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4.生徒会vs新入生!大波乱の選抜テスト(虎×京子)

 趣味は読書。


特技は勉強。


得意科目は体育・家庭科以外すべて。


すきな食べ物は、フレンチ。


きらいな食べ物は、アメリカン。


ハニカミ学園二年生の16歳。


部活の所属はなしで、放課後は毎日生徒会に行く。



私が誰かって?




宇佐見京子・・・・この学園の生徒会副議長。




×-×-×-×-×




今日は朝から学校が騒々しい。

先生方も生徒会の面々も額に汗を浮かべて走り回ってる。

私だけが呑気にそんなみんなの様子を見てる。

これはサボっているのではなく、私の役目は走り回ることではないだけのことだ。

とにかく、それがなぜなのか、私は知ってる。


今日は、入学式なのだ。


名前こそふざけているハニカミ学園だが、倍率は高い学校である。

当たり前だ。倍率が高くなければ、この名前を見ただけで私は受験する気も起きなかったはず。

それと、成績優秀な以外にもうひとつ特別な特技がなければ入学できないと聞いてるが。

実際のところは、入学者全員が特技を持っているかと聞かれれば、不明である。

まぁ、その一人として私も例外ではない。

自分として、勉強は得意だが。成績はいつも学年一位だが。

それ以外に得意なものがあるかと言われれば、答えられない。それ以上でもそれ以下でもない。

なんて、自分の話はここまでにしておいて。


とにかく、今日はこの学園の入学式であり、朝からそのために走り回っているわけだ。

ちなみに、私を含めた数名の生徒会役員達は、入学の証にリボンで作った造花を、新入生の胸にそっと添えてあげるのが役目である。

長い列を作って私の前の並ぶ新しい顔ぶれに、私は少々笑みを浮かべながらリボンをあげる。

他の生徒会役員達は・・・いや、特に乾会長はもうすでに先ほどから視界の中を10往復ぐらいしている。

額に浮かんだ汗をぬぐったかと思うと、またすばやく走って行った。

その後を、うんざりした表情の佐野副会長が走って追いかけて行った。

私達の仕事は、確かにあんな風に汗をかいたり体力を消耗することもないだろう。

だが、目の前に永遠と並ぶ長い列にため息がでる。なかなか、忍耐のいる仕事であった。

なにせ、女子生徒はまだしも。男子生徒の目がいつになっても苦手であった。

私の顔を見て頬を染める男子もいれば、いやらしい目つきで見てくる男子もいる。

もっと・・・・こう、普通な男子はいないんですかね。


またもや自分の顔を見て頬を染めた男子生徒に、リボンの花を胸に添えてあげた。

ちらちらと自分を気にしながら去っていく男子生徒を、見送ってから小さくため息をつく。

次に並ぶ生徒のために、自分の傍らに置いた袋からリボンを取った。

そして、また無表情を装って前を向く。


「あの?」


先ほどからずっと言葉を発していなかったのだが、口から声が出てしまった。

目の前には他の生徒と何も変わらない、学校指定の制服姿で列に並ぶ男子生徒の姿。

いや違う。驚いたのは、目の前に立っている男子生徒が食い入るように私を見ていたからだ。


あの?


心の中でもう一度つぶやいてみても、相手からは返事がなかった。あたりまえのことだが。

剥製にされた動物のようにピタッと固まったまま、その男子は身動きひとつしなかった。

先ほど胸にリボンの花を添えてあげた男子生徒がいなくなった空間が、そのままポッカリ開いている。

普通は前の人がいなくなったら前進するものだが、その男子生徒はその位置をキープしたままであった。

こんな事は前例がないため、どうしたらいいか分からなかった。

年下の面倒を見るなど、苦手中の苦手だった。

「こっちおいで」なんて言えない。「前進しなさいよ」とも言えなかった。


「もしもし」


未だ自分を見ている男子生徒・・・・いや少年から目をそらした。

新入生だからおそらく高校一年生だ。だが、にしては・・・身長が低かった。

低いなんて失礼なのかもしれない。だが、おそらくは私と同じぐらいの身長だ。

言いたくはないが、ちなみに私の身長は150cm。これでも一応、中学の時から少しだけ伸びた。


いつまでたっても動く気配のない少年に痺れを切らして、自分から近づいた。

そこでやっと少年の瞳に生気が戻って来て、今度は怪訝そうな瞳で私を睨んできた。

それから、逃げるように小さく後退した。


「前に出てもらえますか?後ろが痞えているので」


できるだけ優しい表情を作って、手で相手にわかるように合図すると、やっと相手も私の方に近づいてきてくれた。

もちろんその大きくて眠そうなまぶたと、私を睨む鋭い瞳と眉間のシワは変わらなかったが。

入学式の初対面で、早々嫌われちゃったんですかね。

なんて思いながら、私の目の前でとまった相手にリボンをつけようとした瞬間、思いきりそのリボンを相手の手によって奪い取られた。


「触るな!」


喉の奥から搾り出すような声だった。

案の定、体育館に響くだけの声に大きさはなく、私だけがポカンとしてしまった。

リボンの花を手に握り締めると、そのまま少年は先生に誘導されて歩いていってしまった。


「あの~・・・」


しばらくそんな少年の背中を見つめていた私は、今度は新入生から声をかけられてしまった。

我に返って振り向くと、目の前では少し困った表情で頬を染めている男子生徒が立っていた。

またか・・・とため息を吐いたことで、私はすっかりその少年の事など頭から飛んでしまった。




×-×-×-×-×




それから数週間がたった。

今日も生徒会の部室では、会議が行われていた。


私も詳しい話は聞くことはできなかったが。

どうやら、最近生徒会に顔を出す機会がめっきり減っていた木野下先輩が転校してしまったらしいのだ。

一年生の時から生徒会行事に関わってきた彼は生徒会でも大きな存在だったはず。

家庭の事情などとの理由で、生徒などには非公開になっていて、転校理由を詳しくは知らない。

会長一人がどうやら先生から聞いているようだったが、真面目な会長が口を割るわけがなかった。

なにやら忙しいそうだとは感じていたが、まさか誰にも言わないまま転校してしまうとは。

それも転校したのがつい昨日の出来事だったとは。送別会だけでもしてあげられなかったのだろうか、という声もあった。


しかし、話はもはや木野下先輩の事を通り越し、木野下先輩が転校して空いた生徒会役員の席に誰を入れるか、という話になっていた。

木野下先輩に申し訳ない気持ちをもちつつ、しかし役員が欠けたことによって仕事に支障が出るのでは、と心配する人もいる。

たとえば、それは議長の室町先輩。

そうかと思えば、役員が欠けたことによって一人一人が負担する仕事量が増えるでは、と怒る人もいる。

たとえば・・・ではなく、つかさと佐野先輩が積み上がった資料の山を見ては悪態をついていた。


そこで考え出された案が「生徒会新人発掘のための選抜テストプロジェクト」。少々名前が厄介だ。

内容は、先生達が生徒会に入るに相応しい生徒の候補を見つけ、それをさまざまな難題によって戦わせるといったプロジェクト。

もちろん最後まで勝ち抜いた生徒が生徒会役員になれるといったものだ。


「ちなみにだな、オプションとして候補の生徒には役員がサポーターとして一人ずつついてもらうからな。皆、頑張って最高のサポートをしてやってくれたまえ」

「これが新人候補の書類だ。もうすでに担当も決まっているから、目を通しておいてくれ」


室町先輩がテーブルの上に置いた紙に、皆が注目する。

おそらく10枚ほどはある紙を、それぞれが適当に手に取って目を通す。


「ちょっとヤダ!衛の担当って女じゃん!ちょっとこれどーゆうコトよ!!」

「茜もやるの~?めんどくさーい」

「あれ会長、俺の担当なくねえ?」

「佐野、お前は頭が悪すぎて外された」


自らも書類に目を通していて全く回りの声を聞いていない乾会長に、つかさは五月蝿いほど騒ぎ立てていたが、全く耳に入っていないようだった。

室町先輩の痛恨の一言に佐野は一瞬だけ目を丸くしたが、特に気にしていないようだ。

というか、それ以前の問題で意味の理解に苦しんでいるようだった。いや、とにかく担当が無いため喜んでいるといった方が合っている。私も書類を見ようと、一枚の書類に目を通した。

学年が一年生というのもちらほらといる。普通なら一年生の秋から生徒会に入るものだが、今回のこのプロジェクトでは年齢は問わないようだ。


「なーによ、この不細工女っ!!」


書類には丁寧に生徒の顔写真まで貼られていて、それを見てつかさがまた悪態をつく。

自分が担当する生徒の書類などどうでもいいかのように、手にさえ持っているがポスターのように丸めてしまっていた。


「京子~。これ京子の子だよ~」

「あぁ、ありがとうございます」


まるで私の子供みたいな言い方をする茜。

いくら探しても自分の担当の人がいないものだから、私が担当する人はいないものと思っていたのだが。

茜が持っていたとは。しかしやはり、その言い方はやめてほしい。


受け取ってからすぐ目を通す。名前を、五十嵐・・・虎次郎?珍しい名前ですね。

中学の成績がオール5で、この高校も推薦入学。中学では剣道部所属で、高校でも剣道部に入部。

その剣道では四段の腕前を誇る。って・・・四段っていったいどの程度なのか私にはさっぱり分からない。

紙の左上にはまるで履歴書かのように、胸から上が写っている本人の写真が貼ってあった。


「この人・・・どっかで見たことある気が・・・」


悩んではみたものの、ぱっと浮かび上がってこなかった。

隣にいた茜が覗き見してきたが、茜にも分からないようだった。


「なによ~そいつ一年生でしょ?会ったって言ったって入学式の時ぐらいじゃないの?」


つかさはさもどうでもよさ気に、自分の書類をうちわ代わりに空気を扇いでいた。

そしてすぐさま、二条院先輩の担当する一年生について、自分の姉に文句をつけていた。


「入学式・・・・あっ・・」


茶髪がボサボサとあちこちにはねている特長のある髪型に、目つきの悪い大きなまぶた。

確か、私と同じぐらいの目線の小さな男の子だったような・・・。

そう、それは確か、入学式の時に私が胸にリボンを付けようとして断られた男子生徒だ。

今の今まで忘れてはいたが、あの時は驚いた。

男子生徒に「触るな!」なんて拒否されたのは、本当に初めてのことだったからだ。

いや、男子生徒だけでなく女子生徒にも見るからに拒否されたことは、今までにない。


思わず、口からため息が出た。彼とはおそらく相性が悪いのだ。でなければ、相手は私をとても嫌っていることになる。

そんな生徒のサポーターなど務まるだろうか。門前払いされてしまいそうな気がする。

いや、ここはもしや私が勧誘に行ったばかりに生徒会に入ることを拒まれる可能性もある。


「大丈夫ですかね・・・」

「え、なに京子。アンタが男で悩むなんて」


またしてもつかさのあほ面にため息がもれた。

そういう話ではない、と訂正するのさえ面倒臭い。




×-×-×-×-×




「すみません。五十嵐君いらっしゃいますか?」


放課後、生徒会を休んで私は下級生のクラスに来ていた。

別にズル休みではない。皆が今日は任された候補のサポーターとして、挨拶に回っている日なのだ。

私にとっては、ある意味勝負の日とも言える。

入学式以来、あの男子には顔すら合わせていないのだから。

今日もまた同じ反応をとられたら、私はどうすればいいやら。しかし、話だけでも聞いてもらわなければ。


そんな意気込みを込めて、手のひらに力を入れて握り締めた。


「ああ、五十嵐なら窓側の席に・・・・呼びます?」

「あ、すみません。お願いします」


教室の入り口辺りに五月蝿く集まっていた数人の男子達は、皆同じ反応する。

私の方を見て、少々戸惑ったように頬を染める。もうハッキリ言って見飽きた反応だ。

そんなことを考えている間に、男子の一人が教室の中に消えていった。

私もそんな彼の背中を追うかのごとく、廊下から教室の中を覗き込んだ。

窓・・・窓・・・窓、と探していけば男子の視線の先には、五十嵐君がいた。

どうやら何かの紙と睨めっこしているようで、シャープペンを片手にひと時もその手を休めていなかった。

しかし、男子の手が五十嵐君の肩に触れたかと思えば、ぱっと視線を上に上げた。

最初はその男子の顔を見て、しばらくして私の方に視線を向けた。


私は思わずドキっとしてしまった。彼はどんな反応をしめすだろうか。

しかしやはり、無表情だった彼の表情はみるみうちに不機嫌そうな表情に変わっていった。

どう考えても、私を睨んでいるようにしか見えない。

思わず教室内を覗き込むのをやめて、廊下の方に引っ込んでしまった。

壁に背中を貼り付けて、五十嵐君が教室から出てくるのを待った。

しかし意外にも、彼はすぐさま教室から出てきて、人気のない廊下の端まで私を連れて行ってくれた。


「で?」


歩く足を止めるが早いか、彼はすぐさま口を開いた。


「で・・・って?」

「なんで来たんだよ」


彼の表情からして、どこか私を警戒しているようだった。

まるで捨て猫みたいな瞳だ。


「生徒会の副議長をやってます、宇佐見京子です。今日は五十嵐君にお知らせがあって来ました」


彼は変わらず無表情だ。相槌をうつでもなく、瞬きするでもなく。

ただ、獲物の動きをひとつたりとも見逃さない、そんな殺気をかもし出していた。

しかし、負けじとその目を見つめ返せば、今度は視線をそらされた。


「生徒会新人選抜テストのことは、先生の方から話があったと思いますが。五十嵐君のサポーターが私になったので、ご挨拶に来ました」

「・・・サポーターなんていらない」


威勢のいい先ほどまでの態度とは打って変わり、彼は呟くように言葉を発した。

私から視線をそらして、嘘がばれてしまった子供が怒られることを恐がってでもいるかのようだ。


そうくると思っていたため、私はそこでひきはしない。


「五十嵐君が生徒会に入れるように、できることなんでもしますよ」


私の言葉に、彼は小さく息を吐き出した。


「だから・・・、生徒会には入らない」


ため息をつくような声だった。

気のせいではなく、やはり私は彼に嫌われているようだ。

そんな嫌われるような事をした覚えが全くないのだから、どうしようもないが。

本人にそれを聞くのも、気分を逆なでするようなものだ。


「でも・・・」


「俺は絶対に入らない!」


今まで冷静な態度だった彼が、声を荒げて教室の中へと消えていった。

私の言葉を聞く気もない、と言った雰囲気だった。

そんな彼を追うことも出来ず、私はまた日を改めることを余儀なくされた。


まさか、生徒会への勧誘でこんな風に断られることがあるとは。前代未聞だ。

今まで多くの生徒達が、入りたいと生徒会室を訪れては、先生達につまみ出されたというのに。

他の生徒とは違う扱い、すべてにおいて優遇され、巨大な権力を有する。

そんなこの学園の生徒会に魅力的を感じない生徒に会ったのは、初めてだった。


そしてあそこまで私に敵意むき出しの男子に会ったのも初めてだ。

女子ならともかく、男子でああいう反応をされたことはない。

思わず、開いた口がふさがらなかった。ただ、彼が消えていった開いた扉を見つめ続ける事しかできなかった。




×-×-×-×-×




それからというもの、私は五十嵐君の所に通い続けた。

というのも、他の生徒会役員達が担当となった生徒達を何やらもう試験に向けて鍛え始めているからだ。

生徒会に入れると聞いて断る生徒がいるはずもなく、皆当たり前のごとく一緒に居る姿を良く見るようになった。


嫌気が差して、時々逃げ出してきているつかさや茜の姿もよく見たが。

そのごとに乾会長に追い回されては、連れ戻されていた。


私だけ五十嵐君に拒否されているということに、少しだけだが焦りを感じていた。

焦りというより、自分への自信喪失に近いかもしれない。

特に彼を引き入れる名案もないまま、私は彼の教室へと通い続ける毎日を送っていた。



そんなある日。


「五十嵐君いますか?」


私が彼のクラスメイトに訪ねたところ、そのクラスメイトは首を横に降った。

毎日来ている私を気嫌う様子もなく、男子達は快く自分に彼の居場所を教えてくれた。


それは、どうやら屋上だったようだ。



「屋上って立ち入り禁止じゃなかったですか?」


屋上の重い扉を静かに開くと、フェンスに背中を預けて目をつぶっている彼を見つけた。


私の声に瞬時に目を開いた彼は、無防備な体制からすぐに警戒態勢に入る。

別にそんな、何もしないのに。


自慢じゃないが、運動音痴だ。

たとえ年下で私より少しばかり背の小さい男子にでさえ、ケンカで勝てるとは夢にも思えない。


「先生から鍵を借りた」


彼は野良猫のような警戒した瞳で、しかし一応返事はしてくれる。

それはそのはずだ。屋上は普段鍵で硬く閉じられているはず。

生徒会や教師達以外は、鍵を所有できるはずがない。


「先生たちに気に入られてるんですね」


返事はなく、五十嵐君は無言で立ち上がった。

その手の中には分厚い本が納まっていた。


「あの、私はべつに邪魔しにきたわけじゃなくて、その」

「何度来ても返事は同じだ」

「どうしてもですか?どうしてそんなに、生徒会を拒否するですか?」

「別に・・・」


その後、五十嵐君は言葉を濁した。小さくぶつぶつ呟いた気がしたが、私には聞こえなかった。


「え?」


何を言ったのか聞くため、五十嵐君に近づくと相手は激しく私を睨み付けた。


「俺の半径10メートル以内に近づくな!」


激しい警告に、私はビクリとして立ち止まった。

その隙をついて、なんともすばしっこいスピードで私を脇を通り過ぎていった。

背後で扉の閉まる音がしたかと思えば、五十嵐君の姿は完全に消えてしまっていた。


「はぁ・・・」


その場には私とため息だけが残された。




×-×-×-×-×




さて、どうしたものか。



「いや~そりゃ、相当嫌われたもんね」


柄にもなく、私は落ち込んでいた。

そんな私を見て、なぜか満面の笑みで勝ち誇ったようなつかさ。


現在2年2組の教室で、私とつかさと茜で昼休みを過ごしていた。

咲き誇った桜を見下ろす事が出来る窓側の席で、優雅にランチ・・・ではない。


「全く見覚えがなくて・・・困っちゃいますよね」

「京子を困らせるって、どんな一年よね~。拝まなくちゃ!」

「拝まないで下さい。余計避けられます」

「ようするに、京子は避けられたくないってこと~?その子のこと好きなのー?」


しばらく黙っていた茜が急に口を開いた。かと思えば、何を言い出すやら。


「あっ」


私とつかさが同時にため息をついた瞬間、茜が呟いた。


「今度はなによ」


呆れ気味につかさが茜を見た。そして、茜が指差す方向を振り返った。

すると「あっ・・」とつかさまでぽかっと口が開いたまま、私を指先で小突いた。

そしてつかさが指差した方向に、私はひょこっと顔を出した。

丁度つかさの体で見えない、教室の外の廊下だった。


そこで目があったのは、野良猫のような警戒した瞳。

視線がコンマ数秒合ったのち、素早くそらされた。

そして憎たらしげに顔をそらされると、扉の影へと消えて行った。


はっきり言うと、驚いた。彼が私を見ていたから、目が合ったのだから。

でも、やはり嫌われているとしか思えない。私を憎んでいる、そんな瞳だった。

私を睨むために、わざわざ教室前まで来たのだろうか。

生徒会介入にしつこい私に嫌気がさして、憎しみまで沸いたのか。

考えれば考えるだけ消極的になりそうだった。


「なによあれ」

「いやな感じだね~」


机の上に座っていたつかさが机から降りた。

そして、にやにやしながら私を覗き込んでくる。


「あれは・・・嫌いっていうか、ねぇ」

「嫌いっていうか?・・・嫌いなんじゃないの?」


顎下に人差し指をあてて考え込むつかさは、どこか楽しそうだ。

そんなつかさの意図が分からず、茜はどこまでもボケていた。


「余計なことしないでくださいよ。ほんともう勘弁して下さいよ」


一応念を押しておくが。何か、企んでいそうな顔をしている。

そして、何かをしかけてくる可能性がある。


先ほどの五十嵐君の印象的な瞳が脳裏に焼きついたまま離れない。

彼の面影をそん辺にちらつかせながら、私はその事について深く考えないように努力した。


食べ終わった菓子パンの空袋をポケットに押し込んだ。

そして今度は、先ほどの数学の授業の復習をすべきノートを開いた。

何かに没頭していないと、また嫌なことを考えそうだった。

新入生達が入ってきてから、ほんとに嫌なこと続きだ。


「数学も95点だったし・・・」


答えが合っていたものの、途中経過を書くことを忘れてた。

それもこれも、彼が原因だ。人のせいにするのはよくないことだが。

彼のことを考えていたせいで、集中力がなく珍しく時間が足りなかったのだ。


「あたしなんて赤点スレスレだったけど」

「茜は~追試だよ~」


側でぼやく二人を完全に無視した。この二人と比べられても困る。

学年ランキングで下から数えた方が早い、この二人とは。


その時、つかさが大声で騒いだ。クラス中がこちらを見た。

こういうのもやめてほしいところだ。


「拝むの忘れたっ!」


オーバーアクションで驚いてみせるつかさに、ため息がまた漏れた。

隣では茜が「大丈夫!?」と本気で驚いていた。




×-×-×-×-×




それからしばらくの間、私は五十嵐君の姿を見ていない。

何度か教室に行ったけれど、彼の姿はいつもそこにはなかった。

しかしついこの間、いつも五十嵐君を訪ねる私をいつしか覚えた彼の友達達にも、「ちょっとの間そっとしといてやって」と言われてしまった。


そんな事を言われたら、行かなくてはいけない義務にも負けてしまうではないか。

それを理由に、私は彼の教室に行かなくなった。いや、行けなくなった。


その事を乾会長にも報告できないまま、二日が過ぎた。

悩み事を抱え込んで、解決できない日々を過ごすのは初めてだ。

私はどうすればいいのだろうか。


「担当変えちゃえば?」


真面目に悩んでいる私をよそに、つかさは最近いつもこんな調子だった。

茜は解決方法を考えてくれているのか、考えてくれていないのか、馬鹿丸出しな表情をしている。


「あー・・・でもどうするの?今日そういえば、室町がどったらって言ってたけど」

「ごめんなさい。状況が全く読めないんですけど」


急に少し真面目な表情になったつかさは、意味不明な言葉を紡いだ。


「だから、あんたの担当してる一年ちゃんと、数学だったかで対決するらしいわよ」

「はっ・・・?私初耳ですけど」

「そりゃぁあんた、あんだけ嫌われてりゃ耳にも入んないわ」

「どこでやるんですか」

「どこだったっけか。確か・・・体育館?」


私はすぐさま教室を出た。一瞬教室がざわついたけれど、気にしない。

今自分が走れるだけ速く走って、体育館に向かった。

一瞬だけ、数学なのになぜ体育館なのか、疑問符が浮かんだが。まあ、いい。

つかさに騙されていようがいまいが、とにかく彼を探す必要があった。

一応、私にも責任がある。


しかし、数学で対決とは・・・本当に初耳だ。

選抜テストとは聞いていたが、どうやって誰か一人を選出するのか方法を聞いていなかったからだ。

このような形でいきなりその時がやってくるとは。


しかし私は走る足をいきなり止めた。


彼は室町先輩に呼び出されて、体育館に来るだろうか?

あれだけ生徒会を拒否している彼は、負けたいのではないだろうか。


「生徒会というか、私の事がただ単に嫌いなだけだったりして・・・」


最近はよく出るため息をつき終えた時、遠くの方で何かがぶつかり合う音が聞こえた。

おそらくは体育館の中からだ。ぼわーんと響くような音の出方だったからだ。

だが、音楽ではない。一定間のある音がぶつかって擦れる音。


体育館に近づくにつれて、ひやっとする寒さに身が縮んだ。

まだこの時期の風は冷たいのに、外と体育館を繋ぐ扉が開けっ放しになっていて、強い春風が体育館中に吹き荒れていた。


人影は4人。室町先輩と乾会長の姿が確認できた。

残り二人は、向き合って道場着に竹刀を構えたまま。誰なのか姿は確認できなかった。

被り物の下には、五十嵐君がいるのだろうか。


しかし、私は五十嵐君が剣道をできたことすら知らなかった。

書類にはちゃんと目を通したはずが、うかつだった。

私はそのままの体制で、体育館の入り口付近に半分体を隠したまま、試合を見守った。


でも、数学対決ってつかさ言ってませんでしったけ?



一瞬思いにふけった瞬間、竹刀が竹刀を打つ音が聞こえた。

多きな音が体育館中に響き渡った。

一方の竹刀が打たれた弾みで手を離れて宙を舞った。

その瞬間を狙って、もう一方の竹刀が相手の頭を強く打ちつけたのだ。


「試合終了!」


頭を強く打ち付けられた方は後ろへと倒れこみ、もう一方はすぐさま被り物を取った。

鋭い瞳は試合終了の合図を出した乾会長に向けられた。


「試合は引き分けだ」


それでも全く怯えを見せない乾会長は堂々としていた。


私はすぐさま皆の所へ飛び出した。


「乾会長!どうして引き分けなんですか」


自分でも珍しく少し興奮してしまった。

すると、いきなり現れた私に乾会長も室町先輩も少し驚いた。

それから五十嵐君は、またあの警戒するような瞳で私から一歩遠ざかった。


「宇佐見。これを見ろ」


剣道というものを詳しく知っているわけではないが、彼の動きはとてもしなやかだった。

そして素人な私でも、勝負のつき方ぐらいは分かる。

彼は確実に相手より上手だった。勝負は引き分けではなく、勝利したはずだった。


一枚のプリント用紙を室町先輩から手渡された私は驚いた。


「五十嵐は白紙提出したんだ」


それは数学のテスト用紙だった。確かに、何も書かれていない。

どうして・・・とでかかった言葉を遮ったのは、他でもない五十嵐くんだった。


「俺は生徒会には入らない。だが剣道での勝負は譲らない。それだけだ」


吐き捨てるようにして五十嵐君は去っていった。

その後姿はとても凛々しかったが、私の心にまた影を落としていった。


「おい、大丈夫か」


いつまでも尻餅をついたままの男子生徒を室町先輩が引っ張り起こす。


「はっはい、大丈夫です・・・」


どうやら、頭を一発打たれたことが相当なショックになっているようだ。

すっかり自信喪失してしまったであろう男子生徒は、ひょろひょろと立ち上がった。


そんな私達をちらっと見てから、乾会長はそそくさと帰っていった。

置き台詞を残して。


『では、私は次の仕事に取り掛かる。京子ちゃんは、アイツをどうにかしろ』


そんな簡単にどうにかできたら苦労はしない。

思わずまたため息をついた私の肩を、室町先輩がぽんぽんと叩いた。


「頑張れ、宇佐見」


「・・・・はい」




×-×-×-×-×




それから一週間ほどは瞬く間に過ぎ去っていった。

時折五十嵐君が対決したという話を小耳に挟んだ程度。

五十嵐君の対決の場面に遭遇することは、なかった。


結果はみな同じ。彼は英語も歴史も数学もすべてを白紙のまま提出していた。


しかし、それほどまでに生徒会に入りたくないと思うのであれば、無理強いはしなくてもいいと、私は思い始めていた。

だから、これ以上彼には関わらないようにしようという考えに到っていた。



そんな時、事件は起きた。



今日もまた私は生徒会の部室で書類製作をした。

頭の傍らで、五十嵐君のことを気にかけながら。

どうにもこうにも集中できず、いつものように仕事がはかどらない。


そんな私を見越してか、乾会長が倉庫から昨年の「体育祭経費」の資料を取ってきてほしいと頼んできた。

断る理由もなく、私は一人で一階の倉庫へと向かった。

倉庫は暗くて埃っぽく寒い部屋だ。

時々しか人が出入りしないため、一般に開かずの間だと思っている生徒も多い。


棚やら置物やらダンボールやらが多くあり、綺麗に整理整頓されていない。

そのため、書類ひとつ探すのも至難の業だった。

だが、今は何かに没頭することが頭を冷やす近道かと、私は解釈していた。


お気に入りのハンカチを口に当てながら、片手であちこち触りまくった。

ふわふわしたものに手が触れ、何かと思えば積もりに積もった分厚いホコリが頭上から雪のように降ってきた。

頭にはかぶりたくないと、素早く逃げたのはいいが、何かにけっ躓いて前のめりに倒れこんだ。

大きな段ボール箱だ。その中にも沢山の資料が入っている。

視力は良い方ではないため、よく目を凝らして見てみる。と、どうやら「体育祭」と段ボールにマジック書きされているではないか。


「これ・・・ですかね」


中もやはりホコリまみれで、中をかき混ぜる自信はなかった。


その時、扉が開く音がした。倉庫に来客だろうか。

この倉庫に来るなど生徒会役員が教員ぐらいのものだ。


誰だろうか?


扉の元まで行ってみたが、誰もいない。

私が遅かったため、乾会長が誰かを寄こしたのだろうか。

ふと腕時計に視線をやった。だが、まだこの部屋に来て30分もたっていない。


「あの、誰ですか?・・・・つかさですか?茜?」


しかし、返事はない。


確かに扉が開く音はしたのだが。あたりに人の気配はない。


「まさか、幽霊?」


たとえ開かずの間と呼ばれていようと、幽霊が出たなどという噂は聞いたことがない。

このハニカミ学園も創立以来、幽霊が出たなんて話もない。

埋立地やら、誰かの不良事故やら、そんな歴史もなかったはず・・・だ。


ホコリっぽい部屋で一度はためらったが、深呼吸をした。


私はもう一度先ほどの場所に戻り、見つけた段ボールを持って帰ることにした。

中身から目当ての資料を見つけるのは、生徒会の部室に戻ってからでもいい。

そう、思ったからだ。

しかし、意外にもその段ボール箱が重く、腰が抜けそうになった。


私は年寄りではない。ただ、か弱い乙女なだけ。

つかさとかいれば、持たせたのに。あれは、無駄に筋肉女だから。

そう思いながら、私は自分に今ある全力で段ボール箱を持ち上げた。

なかなか重かったが、持てないわけではない。


「意外と私も・・・」


その台詞は続かなかった。



急に背後に何かを感じ、気づいた時にはハンカチで口を覆われていた。

何かの臭いだ。嗅いではダメ・・・と自分に警告する間もなく、視界が真っ白になった。


体中が急に軽くなる感覚。目が重たくて開かない。

誰かの手が体に触れている。だがその感覚も、次第に遠のいていく。

ついに私は、何も感じなくなった。







いや、違う。


数秒も感じぬ間に、意識が戻った。

体に若干の痺れや寒さはあったが、感覚も聴覚も視覚も戻ってきた。


ぱっと目を開いた私は、暗闇に一人取り残されていた。

いきなり日が暮れたのかと驚くほど。

いや、違う。この部屋にはひとつしかないのだ。小さな小さな小窓しか。


次第に暗闇に慣れていく瞳のおかげで、暗い部屋の中も少し明るくなってくる。

見覚えがあるその部屋は、体育館の倉庫だった。



「なんか、ドラマに出てくる展開みたいですね」


通りで寒いはずだ。さらにはマットなどの臭いが充満していて、臭い。

思わず鼻をつまんだ私は、冷めていく体をもう片方の手でさすった。


「そういえば、私なんでここに?」


私一人しかいないのだから、返事が返って来るはずがない。


いったい今どういう状況なのだろうか。

次第に冷静になっていく頭で考えれば、すぐに答えが導き出される。

簡単に言って、私は拉致されたらしい。

どこの誰にかというのは分からなかったが。


しばらく私は、じっとしたまま動かなかった。

動いてもどうしようもないと、頭ではしっかりと分かっていた。

暗い部屋の中には出口はなく、体育館に繋がる大きな扉には鍵がかかっていた。

おそらくは外側から頑丈に鍵がかけられているのだ。

私の非力な腕力では開かないことくらい、触らずとも分かった。


すると、静かな倉庫の中には、外の音も少しだけ届いているようだった。

動かなかった数分間で、私はその音を感じ取ることができた。

初めは気づかなかったが、どうやら外が少し騒がしいようだ。

誰かすぐ側にいるのだろうか?


「誰かいませんか?ここ開けてもらえませんか?」


しかし、返事はない。


粘り強く扉のすぐ側で聞き耳をたてていると、誰かの足音がした。

だから私は、力いっぱい扉を何度も叩いた。

すると、足音が段々こちらに近づいてくる。


「誰かに閉じ込められちゃったみたいなんです!開けてもらえませんか?」


扉の前まで来たのか、その足音はパタッと止んだ。

そしてすぐさま、最初から鍵などかかっていなかったかのように扉が開いた。


「あっ、あり・・」


座り込んでいた私が立ち上がって礼を言おうとした瞬間、誰かが突っ込んできた。

突っ込んできた勢いのまま私にぶつかり、その誰かは私に倒れこんできた。

そのまま私とその誰かは倉庫の奥の方まで転がった。


何の冗談か、その間にまた倉庫の扉は閉まっていくではないか。


「えっ・・・ちょっ・・・!」


相手の重みで立ち上がれない私は、扉が閉まっていくのを見ていることしか出来なかった。

無力にも伸ばした手が空を掻いただけだった。


そこで、私に倒れこんでいた人が、勢いよく立ち上がった。


「ちょっとー!もっと丁寧に扱いなさいよねー!」


見る限り外傷もなく、全然元気ではないか。

しかもどこか、見たことのある雰囲気。それに騒がしい声。

先ほど少しばかり扉が開いたため、外の光に目が眩んだせいかまた目が暗闇に慣れるのに時間がかかっていた。


「あれ?京子じゃん」


その誰かが、やっと私に気づいた。人にぶつかっといて、それはない。

さらに謝罪もないとは。なんとも無礼な奴だ。


「あの・・・誰ですか」

「なに言ってんの。ほれほれ」


そう言って、相手は私に触りまくってきた。軽くセクハラじゃないですか。


「やめて下さい」

「このちっこいの、懐かしい~」

「いや、だから。誰ですか」

「あたしよ、あたし!つ・か・さ♪」


一文字ずつ自分の名前を区切ってアピールしてみせたつかさ。

ああ、どおりで聞いたことのある声に、雰囲気だと思った。

通常通り目が見えていれば、つかさのウウィンクから出たハートも見えていただろう。

だがあえて私はそこから目を逸らした。


「なにし「捕まっちゃった☆」


私が喋ろうとしたのをわざと遮ったつかさは、再度ウウィンクしてみせた。

その辺りでようやく目が暗闇に慣れてきて、つかさの顔がぼんやりと見えてきた。


「これは何なんですか?」

「あたしに聞かれてもね~。生徒会へのクーデーターだったりして」

「笑い事じゃないですよ。でも、なんで私達だけなんですか?」

「他の奴等まだ捕まってないんじゃない?ああ、衛のことが心配だわ」


どこかおとぼけ状態のつかさはなんだか少し怪しかった。


「つかさの着ぐるみを来た、他の誰か・・・とかじゃないですよね?」

「はぁ?あんた、何言ってんの?」

「いえ、しばらく暗闇の中で独りだったんで・・・少し頭が変になったみたいです」

「なによ、寂しかったの?」


私は頭を抱えた。

着ぐるみなど、ありえない。

いつも通りハイテンションなつかさではないか。


そんな事を一瞬でも考えた自分を、恥ずかしく思った。

寂しかったなんていう、つかさの言葉も信じたくない。

別にそんなんじゃない。


「つかさはどんな人に捕まったんですか?」

「んーん・・・忘れちゃった」


自分の制服についたほこりをパタパタとはたきながら、つかさはしらばっくれる。


やはり、何かがおかしい。


「携帯も圏外だし」


自分のポケットから携帯電話を取り出したつかさは、少し残念そうにしている。

そのつかさの行動を見て、私もつられるように自分のポケットを探った。


「携帯・・・生徒会に忘れてきたんでした・・・」


こういう時のための携帯でしょ・・・と、自分を失態を責めた。


そしてすぐさま、つかさの方に目をやった。

おそらく、つかさが着ぐるみではないことは確かだ。

しかし、いつものつかさの様子とは違う。

つかさのことだから、騒いだり怒ったり落ち着きを無くすはずなのに。

案の定今のつかさは冷静沈着。いや、無頓着というべきか。


「どうしたんですか?」


しばらく考え込んでいると、つかさが自分の携帯の画面を見ながらくすくす笑っているではないか。

圏外でメールも電話もできず、ネットにも繋げないはずの携帯電話。

それとも、写真かなにかでも見ながら気を紛らわしているのだろうか。


「いや、別に?」


私の問いかけに、つかさは笑を堪えるように口に手を当てながら振り返った。

あからさまに何かあるのを隠しているように、首を横に振った。

そして未だ、私の顔を見ながら半笑状態だ。


「つかさ、何か企んでいるのが見え見えなんですけど」

「えっ?そう?」


つかさが目を大きく見開いて、またとぼける。


「つかさの携帯貸して下さい」

「はぁ?だから、圏外なんだってば」


私の差し出して手を怪訝そうに見つめ、自分の携帯をポケットに閉まった。

意味が分からない。というように、私が睨み返せば、つかさも睨み返して来る。

絶対、怪しい。


その時だ。外でバタバタと騒がしい音がし出した。

大勢の足音が騒がしく地面を蹴っている。

それが体育館の中に反響しているからなのか、やたら大人数の足音が聞こえた。


しかし、それに混じってまた違う音もする。

壁を叩いたり、何かが風を切る音。

それから人の声。話し声も聞こえる気がする。


それまで携帯で遊んでいただけのつかさに動きがあった。

扉の方まで四つん這いになって近づいていくと、ぺたっと耳を扉に当てた。

私もそんなつかさに続こうとすると、つかさはくるっと私の方に向き直った。


「ごめん、京子」


そして、私に向かって拝むように手を合わせた。


「は、なんのこと・・・」


そこでいきなり私の意識は途絶えた。

ぼやけていく視界の中で、つかさが手に何かを持っているのが見えた。


はやり、つかさの着ぐるみ被った誰かだったのか・・・。




×-×-×-×-×




「・・・見・・・」


「・・・佐見・・・宇佐見・・・」



誰かが私を呼んでいる?


暗がりの中だった。


そういえば、私・・・・つかさに何かされて・・・。


そうだ、あれは・・・スタンガン?




「宇佐見!!」



ハッとして、私は瞬間的に目を開いた。

目に映ったのは最後に見た、あの体育館の倉庫の天井のままだった。

気絶する前に、つかさの背後で見たあの古ぼけた天井と、丸い球体。


そういえば、私・・・今日何回気絶させられてるんだろう。


いや、なぜつかさがスタンガンなんて持っていたのか。


そんなことを考えていると、両肩を捕まれ体を揺すられた。

そういえば、私は今誰かに呼ばれたのだった。


開いた瞳で見上げてみると、ぼやけた視界に誰かの悲痛な表情が映った。

色素の薄い茶髪が寝癖のようにピンピンとあちこちに散っている。

それに、心なしか息切れと額辺りに汗が浮かんでいる気がする。



「五十嵐君?」


「宇佐見!」



返事をすれば、彼は悲痛な表情を少し和らげて、安心したようにほっと一息ついた。

私は状況が掴めず、ぽかんとしていた。


「動かないから・・・ほんとに・・・」


少しだけ何かを堪えるような、そんな表情をして見せた五十嵐君。


横になっている私を、彼が抱き起こしているといったシュチュエーションだ。

しかし何の恥ずかし気もなく、彼は私を離さない。

というか、先ほどより腕の力を強く感じた。

なんだか細くて私より華奢そうな腕だったが、力はやはり男の子だった。


・・・というか。

彼はこんな人だっただろうか?

いつも私に冷たくて。性格も冷静で。近づくな、とも言われたのに。


たった今、彼は私に触れている。

しかも先ほどまで少し興奮状態だったような。

マラソン選手の完走直後みたいに、息も切れ切れになっているではないか。


いったい、彼に何があったのだろうか。そして、今は一体どういう状況なのだろうか。



「俺、宇佐見に思ってもないことを言った」

「へ?」


一度息をのんだ彼が何を言い出すかと思えば。


「半径10メートル以内に近づくなとか」

「はぁ」

「生徒会に入る気がないとか」

「え、じゃぁ入る気あるんですか?」


私の言葉に、彼は少しだけ間を作った。

その後、肯定もしなかったが否定もしなかった。


彼の瞳の奥の薄い金色のような部分が、左右に揺らいだ気がした。


「生徒会が嫌いとかじゃなくて・・・」

「はい?」

「違う。ほんとは逆なんだ」


逆。というのは、生徒会が好きということだろうか?

生徒会に本当は入りたかったけれど、何か理由があったのだろうか。


一瞬だけほっとしたのもつかの間。


彼の腕に支えられている状態で少し首を起こすと、見知った面子を見つけた。

丁度彼は扉の方に背を向ける形で、私が扉に向かっている状態だったためだ。

要するに彼は、その「面子」によって覗かれている事を知らない。


私は一気に気が抜けた。

なぜなら、今までのこれが仕組まれたものだと分かったからだ。


スタンガンで私を気絶させたつかさも、つかさをこの倉庫に押し込んだであろう佐野先輩も。

さらには興味本位で茜や乾会長や室町先輩まで。勢ぞろいではないか。

どう考えても見えているだろ、という位置で私達を覗き見ていた。



「宇佐見が好きだ!」



私が起き上がって生徒会の皆に注意しようとした時だった。


五十嵐君が大きい声で、叫んだ。



「え?はあ・・・?」


「俺は宇佐美が好きだ!」



私の言葉に聞こえなかったと思ったのか、五十嵐君は再度言った。

ポカンと口を開けたのは私だけじゃなかった。


すぐさま五十嵐君の方を見れば、心なしか彼の顔はトマトみたいに真っ赤だった。

いやもはや、心なしかなんて話じゃない。顔から火が出そうなぐらいだ。


「付き合ってほしい・・・!」


真っ赤な顔を隠すわけでもなく、五十嵐君の瞳は真っ直ぐだった。

そして一生懸命に気持ちを伝えようとする表情が、なんとも可愛らしかった。


そんな見た目に胸を射抜かれただなんて、思われたくはないが。


私はこの時、いとも簡単に答えてしまったんだ。



「・・・はい」





私の答えで、周りが騒然としたのは言うまでもなく。

五十嵐君までなぜか卒倒しそうになった。

どうやら私の答えが予想外だったらしい。


私も、答えてから驚いているぐらいだから、しょうがない。



その瞬間、何かが弾ける音がした。

そして色とりどりの紙ふぶきが一気に部屋中に舞い散った。

見上げれば、吊り下がっていた球体が見事に二つに割れ、その中身が飛び散っていた。

共に垂れ下がったのれんの様な長い紙には、大きな文字で「合格おめでとう!」と書いてあった。

今時このやり方なんてダサい・・・と思ったことは言わないが。



「合格おめでとう!五十嵐虎次郎!」


そう言って手を叩きながら一番最初に現れたのは、乾会長だった。

いや、私からすれば最初から見え見えだったのだが。


「君は見事に私達の生徒会の選抜テストに合格したのだ」

「は?」


満面の笑みの乾会長に、事情の分かっていない五十嵐君。

乾会長の横では、「なんでー!?」とつかさがショック状態に陥っていた。

いつの間にか現れた二条院先輩は、「いろんな意味でおめでとう」と言ってくれた。



後で聞いた話によれば、私が眠らされているうちに色んな事があったようだ。


どうやら不可解な出来事すべてが五十嵐君のテストに繋がっていたようで、私は人質に使われたため、よりリアルに実演するためにその内容は伝えられなかったらしい。


ある不良団体によって裏庭に呼び出された私が、拉致されたという簡単な内容。

乾会長が資料倉庫に行けと私に言った時から、すべては始まっていたということだろうか。

五十嵐君を呼びに言ったのは茜だったらしい。

そして私を気絶させたとき、やはりつかさはが持っていたのはスタンガンだった。

一度目のように薬で眠らせる案もあったようだが、つかさが却下したというのだ。

「よりリアルに!」と。・・・意味不明だ。


呼び出された五十嵐君は、竹刀を持って現れたという。

敵役として配役された佐野先輩達は、どうやら酷くやられたようで、すべてを話した後で保健室に運ばれた。

彼、五十嵐君は剣道の達人だったらしく、中学時代から敵無しだったと、後で聞いた。

通りで彼が息を切らして汗をかいていたわけだ。

そこまでして私を助けてくれた彼を、可愛いと思ったのは付き合い始めた後の話で。

彼の告白への返事は突発的に出た言葉だったが、後悔は全くしていなかった。


その内容を後に知らされた五十嵐君は、唖然としてから少し機嫌が悪そうにしていた。



そういえば、彼がなんで私を避けていたのか。


それは、五十嵐君がものすごいハニカミ屋だからだ。

長い間悩まされていたのが嘘のように、私の心も一気に軽くなった。



それから少しして。


私にすべてを打ち明けてしまい、それ以上逃げる必要のなくなった五十嵐君は、生徒会役員の新メンバーになりました。



ちなみに、選抜テストだから他の候補者はどうなったのか・・・。


「そんなのもうどうでもいい!私は五十嵐虎次郎を気に入った!」


と、乾会長が言ってました。

どうやら、彼がした私への“愛の告白”が大層気に入ったみたいです。




×-×-×-×-×




本当に後日。


「そういえば、ごじゅうあらしさんって~名前なんなの?」

「ごじゅうあらしって誰よ?」


昼食中にはっとしたように思い出した茜が、つかさに質問した。

ごじゅうあらし?それを聞いて、私もはっとした。


「ごじゅうあらしさんだよ~。京子の彼氏のー」

「ああ!あれはねーいがらしって読むのよ!馬鹿ね~相変わらず、茜は!」


箸の先を茜の顔に向け、茜を指差しながら答えるつかさ。

どちらが馬鹿なのか、私には分からなかったが。


「五十嵐虎次郎君ですよ」

「「虎次郎!?」」


私が正式名を答えると、つかさまで知らなかったというような反応をする。

確かに変わっている名前だが、別にそんなこと気にならない。


「変な名前!ってかアイツ、確かに最初っからおかしいと思ってたのよね~。なーんか、京子がトイレ入ってる時とかにタイミング良く廊下ですれ違ったりするし!しかも、なんかあたしのこと睨んでくるし。最初はあたしのファンかと思って気にしてなかったけど。でも、教室の外から覗き込んで来た時に確信したのよね・・・。だっておかしいじゃない!なんで一年生が昼休みにあんな所歩いてるわけ?ちっちゃーくて見るからに彼女いなそーなのに!!」

「トイレって!キモイ!ただのストーカーだよ、それ~!」


つかさの話に悲鳴をあげる茜。

人を惑わすにもほどがあるのではないか?


「たまたまでしょう。すれ違ったって言っても、一回ぐらいでしょう?」

「いやいやいや。確か生徒会の前でもすれ違ったわよ」


記憶の奥底から掘り起こしてきて、つかさはにひにひと笑った。


「なんでそれをもっと早く言ってくれなかったんですか」

「はぁ?だってあんなちっこーいの嫌だし」

「つかさが決めることじゃないでしょう」


ふっと笑って見せたつかさに、またため息が出た。

どうにも五十嵐君のことを気に入らない様子のつかさは、たびたび彼の悪口を言う。

別につかさには関係ないではないか。


「あんなチビガキ!虎次郎じゃなくって、虎ちゃんだー!はっはー!」

「虎ちゃんって可愛すぎるんじゃないのー?」


背筋をのけぞらせて、自分で言って自分で笑っているつかさに呆れた。


だけど・・・


『虎ちゃん』というのは、悪くない・・・かも。


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