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父の葬式

作者: 白川明

 私には、尊敬する大好きな伯父さんがいた。


 様々な星系を股にかけて仕事をしている多忙な伯父さんと会える機会は少なかった。けれども、私を訪ねる時は、色んな星のお土産とお土産話を山ほどくれた。私は伯父さんの訪れを心待ちにしていた。


 伯父さんが、伯父さんではなく、実の父親だと知らされるまでは。

 ついでに銀河連邦のあらゆる場所に妻やら夫やら子供やら孫がいると知るまでは。もっと言えば銀河連邦を裏切るまでは。




 私は連邦のとある辺境の惑星の空の上にいた。

 どこまでも砂漠が広がる枯れた星だ。

 その砂漠にポツンとある無味乾燥なコンクリートの建物。

 それが私の父だった男の葬儀会場だ。

 私は自分の戦艦の主砲の照準を、そこに向けさせていた。

 私は艦橋ブリッジの艦長席に座って、それをモニター越しに見下ろしていた。

 

「艦長、抗議が滅茶苦茶来てまーす」


 私に敬意を払わない副官が軽い口調で言った。


「文句は連邦議会にって定型文で返して」

「了解っす」


 副官は苦笑した。


 今日は私の父親である男カイ・アマノの葬儀の日だ。

 不本意ながら、私は喪主を務めていた。


 私の兄弟姉妹は数えるのも嫌になるほど沢山いるが、ほぼ全員を黙らせ、言うことを聞かせることの出来る人間は私しかいなかった。

 銀河連邦軍大佐であり、戦艦アリアンロッドの艦長である私が。

 何しろ、この葬儀、銀河中のあらゆる勢力が集まってくるといっても過言ではない。

 それでも一応、この式は家族葬なのである。

 カイの血族のみ参加可能なこの葬儀のため、惑星は葬儀参加者並びに関係者以外立ち入り禁止となっていた。無断侵入しようとした船は警告の後、攻撃される。


「葬式増やす気かしら」

「艦長何か言いましたー?」

「別に」


 普通の葬儀の喪主であれば、葬儀会場で忙しなく立ち回っていることだろう。自分の母親のときはそうだった。

 だが、今回は葬儀の諸々は雇った葬儀社に丸投げし、何らかの判断が必要なときに通信で呼ばれるだけだ。

 結局、私は上空から参列者を睥睨するだけのお飾りなのだ。


「艦長、例の奴本当に来るんですかね?」


 副官が自分の端末で作業しながら話し掛ける。艦橋では私以外のクルーが皆忙しく対応に追われている。


「知らないわよ。来ないことを願ってるわ」

やっこさん来ないと艦隊展開した意味ないっすかー?」

「意味なくていいのよ」


 私は深いため息をついた。

 そう、カイの葬儀だけなら、銀河連邦議会の命令で艦隊を辺境惑星に寄越さない。その参列者の中のとある一名のせいだった。


 レン・アマノ。

 銀河中にその名を轟かせる反銀河連邦を掲げる人類解放同盟のリーダー。百以上の惑星を滅ぼした懲役一千年の大犯罪者。

 そして、カイの息子であり、唯一彼に育てられた子供。私の異母弟。


 銀河連邦と人類解放同盟が停戦期間中であり、カイが死んだのが、両勢力に中立な独立惑星のここだったために、こんなに面倒な事態を引き起こした。


 私は自分の目が死んだ魚みたいになっているだろうと思いながら、モニターに視線を戻した。

 艦橋前方には何種類ものモニターがあり、その一つは会場内を映していた。


 会場は外側同様内側も簡素で、コンクリート打ちっぱなしの部屋の真ん中に棺が一つ置かれていた。唯一の飾りは花だけだ。参列者と葬儀スタッフである人型ロボットたちがいた。

 今回、葬儀といってもかなり適当な形だ。参列者が式場内の棺に挨拶する、ただそれだけ。

 故人が無宗教であり、参列者を同時に同じ空間にいさせるのは危険極まりない、という私ーーもとい連邦議会の判断だ。それには私も諸手を上げて賛成した。レンほどではないが、ろくでもない危険人物ばかりだ。


 一人の女が棺にすがり付くように泣き叫んでいた。音声はオフにしているので声は聞こえない。

 そんなに悲しむことか、と私は思った。その女が自分の姉妹だか姪だか知らないが。

 私はあの男が死んだと知らされたとき、真っ先に思ったのは、面倒なことになる、だった。そして実際そうなった。加えてこの面倒はしばらく続くだろう。墓とか遺産とか。

 泣きたいとは思わないが私もあの女のように泣くだけの楽な立場になりたかった。いや、むしろここにいたくなかった。

 棺から離れようとしない女が人型ロボットに引き摺られていった。私は嫌気がさして会場内のモニターから視線を外した。


 そのとき、前方のモニター全てに警告が表示された。

 クルーが皆ざわめく。

 奴だ。


「静かに。どこに現れたか報告を」

「会場内です、艦長。転移してきました」


 少し青ざめた顔で副官が言った。

 私は眉をひそめた。


「転移妨害システムはどうしたの?」


 現代における、星間移動手段は二つある。ワープシステムを搭載した宇宙船を利用するか、それより移動距離は限られるが生体ワープである空間転移だ。

 いまこの惑星では、空間転移は禁止している。それだけでなく、転移を阻害する妨害システムを使っている。


「問題なく稼働してます。奴の転移だけ無効化されたようです」


 私は会場内のモニターを睨み付けた。

 そこに浅黒い肌の青年がいつの間にかいた。

 青年はこちらのカメラに気付いたようで、気さくな様子で手を振った。

 バカにしている。


「地上に降りるわ」




 私は葬儀会場内に転移で降り立った。

 転移妨害システムは有効だが、私だけは例外とするよう設定済だった。

 会場は静まり返っていた。

 レンがそれを気にすることなく、真っ直ぐ棺に向かって歩いてきた。出来ていた人の列を気にすることなく。

 私は棺の前に仁王立ちで立ち、彼の前に立ちはだかった。


「姉さん、久しぶり」


 レンは無駄に整った顔を微笑ませ、そう言った。


「ええ、久しぶり。二度と会わないことを願っていたのに残念だわ」

「願わないことばかり起こるのが人生だよ、姉さん」


 この男はわざと姉と呼んでいる。挑発である。


「よくノコノコ出てきたわね」

「父親の葬式に来ない方がどうかと思うよ」

「普通の息子ならそうでしょうよ」

「姉さん、今日の僕はカイ・アマノの息子としてここにいるよ。ここにいる他の兄弟姉妹と何ら違いはないよ」


 違いがないなら、ルール通りに転移システムは使うなと言いたい。だが、レンの戦艦ツクヨミと共に来られても面倒には違いないので、黙っていた。


「言っておくけれど、何かしたら命はないと思いなさい」

「姉さん、ここは死者を悼む場だ。そんな無粋なことはしないよ」


 僕は紳士なんだ、という彼の言葉に私は思いっきり眉をしかめた。


「でしたら、後がつかえているので早くなさってください、ミスター?」


 レンは肩を竦めて、私の横を通って、カイの棺へ向かった。

 私はそれをじっと見た。

 知らず握っていた手を緩める。手は湿っていた。


 今回、私が銀河連邦議会から受けた命令は全部で三つだった。

 一、私が喪主を務めること。

 不本意だが自ら立候補した。他の血族はすんなり承諾した。面倒を押し付けたかったのだろう。

 ニ、血族以外の者を葬儀会場の惑星に立ち入らせないよう、艦隊を持って対処すること。許可なく侵入を試みるものは攻撃してよい。議会はそのための特別法まで作った。

 三、可能ならばレン・アマノを抹殺せよ。


 私は今も、奴の隙を伺っている。

 転移システムが使える以上、ここを攻撃させても勝率は芳しくないだろう。

 私や他の者が直接奴の命を狙うのは論外だ。返り討ちにあうだけだ。

 無駄に銀河最強の武装集団である母親の一族に鍛えられていない。そもそも私は白兵戦が得意ではない。


『艦長』


 副官から通信が入った。私は反応せず、続きを待った。


『奴の転移の識別コードを発見しました。今なら転移妨害出来ます』


 殺せる。今ならば。

 会場ごと主砲で焼き尽くせる。

 カイの棺も、今ここにいる血族もろとも。

 私だけは転移で逃げられる。


 自分と血の繋がる人間には何の愛情もない。唯一愛していた母は遠い昔に亡くなっている。

 ここにいる連中の大半は連邦からしてみれば、生きていない方がいい者ばかりだ。

 カイの子孫で連邦に所属しているのは私だけだ。

 他は人類解放同盟か犯罪者だ。父親の晩年同様に。

 カイは確かに連邦の英雄だった。数十年前までは。

 突如カイは連邦に反旗を翻し、結成したばかり同盟の艦隊でもって、当時の主力艦隊を沈めた。連邦は人類存続のためには不要だと、むしろ人類を絶滅しかねない組織だと語った。

 連邦の腐敗は子供だって知っている。今だって、こうして自分たちの利益のために茶番を演じさせている。

 自分が正義だと言うつもりはない。ただ、これが私の仕事なのだ。

 辞めたくて、でも辞める機会を逸した私の。


『艦長』


 ――おじさんはなんでいつも戦っているの?


 幼く、この世のことをまだ何も理解できていなかった私の問いに、彼はこう答えた。


 ――そうすべきだと思うからだよ。


「そのまま待機」


 小さな声で私は言った。

 レンは持ってきた花を棺の上に載せているところだった。

 副官が困惑した声で『了解っす』と言った。


 絶好の機会を逃した。

 わかっている。これからもこいつによって沢山の人々が殺され、星が滅ぶだろう。

 それでも。

 ここで殺すべきではない。

 そうしたら、私も同盟の奴らと変わりない。建前だけでも、殺戮ではなく対話と交渉を掲げる連邦の基本理念を守りたかった。

 かつて私が憧れていた伯父さんがそうしていたように。


「姉さん、終わったよ。お疲れのようだけど、大丈夫?」


 私はレンを睨み付けながら、大丈夫に決まっているじゃない、と答えた。


「姉さんも父さんの顔見たら? まだ見ていないんだろう」


 そう言うとレンは私の背を押して、棺の前に進ませた。触れられた瞬間、ひやりとしたが、それ以上何もされなかった。

 私は棺を見る。上の方は窓が開いていて、故人の顔が見える。

 私は渋々近寄った。

 本当はカイの顔なんて見たくなかった。葬儀が終わり次第とっとと燃やして骨にして、誰かにその遺骨を押し付けるつもりだった。


 カイは腹が立つほど安らかな顔をしていた。

 

「ヨボヨボじゃない」


 誰にも聞こえないよう、そう呟いた。

 ただの老いて、死んだ男だ。

 

 私は何も持っていないから、そのまま後ろに下がった。

 レンと私に横入りされていた参列者が私を睨みながらぶつかってきた。私より年上のようだが兄だろうかと思いながら。


「よかったね、姉さん」

「何が?」


 とっとと尻尾巻いて逃げなさいよと思いつつ私は答えた。


「ちゃんと父さんと挨拶できて」

「どういう意味……」

『艦長!』


 副官が耳元で叫ぶ。ちょっと鼓膜が破れるじゃない。

 その瞬間、時間が酷く遅くなったように感じた。

 レンが微笑んで両手を広げる。広げた指の先から光の粒子となっていく。

 どういうこと、と言おうとする前に私も異変を感じる。私自身も端から光の粒になっていく。

 転移だ。

 私の視界が暗転する直前、何か赤いものが会場を覆った。




「艦長!!」

「……起きてるわ。状況を」


 気付くと私は艦橋の自分の席にいた。普段と違い焦っている副官が面白かった。


「レン・アマノの旗艦ツクヨミが突如出現、葬儀会場含む一体を主砲が直撃。後には何もありません」


 私は前方のモニターを見た。

 会場内を写していたモニターは何も映っていない。会場を外から映していたはずのモニターは何もない砂漠を映していた。


「ツクヨミは既に惑星を離脱しつつあります。追いかけますか?」

「不要よ。どうせステルスかワープで逃げられるわ」


 虚仮にされたものである。

 やっぱり撃っておけばよかったかもしれない。少しだけ後悔した。


「艦長、ツクヨミより通信です」


 オペレーターが報告する。


「繋いで」

「文字だけの通信のようです。画面に出します」




 お疲れ様、姉さん。

 お互い最後に父さんの顔が見れて良かったね。遺体の扱いには困るだろうから、最後の親孝行に処分させて貰ったよ。

 そうそう、姉さんにさっき渡そうと思って忘れていた父さんからの遺言伝えるね。


『君はそれで良い。

君は君の道を行け』


 じゃあね、姉さん。お互いもう二度と会わないことを願っている。



「以上です」


 私は一つ深呼吸してから、こう絶叫した。


「死ね、クソ親父!!」

 

 副官が「もう死んでるっす……」と言っていたが無視した。




 さよなら、私の大好きだった伯父さん。

 

 でも、私、出来れば子供は作らないことにするよ。


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