表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

2.生徒会のランチタイム!それって愛妻弁当!?(衛×つかさ)

 「るんるんるん~♪」



トントントン。


朝の生徒会寮から響くそれは、もう皆の慣れ親しんだ音。

包丁がまな板を叩く音、火が鍋の水を踊らせる音、フライパンが卵を焼く匂い。


「よしっ、出来たっ♪」


ここハニカミ学園生徒会寮の共同の台所で、一人小さくガッツポーズを決める。


あたし、乾つかさはこの学園の生徒会会計。

自分で言うのもなんだけど、この肩辺りまで伸ばした髪の毛先を、コテで外巻にしているのがあたしのチャームポイント。

家族には内緒なんだけど、実はあんまり黒髪から離れない程度に、カラーを入れてたりする。

目がパッチリしてるのもチャームポイントで、姉のめぐみとは違って二重なの。


そんなあたしは、今日もまた、親愛なる姉のためにお弁当を作ってます。

・・・っていうのは建前で。

ホントは、愛する人のためにお弁当を作ってるの!


愛する人が誰かって?


そんなのすぐ分かるから、見ててって。



「めーぐみ!」



2年1組に飛び込んだのは丁度12時ごろ。

あたしは1年2組だからあたしの教室じゃないんだけど、

ここ2年1組は親愛なる姉と、愛しの人の教室なの。後、変なヤツもいるけど。


あたしの声にいっせいに振り返ったのは、三人の視線だった。


「つかさ」


親愛なる姉のめぐみは、ここの学園の生徒会会長なの。

そして、愛する人、二条院衛は会長を支える副会長ってわけ。

太陽よりも眩しく、「おはよう」なんてとろけるような笑みで言われると、ホントにとろけちゃうわけ。

その紳士的な風格と、とろけるような笑みで、誰にでも優しくするのは許せない。

けど、そんなこんなで衛の笑顔に卒倒する人が続出して、今では生徒会が誇る・・・・いや、学校が誇る、モテモテプリンスってわけ!

整った顔形。サラサラした深みのある焦げ茶色の髪。

笑うともう、大げさに言って天使のよう。肌は白いんだけど、健康的で。睫毛が長いところが、チャームポイントなの。

手先は器用なんだけど、意外にも男の子な手をしてて。身長は170㎝。ちなみにあたしは160㎝なんだけど。


そしてその二人の横で机脇に突っ立ったまま、こっちを変な瞳で見ているのは同じく副会長の・・・・なんだっけ。


「佐野くん、早く行かないと大好きな焼きそばパン売れきれるぞ」

「あっ、やべ!」

「佐野、がんばれ」


あ、そうそう。佐野冬馬。

あたしをじーっと怪訝そうな表情で見てから、少し慌てて教室を飛び出していった。

まぁ、そんな目で見られる意味が分からないわけでもない。

大体、あたしが来る前にここで繰り広げられていたであろう話は予想がつくから。

そんなことどうでもいいんだけどね。


「はい、これ二人のお弁当」


そう言って、手に持っていた袋から二つのお弁当箱を取り出す。

そして、色分けしてある二つのお弁当箱を、座っている二人の前に置く。


「毎日大変だろうね、ありがとう」


そう言って、衛はにっこりと笑ってくれる。

その笑顔のためだったら、なんだってするのに。

とまぁそんなこと、口には出せないんだけど。


「まぁ、ほら。めぐみの分まで作ると作り過ぎちゃうっていうか、あまるのよね~」


素直に言えないんだけど、衛は別に気分悪くする様子もなく、いつも優しく笑ってくれる。


「美味しい」


衛の真っ正面に座るめぐみは、もうすでにお弁当に箸をつけて食べ初めていた。

モゴモゴとそう言ってから、本格的に食べ始めた。


どっちかって言うと、めぐみの方がオマケなんだけどね。

だって、あたしは衛のためにお弁当作ってるんだから。


言ってはいないけど、衛はちゃんとそのことに気付いてくれてるのかな?


そんなことを思いながら、とりあえず邪魔な佐野が帰って来る前にこの教室を後にした。



今、1月下旬だとさすが、教室から廊下に飛び出した時の暖かさが違った。




×-×-×-×-×




事件は、その次の日のお昼休みに起こった。


今日は午後から授業がないから、お昼は生徒会室で食べるって聞いた。

ということで、今生徒会室にいるわけで。

でも、お昼を回ったところだからまだ人は少ない。

居るのは、めぐみと衛とあたしと京子と佐野だけ。他のメンバーは何してるんだか。


「はい、お弁当」


そう言って、今日もまた鞄の中から二つのお弁当箱をテーブルの上に置く。

生徒会長専用の机に座りこんでいるめぐみは、そのお弁当箱を見てからあたしを見た。


「なに?」


その視線に気付いて、めぐみを見る。


「実はつかさ、私考えたんだ」

「なにを?」

「毎日、つかさお弁当作るの大変だろうと思って。私達のお弁当は明日から作って来なくていい」

「え?」

「毎日作るの大変でしょ?いつも甘えてるのも申し訳ないから」


振り返れば、副会長席に座っている衛が、にっこりと笑う。


「つーことは、衛も明日から購買仲間ってわけだ」

「私もそろそろ家庭科評価2は克服ないといけないとも思ってな」


しみじみと言うめぐみと、軽い口調で変なことを言い出す佐野。

確かに、あたしの姉・めぐみの家庭科の評価は最悪である。毎年オール5をとれないのは家庭科のせいであるというほど。

しかし、そんなことハッキリ言ってどうでもいい。思わずあたしの思考は、危機感を感じ取った。

だから、冷静な瞳で京子がこっちを見ていようが関係なく、大きな声を張り上げた。

さっき変なことを言った、佐野の頭をぐしゃっと手で押しつぶして。


「衛はダメよ!!」


そう大声をあげれば、考え込んでいためぐみがこっちを見る。

にこにこ笑っていただけの衛も、きょとんとした。

京子は相変わらずだが、佐野はあたしの手の下で小さくうめいた。


「めぐみはいいけど!だって、いつかは自分で作らなくちゃいけなくなるでしょ!」

「私だけか?」

「それって男女差別じゃないですか」

「でも、衛はダメよ!どうせ佐野なんかと一緒に購買でお昼すます気なんでしょ!?そんなの体に悪いわ!今は男の子にとって大事な時期なのに、栄養バランスが傾いたらどうするのよ!」


沢山の人の前で話をするように、大きな声で体全体使って表現してみた。

そうすると、必然的に佐野を押しつぶしていた手は佐野から離れるわけで。

自由の身になった佐野は、迷惑そうにあたしを見た。そして、ぐちゃぐちゃになった髪の形を整える。


「俺は?」

「佐野はいいのよ!」


そう怒鳴り返せば、佐野の顔が余計ぶっすりした。


「だから、衛は余計なこと考えないで!あたしが明日からもちゃんと作ってくるから!!分かった!?」


念を押すようにして、衛を見れば、相当驚いたようでいつものにこやかな笑みがそこにはなかった。

めぐみは、会長席から口を半開きにした状態であたしをじっと見ていた。

いくら鈍い姉とはいえ、あたしのこの尋常じゃない反応には少し感づいたのか。

鋭い京子は、一人だけ無表情のままお弁当を食べ続けていた。


そんな中、佐野だけが馬鹿だった。


「つかさ、お前って衛の母ちゃんみたいだよなぁ」

「は!?」


次の瞬間、皆の視線が佐野に集中した。


「栄養バランスとか言っちゃって、お前絶対変だって。衛のこと好きなんじゃねーの?」



その言葉に、部屋中が沈黙に包まれた。

その中で、あたしはいち早く佐野の耳を思いっきり掴んでやった。



「いでででで」

「さーのー、ちょっと来てくれる~?」



そう言って、佐野の耳を引っ張って生徒会室を出た。

その時、テーブルに座っていた京子が「にぶい」と呟いたのが聞こえた気がした。

それはきっと、京子があたしの気持ちを知っているから。



生徒会室を出たあたしは、人気のない廊下の隅っこの方に来てからやっと佐野の耳を離した。

「いてぇ」を連発しながらも黙ってついてきた佐野は、離された耳をさすっていた。



「余計なこと言わないでよ、佐野のくせに!」

「てか、マジだったんだ?」


ただでさえ怒っているというのに、佐野の言葉に顔の温度がどんどん急上昇していく。

すると、佐野は「マジか」と心底驚いたような顔をしていた。

気付いていなかったのが嬉しいのか、気付いていなかったのが悲しいのか、今は分からなかった。

気付いていなかったとすれば、言うまでずっと衛もきっとあたしの気持ちになんか気付かないだろうから。


「絶対、衛には内緒だからね!」

「なんでだよ~、言わなきゃ伝わんねぇぞ」

「いいから!!」

「わーった、わーった」


血相を変えて睨み付ければ、佐野は降参というように手のひらをあたしの方に向けてきた。

そんな佐野をしばらく睨み続けたあたしは、深く息を吸って吐きだした。


その様子を見ていた佐野は、しばらくしてからはーっと息を吐きだした。


「てか、なんで衛のこと好きなんだよ」

「なんで?あんた、バッカじゃない?」


脳天気な顔をしている佐野を、鼻で笑ってやった。

衛を好きなことに、なんで?を要求する男なんて、バカとしか言いようがない。

そんなこと、生涯聞かれるだなんて思ってもみなかった。


だって衛は・・・


「なに、夢見る乙女~みたいな顔してんだよ。似合わねぇぞ」

「うるさいわね!」



衛は・・・




×-×-×-×-×




衛は、小さい時からずっと一緒だった。

小さいながらにあたしが覚えている記憶のすべてに衛が存在する。

とにかく、そのぐらい前からずーっとずーっと衛とは一緒なの。


いわゆる、幼なじみってやつ。



衛は小さい時からとても優しい男の子だった。

誰よりも頭もよかったし、めぐみとあたしの喧嘩もよく止めてくれたっけ。

色んなことを教えてくれたし、困った時はいつも助けてくれた。

そんな優しいお兄さん、って存在だったのかな。あの頃のあたしにとっては。


でも、小学校から中学校の間。

いつの間にか、それは恋に変わってた。



もともとめぐみと衛は同い年だったから、一学年下のあたしはその二人に混ぜてもらってるって感じだった。

別に衛はそんな態度一度も見せたことはなかったけど。

私に気を使ってるとかそんなんじゃなくて。根っから、優しい人なんだ。


それでもやっぱり、学年が違うだけで会えない時もあるわけで。

そんなとき、当たり前に側に居ることの出来るめぐみをものすごく羨ましく思ったっけ。

運が良くて会えるのは登下校。部活に入部しちゃえば、帰りも会えなくなるし。

お互い用事とかあって、休みも会えないこともあった。


そんな時、めぐみがハニカミ学園に入学することになった。

別に揃えたわけじゃないと思うけど、衛もまた、そこに行くことになった。

皮肉じゃないけど、二人とも頭がすごくよかったから。いや、これは自慢。


だから、立前は「姉が行ってるから」ってことにしてるけど。

本当は衛が行ってるから、来年はあたしもあの高校に入学するって心に決めたの。

姉と比べて成績が普通なあたしは、言葉では「努力した」ってしか言えないけど、

それはそれは恐ろしいぐらい努力したんだから。漫画でよく出てくるような、寝る間も惜しんで。

その間はすごい寂しかった。だって、ハニカミ学園は寮制だから、休みの時しか衛に会えないもん。



入学した時、知ったんだけど。

めぐみも衛も生徒会に入ってるんだってこと。

ここの学園はとても変わってる。生徒会が絶対的権力を持っているっていう、すごい生徒会。

だから、一年生の時から入ってないと役職をもらえなかったりするらしい。


もちろん、入るの自体が難関なんだけどね。

会長の推薦とか、先生の推薦とか、そんなのが必要なんだって。

まぁ、あたしにはあんまり苦ではなかったけどね。

姉は、先生が次期生徒会長に推薦するっていう人だったから。その姉が、あたしを生徒会に誘ってくれたから。


「つかさも入れ!」


ほとんど無理矢理っていうか。なんていうか。

でも、拒否することは出来た。のに、しなかったのは衛がいたから。


衛が、「つかさも生徒会に入らない?」って誘ってくれたから。


みんなには照れくさくて、めぐみに無理矢理入れられたって言ってるけど。

ごめんね、めぐみ。


でも、実際は衛が入ってるから。あたしもずっと生徒会に入りたかった。

ホントはそんな理由では生徒会って入っちゃいけないだろうけど、不純な動機だけど。

それでも、あたしはかまわなかった。


もちろん、生徒会に入ったあたしを衛は笑って歓迎してくれた。

嬉しかった。ものすごく。衛の残りの高校生活を共用出来るんだって、嬉しかった。




でも、肝心なのはここから。


そんなあたしの気持ちには、衛は全く気付いていない。

衛は誰にでも優しい。八方美人っていうか、なんていうか。

とにかく、めぐみとあたしへの態度は全く変わらない。

そりゃぁ、クラスメイトとは少しぐらい差はあるけど、名前を呼び捨てで呼んでくれるとか。

下校が一緒だとか、ってすごい嬉しいけど。でも、あまり変わらないに等しい。


だから、困るのよね。


きっとあたしなんか、年下の可愛い幼なじみぐらいにしか見られてないのよね。

いつまでたったって、衛の妹。




ってわけで、妹じゃなくて女の子になったんだよって、

アピールするために女の子っぽいことするわけなんだけど。


そのひとつとして毎日お弁当を作ってるってわけ。

もちろん、昔から料理を作るのは好きだったし得意だったから、ってのもあるけどね。


だから、お弁当を作らなくなったら意味がないの。


毎日、美味しいお弁当を衛に食べてもらわないと意味がないの。




×-×-×-×-×




今日の生徒会の会議といえば、卒業生を送る会で持ちきりだった。

卒業生を送る会といえば、卒業生が良い時間を過ごせるようにみんなが頑張るわけだけど。

あたし達1年生は今回が初めての卒業生を送る会、なわけで。

ハッキリ言って、何をするのかは良く分かんない。


「飾り付けは決まりましたけど、食べ物はどうしましょうか?」

「そうだな。お菓子がいいか、主食がいいかって感じだな」

「お菓子だろ~」

「佐野くんは黙って」


不満げな顔をする佐野をよそに、話は勝手に進んでいく。

多数決をした結果、お菓子の方に多く手が上がった。


「じゃぁどんなお菓子にしましょうか。市販の物か特注の物か、それとも手作りの物か」

「あ、手作りだったらあたし作ってもいいよ」


書記が皆が喋ったことを記入している横で、話の流れを見ていた京子が顔を上げた。

普段全然まともな意見を出さないつかさが・・・、みたいな顔してる。失礼なヤツ。


「そうか、じゃぁつかさに頼もう」

「つかさのお菓子楽しみー!」

「茜が食べるんじゃないでしょ」

「え~」


あたしが茜を見れば、茜はとてつもないショックを受けた顔をしていた。

ちょっと可哀想に感じたが、別に意地悪で言ったわけじゃない。

卒業生を送る会なのに、あたしたちが食べまくってどうすんの、って話。


「どういうお菓子にするかは明日決めましょう」

「では、これにて今日の会議は終了とする」


最後に室町先輩の言葉によって、今日もまた会議は終わった。

いっせいにみんなで立ち上がって、一礼してから帰る準備をする。

今日もまた、そんな風になにも変わらない一日だった。


明日も、ってそう思ってたのに。




×-×-×-×-×




いつものように、朝早く起床した。

朝はそんなに早く起きれるタイプじゃないけど、目覚ましがあれば大丈夫。

それに、大好きな衛のためを考えれば、衛が美味しく食べてくれる所を想像すれば、そんなの苦じゃない。


今日は、衛の好きな炊き込みご飯。それから、めぐみの好きな具入り卵。

さっと湯通しした生野菜を添えて、自作のソースをそっとかける。すられたゴマが良い具合に見栄えがする。

カラカラになる前のジューシーな感じの、食べ頃サイズの唐揚げも入れる。

そして最後に沢山の野菜がぎっしり詰まった春巻きを、これまた食べ頃サイズに切って入れた。


「後はお菓子を入れて・・・と!」


お菓子は、昨日生徒会で話していた「卒業生を送る会」で出すお菓子の試作品。

まだ何にするかは決めてないものの、提案程度にちょっと作ってみた。

ホントは衛に食べてほしいんだけどね。だから、持ってってみようかな・・・て。


三つできたお弁当を箱を、それぞれ違う色のハンカチに包んで手提げ袋に入れた。

後はこれを昼休みに届けに行くだけだ。



「あ~~あと、5時間が待ち遠しい~!!」



大声で叫んでも気持ちはすっきりしない。

早く、衛に会いたい!



それから、時は素早く過ぎていった。っていっても、重要だけどあたしにとったら下らない授業を聞いてなかっただけだけど。

あたしの頭の中はいつにも増して衛しか浮かんでこなかった。

なんだか良い気分で、今日はもしかして良いことがあるかも!なんて思えた。

もしかして、衛との関係もついに発展するかも!?なんて・・・ね。


12時になってお昼休みに入った瞬間、席をたった。

先生より先に教室を出ていくあたしを、先生はぼけーっとした表情で見ているだけだった。

そんなあたしの背中に、「がんばれー」って棒読みの茜の声が聞こえた。



2年1組の教室を開けても、いつもの事だから誰もが珍しそうにこっちを見ることもなくなった。

お昼休みだから、ガヤガヤ五月蠅い。それだけ。

でも時々、生徒会だからってことで振り返る。私が2年生だからって振り返る人は、今やいない。


「めぐみ~!」

「あ、つかさ」


ホントはここで、「衛~!」って言いたい。てか、抱きつきたい。けど、できない。

あたしの中にある小さな小さな乙女心、分かってよね。


あたしの声に気付いて振り返ったのは、やはりいつもの3人だった。

少し気取ったような顔つきのめぐみが、「また」みたいな顔であたしを見た。

けど、衛が笑っていてくれるからそんなのどうでもいい。

その隣の佐野は、無視。



「お前もこりねぇなー・・・って足踏むなよ・・!」



佐野がまた余計なことを言わないように、足を思いっきり踏んでやった。

そして、すぐに気分を切り替える。


「はい、これお弁当ね」

「ああ」

「つかさ、いつもありがとうな」


そう言って、衛もめぐみもいつものように笑顔で受け取ってくれた。

その横で、佐野がなんだか不満げな表情をするのも、いつものことだ。


「今日はお菓子作ったの?」


包みを開けた衛が、早速中に入っていたお菓子の存在に気付いてくれた。


「そうなの!昨日言ってたお菓子!早速ちょっと作ってみたんだけど、どうかな?」

「そうなのか?じゃぁちょっと食べてみるか」


早速お菓子を口の中に放り込んだめぐみが、無表情になる。

続いて衛もお菓子を口の中に入れた。


「美味しいよ」

「いいんじゃないか?」




二人とも満足そうに笑ってくれて、ほっとした。

そんな二人をよそに、佐野が一人教室を出ていったのが視界のすみで確認できた。


不味いなんて言われたらどうしようかとドキドキしていた心臓が、

今度は衛に反応してドキドキする方に変わり、ただここにいるだけなのに落ち着かなくなる。

その時、


「ん?」


めぐみが少し不満げな声をあげた。


「どうしたの?」


あたしの作ったお弁当箱の蓋を開けて、じっと中を覗き込んでいためぐみに、問いかけた。

まさか、なんか変な物でも入っていたのだろうか。

すぐにでも衛がお弁当箱を開ける前にお弁当箱を回収したい気持ちになる。

しかし、問いかけにめぐみは答えない。

そこで、時すでに遅し。めぐみの反応に不思議を感じて衛もお弁当箱を開けてしまっていた。

もし変な物が入っていたとしたら、衛のには入ってませんように!なんて瞬時に思った。


「つかさ、今日はいつもより弁当のボリュームがないな」

「え、そう?」


お弁当箱を見たまま何も言わない衛と、やっと問いかけの答えを返してくれためぐみ。

二人の表情から分かるのは、先ほどめぐみが言ったことを両方とも感じているということだろうか。


思わず自分でも「あれ?」と思ってしまった。

たぶん、お菓子を作ったせいだ。昨日の夜徹夜して作ったせいで疲れたのだ。

朝も少し遅く起きてしまった。って言っても、5分ぐらい。

だから、お弁当の中身も朝いきなり考えたんだっけ。材料がいくつか足りなかったっけ。


「ごめ~ん!お菓子作るので頭がいっぱいいっぱいだったから・・・」

「そうか、ならいいが」

「そうだったんだ、大変だったね」


言い訳をすれば、すぐに分かってくれる。


「じゃ、あたし教室戻るから」


二人がお弁当を食べる前に教室に戻るのが、あたしの日課。

ホントは一緒にここでご一緒したいところだけど、今あたしが立っている場所は一応佐野の場所。

居場所までとっちゃったら、アイツも可哀想だから。ってのはまぁ、いい人ぶってるだけで。

一緒に食べると、恥ずかしい・・・から。

まぁ、時々生徒会室で食べる時はみんな一緒に食べてるけどね。大勢いると、違うのよ!雰囲気が!


ってことで、いっつもあたしは名残惜しいけど、格好良く帰るわけ。

ここで駄々こねて残るのもアレだしね。



「あっ、つかさ」



いつもなら、笑顔で手を振ってくれる衛が、あたしの背中を追いかけてきた。

驚き半分、喜び半分、でもそれを表情に出さずに振り返る。


「な、なに?」


ついに、きちゃった?あたしの魅力に気づいちゃった?

え、ちょっと待って心の準備が!


「明日なんだけど」

「う・・・うん?」


デートのお誘いとか?ちょっと・・・衛、意外に大胆すぎるんじゃない!?

ここはやっぱり、告白から・・・付き合ってから、手を繋いでからじゃないの?


「お弁当なんだけど」

「う、うん・・!」


なに、デートであたしのお弁当食べたいって!?あたしは外食かと思ってたんだけど。

普通女の子の手作りを食べるものなわけ!?え、分かんない。どうなわけ?

って、衛が望むならあたしは全然それでいい!てか、衛と食べれるならなんだって・・・!


「みんなで一緒に購買のお弁当買って食べようってことになったから、明日は作ってくれなくていいよ」


あたしの激しい妄想パラダイスは一瞬にして、パチンと消える。

どちらかと言えば、ガラガラって感じ。すべてが崩れた感じ。


「ごめんね、つかさ」


あたしが相当ショック受けた顔をしていたのか、衛が申し訳なさそうに言う。

思わず、こっちが申し訳ないような気がしてきた。衛に、毎日望んでないものを食べさせて。

きっとホントはこの歳になって手作り弁当なんて恥ずかしいんだろうな、とか。

男友達と一緒にワイワイお昼を食べたいんだろうな、なんて思った。


「ううん、いいよ。楽しんで来てね」

「うん」


衛の言葉を合図に、あたしは踵を返して教室を後にした。

購買部にお昼を買いに行った生徒達が、ゾクゾクと廊下にあふれ出ていた。

その中に佐野の姿を見つけて、あっちに見つかる前に自分の教室まで帰った。


ショックっていうか、なんていうか。

衛から直接、あたしのお弁当を食べたいって言葉は聞いたことないから。いや、美味しいとはいつも言ってくれるけど。

だから不安になるっていうか。迷惑なんじゃないか、とか。足手まといになってるんじゃないか、とか。

だから、こういうことがあると余計不安になる。

お弁当もこれっきりなんじゃないかって。今日で最後になるんじゃないかって。

衛が男子達と食べることを楽しく思ってしまったら、あたしのお弁当は邪魔になるだけでしょ。

だから、いつ最後が来るか・・・・いつも、不安。



「まりっじぶるーですか」


教室に戻ると、いつものように京子と茜が待っていて、椅子に座った瞬間茜がそんなことを言う。

送り出してくれた時と同じような棒読みで。


「は?」

「それは違います」


あたしが意味が分からず聞き返すと、瞬時に京子がつっこむ。その意味さえ分からない。


「あ、うえでぃんぐぶるー?」

「それは結婚直前の人をさすんですよ」

「そうなの?じゃぁ、えんげーじぶるー?」

「それも同じ意味です。合ってるのは情緒不安定だけですよ」

「じょうちょふあんてい?」

「意味を理解してから使って下さい。って言うかなんでそんな難しい言葉知ってるんですか」


もうとにかく、つっこむのもめんどくさい。




×-×-×-×-×




なんていうか。

一人暮らしだと、食べるものがどうでもよくなるって気持ち、初めて知ったかも。

栄養バランスが傾くとか、健康によくないとか。そんなのどうでもよくなる気持ち。

でも、めぐみのは作らなくちゃいけないんだけど。

なんていうか。

あたしってホント、衛のためだけにしかあんなに元気出ないんだなぁ。って感じ?



それでも、朝目覚ましかけ忘れなかったのは、ホントに早起きは得意じゃないから。

起きてしまったから、とりあえずお弁当は作るんだけど。



「で、気付いたら三つ作っちゃってさ~」

「えー!茜食べたかった~」

「茜は自分のお弁当あるでしょうが」

「つかさが言うの遅いからぁ~」


そう、量を減らしたつもりだったのに・・・なぜか、三つ作っちゃったんです。

だから今、めぐみの所にお弁当を届けるついでに佐野に持ってってあげようかな、って。

それを言ったら、茜が残念そうにしていた。

茜の目の前には、もうすでに購買部で買ってきたパンが5個ほど置いてあった。

よく、そんなに食べるよ。カロリー超高そうな物ばっかり。それにしては、骨のように細い。


そんな茜を上手くあやす京子にその場は任せて、さっさと教室を出た。



2年1組の教室に行く途中気づいたんだけど。

そういえば衛が一緒にご飯食べに行くってことは、佐野も一緒に行くのかな?

ってことは、佐野にはあげられないかも・・・。ったく、ホント役にたたない男。

そんなことをブツブツ独り言にして呟きながら3年1組の教室に入った。

しかし、そこには予想と反してめぐみと佐野が机を挟んで向かいっていた。

あたしが近づくとすぐに気付いて、めぐみが振り返った。


「はい、お弁当」

「あぁ、ありがとう」

「で、これは佐野のね」

「え、俺のもあんの?」

「感謝してよね」

「どうせ多く作りすぎたとかだろ」


そんな軽い会話を交わしてから、手を振り合って教室を出た。


いつもなら、ドキドキしながらもずっとこの教室に居たいと思えるのに。

衛がいない教室はなんだか、世界が違うみたい。ドキドキさえも恋しい。

全然楽しくない。ずっと居たいと思わない。会話がはずまない。

あたし、衛病じゃん。どうしてくれんのよ。

衛がいないと、楽しいとか感じなくなっちゃったのかも。



そんなことを思いながら教室を出てすぐの階段を上へ上へと上がった。

なんとなく屋上に行きたい気分だった。

案の定、自分のお弁当は持ってきたし。茜や京子には悪いけど、今日は一人で食べようかしら。

足早に上がった階段はなぜかすごく寒かった。そういえば、上着は教室だった。

この寒い季節に外でお弁当を食べようと思う人はいないだろう。

そう思っていたのに、寒いのは屋上に続く重い扉が完全に開いていたからだった。

先客がいるのだろうか?

そう思い、扉に近づいて外を覗く。


「っ・・・!」


そこで思わず見つけてしまったのは、今一番会いたい人だった。

誰か分からない、女子と一緒だった。二人は、向き合った状態で立ったまま話をしているようだった。

話し声はかろうじて聞こえるが、二人はまだあたしの存在に気付いていない。


もっと近くに寄ろうと、扉から少し身を乗り出してみた。


「これ、作ったんだけどどうかしら?」

「じゃぁ遠慮なく頂くね」

「二条院さんに食べてもらわなきゃ、作った意味ないんだけどね」

「そうだね」


そんなことを言いながら、二人は楽しそうに笑っている。イラっとする。何を作ったっていうのよ?

そう思っていると、相手の女の子が差し出したのはピンクのハート柄のハンカチに包まれた、お弁当箱だった。

はぁ・・・!?ちょ、ちょっとまってよ・・!

ただの告白じゃないの!?


衛は告白なんて日常茶飯事だから、あまりこういうのも気にしないようにしてるけど。

って、衛!なに、ちゃっかり受け取っちゃってるのよ!?

だってだってだって!!今日は男子と一緒にお昼食べるんじゃなかったの・・?

だってあれ、どうみたってお弁当じゃん・・・!


呆然としていると、そのハンカチをほどいて、お弁当をパカっと衛が開けた。

それから、素手で中に入っていた何かをつまみ出すと、口の中に放った。


「うん、美味しいよ」

「自信作なんだから。いつも二条院くんお昼どうしてるのよ?」

「んー・・・」


そこで口ごもった衛に、ピシって音が鳴ったような気がした。

ほら、漫画にはよくあるじゃない?画面が割れるように描かれる・・・アレよ。


要するに、あたしのお弁当を嘘で断ってまで、あの子のお弁当を食べたかったってこと・・・?


その時、あたしの手の中からお弁当が落ちた。

屋上の固いコンクリートに当たり、コツンだなんて可愛い音はならなかった。ガラガラって崩れるような。

その音に勢いよく、少し離れた場所で向き合っていた二人があたしを見た。

やっと、衛の瞳の中にあたしが映った。


「つかさ・・・?」


ほら、驚いてる。やっぱり、なんで?って顔してる。

そりゃそうよね、あたしに聞かせるつもりなんてなかったんだからね。

ホントは聞かせたくなかったんでしょ?嘘までついてさ。

いつだってそう、衛は、ズルイ。


自分がいい人でありたいとか、そんなことが大事なんじゃなくって。

いつだって相手が傷付かない方法を一番最初に優先してさ。


だから、最低、最低、最低、衛、最低。最悪。


その優しさがどれだけ相手を惨めにさせるかなんて、考えてもいないんだから。

そんなの優しさなんかじゃない。



驚いた顔したまま衛がゆっくりと近づいて来る。

それに合わせて、あたしはお弁当を急いで拾って立ち上がった。


「衛、なんで・・・?」


真っ直ぐに衛を見れば、衛も真っ直ぐに見返してくれた。

その視線さえ、今は嬉しくない。なんでそんな、視線をそらさずにいられるの?

ねぇなんで?ねぇ早く、言い訳してよ。


あたしがそんな鋭い視線を送れば、衛はある一定の距離を保ったまま足を止めた。


「ごめん、みんなで一緒にお昼食べるっていうのは嘘なんだ」

「だから、なんで嘘なんか!」

「つかさ、ごめん」

「なんで答えられないのよ!?」


衛はきっと悪いと思っていてくれる。でも、それがなんだっていうのだろう。

あたしが聞いているのはそんなことじゃない。ほしい答えはそんなんじゃない。

なんでそんな嘘ついたかって、聞いてるのに。

ねぇ、ホントにごめんって誤ってくれるなら、そんな嘘つかないでよ。


「そりゃあたしは衛に頼まれもしないで毎日お弁当作ってたけど!迷惑なら、面と向かって迷惑だって言ってよ!こんな嘘なんか付かないでさ!!」

「つかさ、それは違うよ」

「なにが違うのよ!あたし間違ってるの!?他の人のお弁当が食べたいって言えばいいじゃない!」

「あれはお弁当じゃないよ、試作品だよ。『卒業生を送る会』で出す予定のお菓子を料理研究部の人達に作ってもらってただけだよ」

「えっ・・・?」


喜ぶところ?そこ?あたし、ズレてるの?

衛はあたしをなだめたくてそう言ってるわけ?


これじゃ、あたしのプライドさえズタズタ。悲しい以上に、もっともっと惨めになる。


「結局そうなんじゃない」

「つかさ?」

「あたしの作ったお菓子がまずかったんでしょ?こんなの出せないって思ったんでしょ?」

「そうじゃないよ」

「じゃぁなんなの!結局、衛は答えられないんでしょ!?美味しいよ、とか言いながらホントは笑ってたんでしょあたしの事!どうせなら、今言われるぐらいなら、あの時あの場所でハッキリ言ってくれた方がよかった!!」


笑ってたんでしょ、なんて衛がそんな人じゃないこと知ってたのに。

衛のこと、嫌いになりたかった。嫌いって、言いたかった。思いたかった。

そんなところ、一つも見つからないのに。

目の前に立っていたのに、衛の顔が歪んで良く見えなかった。


「酷い!嫌い!」

「つかさ!」


踵を返して、開きっぱなしの屋上の扉の中に駆け込もうとした瞬間、衛があたしを呼んだ。

だから手に持っていたお弁当箱を、振り返り際に衛に思いっきり投げつけてやった。


「衛なんて大っ嫌い!!」



なんて、大好きだけどね。




×-×-×-×-×




目覚めた時、授業ギリギリの時間だった。

起こしに来たのは、やっぱり姉妹。めぐみだった。

もうこの時間だと、朝ご飯食べるだけでも一時間目には間に合わない。

だから、急いで着替えて部屋を出た。めぐみと一緒に。


昨日は、屋上を飛び出してから教室に戻らず寮まで走って帰ってきた。

京子とか茜とか心配して電話してくれたりしたけど、全部出なかった。

唯一部屋に入れたのは、めぐみだった。一応姉だから。一応、心配しててくれたみたい。

京子達が預かっててくれた私の鞄も、持ってきてくれてた。



「つかさ、大丈夫~?」

「風邪ですか、それとも失恋ですか」

「京子、直球過ぎ」

「え、そうなの!?」


一時間目にギリギリで顔を出せば、京子と茜が心配してくれた。

失恋っていうのかな、これって。お弁当が失恋?分かんない。てか、考えたくない。

どうせ今日はお弁当作ってこなかったし、衛のところ行くわけでもないし。


「つかさ、カワイソー」

「なんで棒読みなのよ。しかもなんでちょっと嬉しそうなのよ」

「え、だって男子って気持ち悪いじゃん」

「そういう風に思っている茜が、私は気持ち悪いですよ」

「なんで~~」


そんな下らない会話をしていたら、いつの間にか先生が入ってきて授業が始まった。

やっぱり、上の空で、先生が何を話しているのか理解できなかった。

特に当てられるなんてこともなくて、ぼーっとしてる時間だった。

上の空って、特に何かを考えているわけでもないんだけどね。


女の子は恋をすると、成長するっていうけど。

色んなことをやる気力がわいてくるんだろうけど。

例えば、前の私みたいに。好きな人と同じ高校行くために勉強するとか、好きな人のために一生懸命料理作るとか。

でも、逆に失恋しちゃうと、こんな風になっちゃうんだ。なんて、ぼんやりと思ってた。



あたしの席は窓側のよくお日様が当たる席。よく、授業中は眠くなる席。

お昼前の時間、この授業が終わればお昼休みって時間。

ふと、窓越しに外を見れば、広いグラウンドで沢山の生徒があっちこっちで走り回ってる。多分、2年生グループだ。

ぼーっとしていると、グラウンドの端の方でストレッチをしているめぐみを見つけた。

そのストレッチの動きがなんともぎこちなくて、いつもなら笑えるところだ。が、今は笑えない。


それからぐるっと見渡していると、佐野が居た。なんか視線が合った気がした。

ヤバイと思っても遅かった。その横の衛を見つけてしまって、バッチリと視線が合ってしまった。

あっちがずっとそらさないから、あたしから思い切ってそらした。




×-×-×-×-×




「なにしてんだ、アイツ」


いきなり視線を外したつかさに、佐野は「はー?」と声をあげた。

いつもなら授業中でも大げさに手を振ってくる勢いなのに。今日はどうやら元気がないようで、シャイなようだ。

視線を外した後、大げさなほど佐野達に見えないように隠れてしまった。


「愛しの衛がいるっつーのに」


ケラケラ、と軽々しく佐野は言ってから、うっと口をおさえた。

きっと衛はつかさの気持ちには気付いていない。

そのことは言わないように、とつかさとの約束だったのだが。

恐る恐る振り返った佐野は、衛をちら見する。



「愛しとか、そんなんじゃないよ」


すると、衛までテンションが低いようだった。

つかさの居る教室を見上げるような角度のまま、寂しげに笑っていた。


「なに、お前マリッジブルー?」

「佐野、それは違うと思うよ」

「あ?じゃぁウエディングブルーか!」

「いやそれ女性限定の言い方だから」

「よし!じゃぁエンゲージブルーで決まりだ!」

「佐野、僕はまだ結婚しないよ」

「あ?」


佐野は意味分からん、みたいなアホ面をしていた。


その時、授業の終わりを告げるホイッスルの音が鳴り、生徒達が先生の前に集まり出す。

しょうがなく、衛も佐野も先生の側まで軽く走って近づいた。


「あ、俺急がねぇと焼きそばパンなくなるんだよなぁ」

「佐野っていつも購買部行くけど、健康状態とか大丈夫なの?」

「って・・・お前まで。つかさと衛揃って、同じこと言うなよ。夫婦か、お前らは!」


いつもはハハハと笑ってくれる衛のはずが、おどけた口調の佐野の言葉に沈黙してしまった。

考え込むように少し目線を下に下ろして、小さくため息をついた。


「あんだよ、やっぱりマリッジブルー?」


そんな衛に気付いて、またツッコミを入れてもらって気分を盛り上げようとした佐野だったが、

再びそのネタについて衛がツッコミを入れることはなかった。

なんとも寂しい冬の風が佐野の横を素通りしていき、佐野はすぐさま気をつけの姿勢をとった。


そのまま沈黙が続くなか、授業の終わりが告げられ、皆が一斉に体育館に戻った。

男子用の更衣室は着替えをする生徒達で溢れ返り、佐野と衛もそんな生徒達に揉まれながら着替えをすませた。

まだ雪どけが終わっていないグラウンドでは、とけた雪が水となり土をドロドロにしてしまうのだ。

周りを見渡すと、生徒皆のジャージが泥色であった。ちゃんと体育をサボっていない証拠ではあるのだが。


佐野は着替えが終わるとすぐに財布だけ持って、更衣室を飛び出した。

ドロドロのジャージは、とりあえず更衣室の棚の上に放置して。


「僕も行くよ」


佐野が振り返れば、そう言って後ろを衛が着いてきた。


「は、お前なに。弁当があるのに、つかさに失礼だろーが」

「今日はつかさ、来ないよ」

「は?」


スタスタと何事もなかったように歩いていく衛に対して、佐野は一瞬その場で足を止めてしまった。

そんな衛の後ろ姿を目で追った後、今度は足で追った。


「お前らなんかあった?」


普通の人ならそんな直球では聞かないものの、聞いたのは佐野であった。

気遣いなどできる男ではなかった。


しかし、衛は笑うだけで何も言わなかった。

衛はいつもそうだ。言いたくないことがあれば、誤魔化したりしない。ただ、言わないのだ。

しかし佐野はその無言を、「分からない」ととった。


「そーいや、つかさなんか今日様子変だったもんなぁ」


衛に見えないように隠れるだなんて、相当怒っているのか、会いたくも見たくもないのか。

意外と重傷なのかも。と佐野は心の中で思った。


「昨日なんか、俺の所に弁当届けに来たりとか、ぜってーつかさらしくねーことしてたし」

「届けに来た?」

「ん?あ、いや乾会長のついでだけどよ。俺にもって、すごくね?」

「ふーん、佐野にね。食べたの?」

「そりゃ、まぁ購買部に行く手間も省けるしよ」

「どうだった?」

「どうだったって?美味かったけど?お前いつもあんなの食ってたのか~」

「・・・」

「つか、いつも衛~衛~って五月蠅いほど来てたのに、来ないとかお前相当怒らせたんじゃねぇの?」


衛、衛~の所だけつかさのマネしたのか、気持ち悪い声を出す佐野にも衛はノーコメントだった。

沈黙して考え込む衛を、佐野は横目で見た。


「お前、思い当たるなら電話でもして謝れよ~。あの調子じゃ、ぜってー会ってくれねーだろ」


執念深いよなぁ、と佐野は無神経に呟く。

しかし、それにも衛は無反応であった。歩きながらもその視線の先はずっと地面であった。


「やっぱしお前マルッジブリーじゃねぇ?」

「マリッジブルーね」

「あ?」


やはり佐野は相変わらずアホ面であった。


そこでしばらく、佐野と衛の会話は途切れた。

なぜかというと、購買部が見える場所まで来て、生徒達が増えて来たからである。

もうすでに購買のおばちゃんが忙しく動き回っているようであった。

溢れ返っている生徒達は一年から三年までさまざまだった。

そんな大勢の中から、佐野は知っている顔を三つ探し当てた。佐野達とは違う色の、ネクタイをしている。


「あ、つかさ」




×-×-×-×-×




あたしはいつもと違う道を、いつもは通らないような時間に歩いていた。

隣を歩く茜はとても楽しそうで、その隣を歩く京子は何やらぶつぶつ文句を言っていた。

いつもならあたしと一緒で購買には行かない京子だが、

今日はなぜかお弁当を買い忘れたらしく、一緒に購買部までお買い物だ。


あたしはというと・・・まぁ、ショックのせいで朝寝坊のせいで作れなかったってわけ。

普通なら絶対にありえないんだけどね。

風邪ひいて熱出した時でさえ、衛のお弁当だけは作ったもん。


でも今は作る気にならないっていうか、なにもやる気が起こらない。脱力してる。

いつもなんか脱力系?っていうか、力の抜けてるような気のする茜とはまた違った感じのね。



抜けていくようなため息を吐いた時、肩当たりに何かがぶつかった。

はっとして後ろを振り返れば、購買部ですでに何かを購入したであろう男子達が廊下を走って去っていった。

多分、先ほど肩にぶつかった衝撃は男子達の肩だろう。すれ違いぎわにぶつかったのだ。

ぼーっとしていて気付かなかったが、顔を上げればもう購買部前であった。


「なんかもー豆パンしか残ってなさそ~」


いつも来ていないため、お昼時の購買部のすごさにあたしは初めてお目にかかった。

人がありのようにたかっている。我先にって感じ。バーゲンに来たおばちゃん達みたい。

そんな人達を見ながら、あたし達は随分のほほんとしてる。戦線離脱って感じ。

そんな楽天的なこと思いながら、気持ちは全然楽天的じゃないけどね。谷の隙間にかろうじて引っかかってるって感じ。


でも、もうすぐ頼みの命綱も切れそう。



「あ、つかさ」


その時だ。あたしの名前が、知ってる声で呼ばれたのは。

ぼーっとしてた視界が一気にハッキリとしていく。驚くほど。

勢い良く振り返れば、あたしを呼んだ本人ではない人と目が合った。


衛。


口に出したかったけど、言わなかった。なぜか、急に悲しくなった。


だからあたしは、右向け右をして逃げた。全速力で。

購買目掛けて群がる人々を力一杯押しのけて。かき分けて、逃げた。



「つかさ!」


なんで逃げてるのか分かんなかったけど。

でも多分、おそらくは。

衛に会って、もう一度話しちゃったら、ホントに頼みの命綱はぷちっといっちゃうきがして。

この状況もたえられないんだけど、終わっちゃったら、ホントにもっとたえられない。


衛が、なんで追っかけて来るのかも分かんなかった。


いっつも余裕かましてる衛が必死になって追いかけてくれて、嬉しい。

なんて、場違いなことを考えてみる。けど、あたしは立ち止まらなかった。

だって、今は衛に会いたくなかった。すごく、会いたくなかった。


会ったら、衛はすごくすごくすごくすごく優しい人だから。

きっと「ごめん」って言うに決まってる。違うの、そんな言葉は欲しくないの。

でもきっと、あたしはすごくすごくすごくすごく衛が好きだから、許しちゃうでしょ。

だから、嫌なの。こんな雰囲気は嫌なのに、ずっと衛と話せないのは嫌なのに、今はなぜか怒っていたかった。



漫画では良くある、逃げるヒロインを追うヒーローの図。

男子と女子のリーチの差でいつだってヒロインはいつもすぐ掴まっちゃう。

けど、現実はそんなものじゃない。人をよけながら走るのは、男子だって大変。

それに、あたしはそんじゃそこらの女子とは違う。体育の評価は一応5なんだから。

ちなみに茜は、トリプル5って感じ。表しきれないから一応5なんだけどね。


それでもやっぱり現実的にも男子と女子の走る速さは違って。

相当速い女子じゃないと男子には叶わない。自慢じゃないけど、あたしはそんなに速いわけじゃない。

相当上手く逃げないと、きっといつかは掴まる。

結局最後は体力勝負だけど。



「つかさ!」


角を思いっきり曲がって、階段を昇ろうとした瞬間、また後ろから衛のあたしを呼ぶ声が聞こえた。

相当走ったろうに、あたしも相当肺がヒーヒー言っているというのに、衛の声は廊下いっぱいに響く。

昼休みの時間では人の出入りが激しい廊下では、あたし達を振り返る人が沢山いた。

そんな衛の声に、バカなあたしの体は一瞬反応してしまう。


バカ!ちゃんと動けこのバカ足!

一瞬スピードを緩めてしまった足に愚痴をもらす。

そんなことしている暇などないと分かっていながらも、勢いで足を思いっきり叩いてしまった。

いたーい!!心の中で叫びながら、ヒリヒリする手をパタパタと仰ぐ。

その瞬間、誰かに思いっきり腕を掴まれた。


「ちょっと!離して!」

「話聞いてよ!」


あたしを掴んだのは、衛の手だった。

だから、瞬時にその手をふりほどこうと思いっきり手足をバタつかせて暴れたら、体が思いっきりぐらついた。


「ちょっちょちょっ!!」


ここは上に上がるための不安定な階段の途中。

声にならない単語を並べたまま、あたしと衛は地面へと落下した。

鈍い音と共に、地面に叩きつけられた痛みが体をかけめぐって、すぐに立ち上がれなかった。

目を思いっきりつむって、ぎゅっと痛みをこらえる。声も出てこなかった。


「いてててて・・・」


衛の声だ。一瞬にしてあたしは忘れていた衛の存在を思い出し、目を開いた。

目の前では、微妙にあたしの下敷きになっている衛が痛みに顔がひきつっていた。


「衛!大丈夫・・・・・いったあ~・・・!」


素早く衛の上から飛び退こうと急に動いたせいで、体中がビキビキと音をたてた。

若いのに・・・と、少々へこんだ。なんて言っている場合ではない。

頭を打たなかっただけラッキーだ。上を見上げれば、階段の中心あたりから、下まで一気に転がり落ちたことが分かる。


あたしが上半身を起こしても、起き上がる様子のない衛に、内心ひやひやする。

急に恐くなった。どっか打ったんじゃない?とか、自分のせいなんじゃない?とか。


「衛?ねぇ、衛!」


あたしが衛の肩に手をあてた瞬間、衛に反応があった。

あたしの手首を、衛の手がゆっくりと握った。

それから、ひきつり笑いを浮かべながら、あたしを見て言った。



「やっと捕まえた」



「衛・・・・今、そんなことどうでもいいでしょ!」



衛が死んじゃうんじゃないか、って一瞬でも思って涙が出そうになったのが、馬鹿みたいじゃんか。



「心配したんだから!大丈夫だったら、大丈夫って言ってよ!死んじゃうかと思ったじゃん!も~~~・・・!」

「ごめんごめん。ちょっと驚かそうかと思って」



そう言って、起き上がった衛は本当に大丈夫そうだった。

顔色も悪くないし、ひきつり笑いもしなくなった。


あたしは・・・・まだちょっと腰が痛かったりするんだけど。


「つかさが話聞いてくれないから」

「だって・・・!」



だって・・・。


さっきまでなかった気まずさが、今再び思い出したように戻ってきた。

でもなぜか、衛の顔を真っ直ぐに見ていられる。


「ごめん」


予想していた言葉に、つかさは言う台詞がなかった。


「あれは、そういう意味じゃないんだ」

「え?」

「だから・・・ほんとに、つかさのお弁当が迷惑とかじゃなくて。卒業生を送る会の出し物として検討しようと思って頼んだだけなんだ」


分かってほしいって、衛の瞳からにじみでてる。

ずっと一緒に暮らしてきてれば、それぐらい分かるって。

なんか、怒っていた自分が馬鹿みたい。

衛が、あたしのお弁当を美味しく食べて、でも出来れば必要としてくれてれば、ホントはそれだけでよかったのに。

いつの間にか、厚かましくなってた。自分の料理のプライドを傷付けられたとか・・・。そんな風に。


でもホントは、大変だけど、お菓子とかそういうのも衛に作ってあげたかったんだけどなぁ。



「ごめん、つかさ」

「ううん、いいんだ。あたしこそ、ごめんね」



しばらく答えないでいたあたしを見て、再度衛は口を開いた。

でもあたしはもう、大丈夫。笑いながら立ち上がる。

衛はそんなあたしを、本当にすまなそうな顔で見上げていた。

ホントにもう、大丈夫なんだってば。だから、そんな顔をしないで欲しい。

感情的になって逃げた自分が、衛をこんな危ない目に合わせた自分が、今となっては恥ずかしいだけ。


「みんな心配してるだろうし、行かなきゃ」


居ても立ってもいられなくて、元来た道を引き返そうとした。


「つかさ」


衛に呼び止められた。

思わず足が止まった。


「卒業生のお菓子なんだけど。やっぱり、つかさに頼んでもいいかな?」

「え・・・・なんで?だって、私のお菓子が不味くてあの子に頼んだんでしょ」


そんな、今更あっちが不味かったから・・・なんて。

いや、不味いはずない。あっちは料理研究部の部長なのに。


「違う。不味くなんてないよ」

「じゃぁなんで?」


やっぱり、あっちの子のが不味すぎたの?あんまりじゃない?

真相が知りたくて、振り返って衛を見た。しかし、案の定衛は少し俯き気味に言葉を選んでいた。

躊躇している、と言ってもおかしくないだろう。言い出しにくいことなのだろうか?

それとも、本当はあたしに気を使っているだけで、今言い訳を考えてるの?


って、衛はそんな嫌味じゃないし!

あたしは頭を思いっきり左右に振った。






「つかさが、忙しくなると思って」

「あたしが?」

「卒業生全員のお菓子を一人で作るなんて、すごく大変だろうし」

「そりゃそうだけど・・・」



衛はあたしのことを考えていてくれた?

気を使っていてくれていた?


あたしのためを思って・・・なのに、あたし・・・。



「それで忙しくなったら・・・・・・・・・・僕のお弁当作ってくれないかと思って」



「え?」




真相は、そう。意外にも驚くべきこと。

もっと違うことを言うのかと思っていたのに、私の予想を遙かに超える事を言ってくれた。


だってそんなこと、そんな嬉しいこと、衛が、言い難そうに言うから。

「ごめん」ってはにかみながら言うから、あたしの心臓はキュンキュンのオンパレードだった。




「昨日、佐野にお弁当作ってあげたんだって?」

「佐野?佐野でしょ!それ喋ってたの!アレは作り過ぎちゃっただけ」

「ふ~ん。でも、あげたんでしょ」

「・・・・・・うん」



むっとしたいのはこっちなのに、そのあと衛がちょっとむっつりしてしまったのは言うまでもなく。

「どうしたの?」ってあたしが声をかけても、答えてくれなかった。

ただひとつだけ感想をくれた。「昨日のお弁当、美味しかったよ」って。

あたしが投げつけた、あたし用のお弁当。きっと、中身はぐちゃぐちゃだったろうに、ホント・・・・最悪。




×-×-×-×-×




「はーい、お待たせ!」



そう言って、2年1組に飛び込んできたのは、乾 つかさ。

今日もまた、愛しの 二条院 衛 にお弁当を届けに来たのだろう。

周りの生徒達もまた、一切気にしない。


「今日はねー、野菜中心のお弁当にしてみたんだ!」

「ありがとう、つかさ」


二人はにこにこしながら、いつも以上に何か会話している様子。


とまぁ、今日はちょっと雰囲気が違った。

なにせ、いつもなら衛の側にいるはずのめぐみと佐野がいないからだ。

二人はというと、少し離れた席でお昼をとりながら、衛とつかさを見守っていた。



「今日も一段と仲がいいな」

「アイツら、母親と息子っていうよりは・・・・・・夫婦みてー」


佐野はのほほんと、そんなことを思った。

しばらく隣のめぐみが、怪訝そうな顔で見ていたのは無視して。


「そういえば、乾会長。なんすか、この焦げ臭い匂いは」

「ああ、私も家庭科評価をあげようと思ってな。今日は自分で弁当を作ってみたんだ」

「へぇ・・・」


佐野は思った。これが・・・・・と。

めぐみが空けたお弁当箱は、世にも恐ろしいものが詰まっていた。

黒くて・・・・・・説明できない。感触はおそらく、ジャリジャリしている。



「ひとつ食べてみないか?」

「え、俺!?」

「他人の意見が欲しい」

「うわ、マジかあぁ~~~~」



その後、佐野がどうなったか・・・・・誰も知らない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ