番外編:VDな生徒会
本日2月13日は、バレンタインデー前日。
日本では大体平日であることがほとんどだ。
この日は年に一度の、恋する乙女達にとっての壮絶な戦いの一日である。
「なにー!?茜は今年は何も作んない!?」
「えーだって~・・・好きな人いないしー」
「去年は義理チョコだったけど、弟とお父さんにだけど、一応作ってたでしょ!?」
「今お父さんと喧嘩中らしいですよ」
「はー!?めんどくさっ!」
1年2組の教室のある一角で、三つの机を寄せ集めて座る女子三人組。
彼女達は今、バレンタインデーの話題で持ちきりだった。
バレンタインデーという行事を毎年とても大切にしている乾つかさは、他の二人の冷め具合にかなり興奮気味に講義中であった。
「いい!?女の子がバレンタインデーなんて・・・って言ったら最期だからね!モテるモテないの問題じゃないんだから。アンタ達みたいな奴、いつかココにカビが生えるんだから」
"ココ"と言ってつかさが指差した場所を見て、ぼんやりとつかさの説教を聴いていた栗原茜がぎょっとした。
「迷信ですよ。つかさのその気品の無さもどうなんですか」
「アンタ馬鹿じゃないの?世の中の子達はもっと下品だっつーの」
驚いて放心状態になった茜をなだめるように、つかさを迎え撃ったのは宇佐見京子だった。
そんな京子も飲み込みそうな勢いのつかさは、まるで暴走特急車のようだ。
「とにかく、今日の放課後調理実習室に集合だからね!先生に言って、予約とっといたんだから」
「カラオケルームみたいな勢いやめてもらえません?どうせまた、先生を脅したか何かしたんでしょうけど・・・」
「万年居るだけでチョコ作んない人に言われたくないわ~。あっ、ごめん!作んないんじゃなくて、作れないんだったっけ?」
京子の嫌味にかぶせるようにして、つかさは言い返した。最後にはぺろっと舌先もちらつかせて。
さすがの京子も片方の口角を上げて、うすら笑を浮かべた。
放心状態だった茜も、思わずその表情にしゃっくりをするほど、不気味な笑みだった。
「今年は私も作りますよ。室町先輩にあげるつもりなんで」
「うわっ!ヤバッ!室町の人生も明日までね。明後日になったら部屋から遺体で発見されるかも!」
「それはそれは大変ですね。じゃあ、忘れずに佐野先輩と二条院先輩にも作らないと」
「はぁ!?衛にそんな奇妙なモン食わせないでくれる!?佐野はいいけど!」
激怒したつかさが立ち上がって机を叩いたが、京子はそ知らぬふりをした。
いたって冷静な態度で、無表情につかさを睨み返す。
「も~い~よ~!茜もチョコ作るから~!もーそんなに茜の事で喧嘩しないで~!!」
二人の険悪なモードを見かねて、茜はその二人の間に割ってはいる。
茜にはその状況が良く分かっていなかったようだ。
発端が自分にあったため、自分の事だと勘違いしなくもないのだが・・・。
「茜の事じゃありません!」
「茜の事じゃねーよ!」
という、二人の息の合った怒鳴り声に、また茜が縮み上がったことは言うまでもなく。
×-×-×-×-×
「あたし、愛は量と質だと思うのよね」
「大抵はその片方しか選べないと思いますけど」
「ふっ。恋する乙女に不可能なんてないのよ」
場所と時間は変わって、放課後の調理実習室。
なんだかんだ文句を言いながらも、仲良し三人組勢ぞろいだ。
「あたし、物心ついた時から衛にチョコあげてたっけ」
「あの。勝手に思い出に浸らないでもらえます?」
「ね~なんかお湯ふっとーしてるよ~」
三人ともエプロンに三角巾をつけて、調理をする準備は万端だった。
コンロになべをかけてお湯を沸かしている最中だというのに、つかさはなぜか乙女モード爆発中だった。
京子は家庭科の調理実習だけ毎回評価5をもらえず、実際に全く料理が作れないというのに、とりあえずまな板の上で板チョコを木っ端微塵に潰していた。
「確かあれは、小学生になる前だったかしら。親からもらったお小遣いで、チロルチョコ買ったのよね。あーなんて、あたしったら子供だったのかしら!」
想い人の二条院衛本人がいるわけでもないのに、ぽっと頬を赤く染めたつかさ。
片やチョコが粉になる恐れがあるほど、チョコをすり潰している京子。
その両極端な二人を見ながら、茜は買い物袋からそっと生クリームを取り出した。
「茜!それはちゃんと氷で冷やしながら泡立ててよね。なんなら外から雪取ってきてもいいから」
乙女モードになっていたかと思えば、さっと指を立てて指摘してきたつかさに茜は驚いた。
そして、大きなボールを手渡されて窓の外を顎でしゃくられた。
窓の外に目を向けた茜はガックリきた。なにせ今日は大雪警報がでていただけあって、外は猛吹雪だ。
しかし仕方なく、茜はボールを片手に調理実習室を出て行った。
「でも次の年はちゃんとチョコレート作ったのよ。砕いて固めただけのハート型チョコだったけど!あーでも、その次の年からは恥ずかしくってお店で買うことにしたのよね。手作りなんて今時・・・ってあたし反抗期だったのかしら」
「思春期の間違いじゃないですか?」
茜が出て行った後も続くつかさの独り言・・・昔話に、京子も次第に呆れてしまっていた。
さらに京子の言葉に一瞬むっとしたつかさだったが、完全に無視を決め込んだようだった。
「大体、毎年同じ話するのやめてもらえますか」
「なーによ。毎年同じじゃないでしょ。昨年の話がどんどん折り重なっていく、あたしと衛のラブ・バレンタイン・ヒストリーじゃないのよ!」
「あ。無駄な横文字いらないです」
最後にウウィンクをしたつかさに向かって、京子は手のひらを横に振った。
京子の言う通り、つかさは毎年二人のこの話を聞かせている。
中学校から仲良しだったため、中学の間も2月13日は大嵐であろうと熱があろうと、学校の調理実習室を貸切にしてチョコレートを作っていた。
今までにその三年間、決まってつかさは衛と自分との話を欠かさずしていた。
「毎年最初から聞かされたら、そりゃ飽きますって」
「あたしは飽きないわよ」
あまりに自己中心的な性格に、京子ももうため息しか出なかった。
「でもある時気づいたの。愛はやっぱり手作りじゃなきゃ!だから、あたしはそれからありとあらゆるチョコを作ったわ。生チョコに、トリフ、マカロン、クッキー、ケーキ、3Dのチョコだって作ったし。昨年は二段ケーキ作っちゃったし!」
「二条院先輩も大変ですね。そんなに甘い物好きそうに見えないですけど」
「なによ京子!アンタ、衛があたしがあげたケーキを捨ててるって言いたいわけ!?」
「私はなにも言ってませんけど」
二人が険悪モードをかもし出し始めた頃、やっと外に行っていた茜が戻ってきた。
扉を開けた茜は、同時に降り返ったつかさと京子の剣幕に恐れおののいた。
「茜どこ行ってたのよ!?」
「へっ?茜・・・つかさに頼まれて・・・雪・・・・」
「はぁ!?」
つかさの怒りの表情に驚いて、茜は唖然として声もでなくなっていた。
つかさの隣では、京子が「つかさが頼んだんでしょう」と小さく呟いた。
だが、当の本人には聞こえていないようだ。
「さっきから何をイラついてるんですか」
「イラついてないわよ!」
京子に怒鳴りつけたつかさは、その勢いで茜を睨み付けた。
その時茜は、本日何度目かのしゃっくりをした。その瞬間に手元が不安定になった。
持っていたボールは溶けた雪で滑りやすかったため、茜の手からいとも簡単に滑り落ちた。
「「「あっ!」」」
三人の声が重なった瞬間、茜は精一杯手を差し出した。
だが、ボールは茜の手をすり抜け、床で一度バウンドする。
バウンドした勢いに任せて、中の雪がボール型に固まったままボールから飛び出した。
その雪が茜の予想とは反する場所に落ちたため、一歩踏み出した茜の足が雪を捉えてしまった。
雪を踏んづけた足は動力をそのままに、床を一気に滑っていた。
「ああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ぎゃぁぁーー!!」
「きゃっ・・!」
茜が滑って向かった先は、つかさと京子の居る場所だった。
思いっきり突っ込んだ茜に巻き込まれ、つかさと京子も床の上を転がっていった。
案の定沸騰したお湯の釜がひっくり返ることはなかった。
だが、京子が切っていたというか、すり潰されたチョコは無残にもそこら中に舞い散った。
小さなチョコの粉が、ひっくり返った三人の上に雪のように降り注いだ。
その中で一番最初に素早く上半身だけ起こしたのはつかさだった。
雷が落ちるかと茜は目をつぶって、それに構えた。
「あたし思いついちゃっった!今年はカカオから作るわ!」
しかし何を言うかと思いきや、つかさが発したのは怒りの声ではなかった。
そんなつかさの言葉に、すぐさま京子も起き上がった。
「もしかして今日、何のチョコを作るか決まってなかったんですか?」
「そうなのよね。だってもう、ネタが尽きちゃったっていうかさ」
「だからイラついてた訳ですね。まったく良い迷惑ですよ」
「ごめんちゃい♪」
そこでやっとつかさが謝り、その場は丸く収まったかのように見えた。
全く意味が分かっておらず若干放心状態の茜は、未だ叱られることを怖れて口を堅く閉ざしていた。
「でも実際、カカオ豆から手作りなんてできるんですか?」
「恋する乙女に不可能なんてないって言ったでしょ!」
「現実的な話、カカオ豆なんてこの辺りに売ってるんですか?おそらく売ってないと思いますけど。取り寄せとか通販とかそんな感じじゃないですか。今からではどう考えても、明日には間に合いませんね」
ふん。と鼻で笑った京子は、黙り込んだつかさを見て勝ち誇った笑みを浮かべた。
確かに、カカオ豆なんてそうそう売っている物ではない。
つかさが案を出すのが遅すぎたわけだ。なにせ、明日がバレンタインデーなのだから。
しかし、しばらく考え込んでいたつかさの表情は、次第ににんまりと口角が上がっていく。
「恋する乙女に、不可能はないって言ったわよね?」
「いやいや。不可能ですって」
素早く立ち上がったつかさを見上げながら、京子が「はあ?」という顔をする。
ガッツポーズを決めた後、素早く上着を着込むつかさ。
つられて京子も立ち上がった。そんな二人からパラパラとチョコの粉が舞い落ちた。
「どこいくの~・・・!?」
完全に遅れをとった茜は状況を飲み込めずにいた。
「諦めないわ。きっとどこかにあるはずよ!あたし買い物に行って来るわ!」
「外は猛吹雪ですよ」
颯爽と自分の鞄を掴んだつかさを、京子は外を指差しながら引き止めた。
確かに先ほどより吹雪は酷くなっているように見えた。
一面真っ白で道路と歩道の区別がつきそうにない。
「アンタ達は!?行くの?行かないの!?」
しかし全く京子の忠告を聞かず、つかさは二人をも連れて行く勢いだった。
そんなつかさの熱意に負けたのか、一瞬だけ考える仕草をした京子はすぐさま上着を羽織った。
珍しくストレートに下ろしている髪の上から帽子を深々と被り、「しょうがないですね。付き合いますよ」と呆れたように笑った京子。
次に、そんな二人のやり取りを見ていただけだった茜に、二人の視線が注がれる。
有無を言わせぬ視線の鋭さに震え上がった茜は、すぐさま準備を始めた。
「明日は絶対!あたしの気持ち100%カカオ100%のチョコを衛にあげるのよー!」
「カカオ100%は誰も食べれないですよ」
「二人とも待ってよ~~!」
ダッシュで駆け出し始めたつかさと、その横に寄り添うように京子も調理実習室を後にした。
その後をわたわたと遅れをとりながらも、茜もまた追いかけた。
そして、その日。
恋する乙女パワーで、どうにかこうにかカカオ豆を見つけたとか、見つけられなかったとか。
そして、バレンタインデー。
恋する乙女は、人生初カカオ豆から作ったチョコレートを、大好きな彼に渡したとか。渡してないとか?