」
「今はそんなことしてる場合じゃないでしょ!」
ティシカがどこから取り出したのかお盆でフェルの頭をひっぱたく。
「早くエバ様のところへ行ってあげて」
ティシカに促されて、あたしは部屋に入る。
部屋の奥のベッドにエバは寝ていた。傍らには医者らしき老人が座っている。
あたしはすぐベッドに駆け寄る。
すごく苦しそう。
息がうまく出来ないのかぜひゅーぜひゅーと喉から音が漏れているし、手も体温がなくなってしまったのかってくらい冷たい。
今まで何度も倒れてたけど、ここまで具合が悪そうなのは初めて見た。
あたしがそばにいてすぐ回復魔法かけてたら少しはマシだったかもしれない。
「エバ!」
声をかけるが、あたしの声が聴こえないようだ。
あたしは急いで回復魔法をかける。
が、
「どうして···」
何も変わらない。少しは楽に、とかもない。この魔法、体力や気力が上がるはずなのに。
「お昼頃急に倒れて、それからどんどん悪くなっていったの」
あたしの後ろからティシカが言う。
昼。あたしが洞窟にいた頃か。
「呼吸も脈も弱くなってます。このままだと明日の朝までもつかどうか···」
医者が逼迫した声で言う。
あたしは唇を噛んだ。
なんで離れてしまったんだろう。
ずっとエバのそばにいる、そう誓ったはずなのに!
あたしはエバの傍らで、回復魔法をかけ続けた。
ティシカは休めと言ったけど、寝ている間にエバに何かあるんじゃないかと思うと怖くて寝てなんかいられない。
あのときもそうだった。
事故で突然、両親を奪われたとき。
それまでずっと一緒だったのに、一瞬で目の前からいなくなる。
嫌だ。
嫌だ!嫌だ!嫌だ!
エバまで連れていかないで。
あたしの魔力も気力も体力も、全部使い切って良いから。
エバを助けて。
神様なんてあたしは信じていないはずなのに。
今は、願い続けた。
朝になった。窓の外から鳥の鳴き声が聴こえる。
ずっと付き添っていた医者も仮眠をとりに別室に移動してる。部屋には今はあたしとエバの二人。つっても、フェルはずっと部屋の外に立ってるんだろうけど。
あたしは項垂れながら、何度目かわからない回復魔法をかける。
徹夜明けでがんがんする頭を押さえようとしてふと気がつく。無意識にずっと、エバの手を握っていたことを。
その手にほんのりと、温かさを感じた。
あたしは俯いていた顔を上げる。
黒い瞳が、こちらを見ていた。
「大丈夫か?アグネ」
優しい声。あたしは泣きたくなった。
「大丈夫じゃないのはあんたでしょ」
あたしのツッコミにエバはふっと笑って、
「クローが迎えに来なかったから、今回は死なないんだろうってわかってた」
笑えない冗談をとばす。ちなみにクローっていうのは、エバの亡くなった兄さん。
「アグネ、顔色が悪いけど、寝てきた方が良いんじゃないか?」
こいつはもう、自分のことより他人のことばっかり。
あんたには言われたくない、そうあたしが応えようとしたとき、
「我が君!!!」
ドアを蹴破る勢いで入ってきたものに、あたしは壁まで弾き飛ばされる。
おいこら。