1.狙われた生徒会!学園でサスペンス(佐野×めぐみ)
早朝、生徒会専用下駄箱前。
「うわっ!」
隣で下駄箱の戸を開けたつかさが、驚きで地面に尻餅をついた。
その後、ミニョンミニョンとバネに付いたピエロの顔が下駄箱から飛び出してきて、
なんともその幼稚なやり口に心臓がむかむかした。
ここ、ハニカミ学園は有名な名門高校だ。まぁ、少々名前はふざけているが。
成績、ビジュアル以外の何かしら特技をひとつ持っている者なら入学許可が出る、という高校だ。
そして、この学園が他の高校と違うと、最も言われているのが生徒会であった。
成績優秀、特別な特技、前の学校での良い実歴、などが重要視され、
生徒会長の許可もしくは推薦、生徒達の支持、先生達の推薦が無ければ入る事は出来ない。
生徒会役員には、他の寮生達とは違う場所に専用寮があり、食事テーブルも違い、下駄箱までも違う。
他の生徒とは違う扱いを受ける生徒会は、この学園では神のような存在であり、先生達以上の権限持っていとも言われている。
そして、私の名前は乾めぐみ。
ハニカミ学園生徒会会長だ。
「なんたることだ!」
生徒会部室で、テーブルを叩く音と共に誰もが私を見た。
怒りで勢いよく椅子から飛び上がってテーブル叩いてしまい、今更手がヒリヒリした。
「まぁまぁ、そう怒るなって」
生徒会部室の扉から真っ直ぐにあるこの会長専用の席より、少し離れた場所にある長いテーブル。
そこには生徒会メンバーがずらっと並んで座っている。
のだが、二つある副会長の椅子の片方だけがからっぽであった。
「この事態を怒らずにいられるのは、佐野くんだけだ!」
「そうかねぇ」
私の横に折り畳みの椅子を置いて、そこから適当な返答をするこの男こそがもう一人の副会長であった。
名前を、佐野冬馬。ちゃらっとした見た目に、ちゃらっとした中身。
というのは、どういう意味かと言うと。とにかく成績が悪い。どのようにしてこの学園に入学したのか、未だ分からないひとつであった。
発言もいつも、マイペースというか自分中心的な考えで、どちらかというとだらしがない男である。
そして、今どき風に染めた茶髪。悪く言ってルーズで、よく言って自分流にいつも制服を着崩している。
しかし今どきの学生達のように細すぎず、太すぎず。スポーツは得意で、肌も白すぎず、どちらかというと黒い。
対して私は、というと。
元々の直毛と黒髪をそのままに、胸下辺りまで伸ばした髪を真っ直ぐに切り揃えている。
妹のつかさとは異なった、細くてきつい目をしている、とよく鏡に言われる。
ちなみに、生まれてこのかた怪我など意外では、自ら自分の体を傷付けることはしたことがない。というのが・・・自慢である。
一応、成績の評価は家庭科以外オール5をとっている。先生はいつも、私にだけ調子が良いというわけだ。
とまぁ、全く異なる私達だが。
こんな男でも生徒からの人気は高く、一度は生徒会長を決める選挙でその座を争った相手だった。
しかし、今はそんなこと今はどうでもいい。
目の前のテーブル上いっぱいに広がる数十枚の写真を睨み付けた。
「収まるどころか酷くなっているじゃないか!」
「昨日はあからさまに後を付けられましたけど、まさか写真を撮られてたとは気付きませんでした」
テーブルに座る議長の横で、副議長の京子ちゃんが冷静な態度で口を開く。
「その写真を生徒会部室まで届けるなんて、犯人は一体なにがしたいんだろう」
「単なる嫌がらせには思えないけど」
「内部犯でしょうか?」
「でもこの写真、下駄箱の中に入ってたんだよね?」
「え、なにあたし狙われちゃってる感じ?」
「でも撮られてるのって、宇佐見さんだよね」
「やだなー、怖いなー」
座る役員達は次々に言葉を発した。
役員達の視線はテーブルの上にある写真に釘付けだ。
ちなみにそれは、今朝つかさを脅かしたピエロの顔に張り付いていた封筒に入っていたものだった。
「犯人は生徒会に恨みでも持っているんでしょうか?」
ボード前に突っ立っていた書記の木野下くんも、心配そうにぼそっと呟く。
「それに関して調べてみたが」
先ほどまでずっと無言で座っていた議長の室町くんと、京子ちゃんが立ち上がる。
手には何やら黒いファイルを持っている。
「校内の生徒に聞き込みをした結果、どの生徒も生徒会について良い印象しか持ってない」
「アンケートも取りましたが、同じような結果でした。白紙提出0%、提出率100%です」
「内部犯ではないと、考えていいだろう」
「それに、この写真を見た感じですと、学校外が多いですし学校内であっても、この場所なら外からでも撮れます」
二人が話し終わると、皆がまたもやう~んと悩む声を上げる。
実は、今生徒会は何やら物騒な事件に巻き込まれている。
簡単に言ってしまうと、得体の知れない誰かから嫌がらせを受けているのだ。
最初はただの嫌がらせかと思っていたのだが、最近ではもうただの嫌がらせではない。
下駄箱にビックリ箱が入っていたり、虫が入っていたり、生徒会宛に変な手紙が来たり。
机に落書きがしてあったり、机の中に変な言葉の書いたノートが入っていたり、など。
しかし最近では、学校外に出た時誰かに後をつけられたり、知らないアドレスから携帯に電話やメールが来たり。
そして今回は、後をつけられた上に盗撮ときた。
それをわざわざ送って来るあたりが、普通のストーカーらしかった。
気持ち悪さと怒りで心臓がぐるぐるした。
「それで、元この学校に在籍していた生徒で生徒会に恨みを持つような人物を探してみたが。一人居た」
「名前は三浦たける。男子。三年ほど前に、生徒会との暴力事件に巻き込まれ、退学になったようです」
「その人の写真とかある?」
「一応カラーコピーしましたけど、三年前の写真なので参考になるかどうか分かりません」
京子がファイルから取り出した小さな紙を、テーブルを囲むように座る役員達にくばる。
最初に回って来たその写真を手に取った。ぱさぱさした髪に、少しつり上がった目に縁の黒い眼鏡。
「じゃぁ、三浦たけるを犯人候補として徹底的に調べよう」
「犯人候補って、まだ早いんじゃねーの?」
一瞬むっとしたものの、あえて佐野くんの意見は無視した。
私が室町くんの目を見ながら頷くと、彼はぴしっと背を正す。
「今日の会議はこれにて終了とする」
皆が席から立ち上がり、一礼する。そして、今日の生徒会も終わった。
のに、隣には帰らない男が約一名。
皆が部屋から出ていく中、最後まで出ていかない私と、私が出て行くまで出ていかない男。
「佐野くんは帰らないのか?」
「帰るっつっても、寮は一緒だろーが」
ホントにわけの分からない男だ。
生徒会の会長について、約数週間。長い時間をこの男と共用するようになって、約数週間。
まともな意見も言わなければ、いつもめんどくさそうにしている。
そんな奴が、最後まで自分を待っているだなんて、本当につかみ所のない男だった。
ましてや生徒会長に自ら立候補するだなんて、何を考えているのだろうか。
ふとそんな疑問が浮かんだ時。
「なぁ、乾会長はさ何で会長になりたかったんだよ?」
小さな沈黙を破ったのは、佐野くんだった。
しかも、私の問いかけたかった言葉をそっくりそのまま私に返して来た。
「世のため生徒のため学校のため。生徒に快適なスクールライフを送ってもらうためだ」
「ふーん」
微かににんまりとしながら、佐野くんは数回相づちを打った。
何が知りたいのかは分からなかったが、何となくそのままの雰囲気で問い返した。
「じゃぁ、どうして佐野くんは生徒会長に立候補したの?」
先ほどの彼の言葉を、少し変えた質問。
「んー、なんとなくじゃねぇ?」
「なんとなく!?」
「うん」
彼は悪気もなく、頷く。それは、とても嘘を付いているようには見えなかった。
だから私は、特に文句を言うわけでもなく、その話はそこで終えた。
また沈黙が流れて、ふいに過去の記憶が蘇った。
そうだ、彼に聞きたいことはこんなことじゃなかったはず。
「ねぇ」
「あ?」
「どうして、私に入れてくれたんだ?」
一瞬の間ののち、佐野くんは口を開いた。
「なんとなく」
どこか考えるように言った言葉は、生徒会部室の扉をノックする音でかき消された。
その後、静かに扉から姿を現したのは、生徒会を担当する堂本先生だった。
彼は、まだ残っている私と佐野くんの姿を確認すると、驚いてから優しく微笑んだ。
「遅くなる前に早く帰るように」
「わーってるって」
堂本先生の言葉に、そそくさと立ち上がった佐野くんが鞄と手に部屋を出ていってしまった。
本当に、つかみ所のない男だ。
何を考えているか、分からない。
しかし、私はどんな返事を期待していたのだろう。
あの、生徒会長を決める選挙での彼が入れてくれた一票を。
そう、たしかあれは・・・
×-×-×-×-×
先生達から期待をされながら、私が生徒会に入ったのは高校生活が始まって間もなく。
一年生の秋には議長という役職をもらって、二年生になった。
そして、二年生の秋に三年生が引退することから役職を決める選挙があった。
その時だ。佐野くんが、急に生徒会に入ってきたのは。
私は先生に後押しされ、悩むこともなく会長に立候補した。
先生も押してくれた。生徒達も私を押してくれた。
そんなとき、佐野くんも会長に立候補した。理由は、知らない。
私が会長に立候補したのは、まぁ、生徒に快適なスクールライフを送ってもらうためにだ。
私は負ける気はしなかったけど、実際蓋を開けてみたら私と佐野くんは同票でトップだった。
女子にも男子にも特に男子に支持される佐野くんと、先生達に支持される私。
誰もがどっちにするか悩んだけど、私も悩んだ。
スピーチも人間関係も成績も私を並ぶ人が出てくるなんて、思ってなかったから。
生徒会長になれないだなんて考えたこともなかった。
実際、佐野くんはスピーチも成績も良くなかったけど。人付き合いだけは、私より何倍も上手かったのかもしれない。
決めかねる中、佐野くんが場の雰囲気を考えずに手を上げた。
「俺も一応生徒なんだから、一票入れていいっすよね?」
誰もが驚きで静まりかえる中、彼を取り巻く男子達が口々に騒ぐ。
自分に入れるとか無しだぞー、と。
そして、馬鹿みたいに大口を開けて笑う。しかし彼―――佐野くんだけは違った。
私の目をじっと見て、にんまりと笑ったのだ。
瞳にかかる茶髪の間から見える、その瞳はキラキラと、悪巧みをする子供のように輝いていた。
思わず身構えていた私は、その笑顔に不覚にも彼のことを可愛いと思ってしまった。
その時、彼は大きな声で宣言したのだ。
「俺、乾に入れる」
「「「「え?」」」」
何重にもなって周りから同じ言葉が発せられる。
私も同じことを言いたかったのだが、驚きで声が出なかった。
彼の周りの男子達が騒ぎ、先生達から安堵の息が漏れる。
「その代わり、俺副会長になるから」
彼は事をさっさと展開させたくてたまらないらしく、皆がまだ動揺するなか次の話題を持ち出してきた。
もうすっかりその気になっていた彼に、先生達は分かった分かった、と連発していた。
私が何か言おうとして口を開いた瞬間、佐野くんが振り返ってまた私をじっと見た。
それから、その骨張った男の子の手を私に向かって差し出した。
「んじゃ。よろしく、乾会長」
手は出したものの、握れないでいた私の手を握ったその手は、とてもたくましかった。
×-×-×-×-×
早速、次の朝事件は起きた。正確に言うと、その前の夜に。
「あーもー!気持ち悪かった!」
「つかさ、大丈夫~?」
生徒会部室の椅子に座り、身を縮こめた状態で体の震えを懸命に抑えているつかさ。
そんなつかさの側に座り、こちらも懸命に彼女の背中をさすっている茜。
生徒会部室の扉側に座るつかさ達に対して、私の座る席に近い方側の椅子に座る二条院くんは、
つかさの様子をちらりと心配そうに見てから、私を見た。
「めぐちゃん、どうするの?」
「犯人が定まっていないから、どうしようもないな」
はぁ、とため息を吐いて頭をかかえる。
「昨晩、三浦たけるの自宅に行ってみたが。近所の人に聞いた所、もう引っ越したらしい」
「彼が犯人なら、この町にいるはずですが・・・まだ手がかりがありません」
「まぁ、つかさには悪いけど、たえるしかねーだろ」
議長と副議長が少し残念そうに話をした。
その真剣な場面に、へらっとした佐野の言葉が突き刺さる。
その瞬間、俯いていた顔をつかさが勢い良く上げた。
「佐野には分かんないのよ!あたしのこの気持ち悪くて死にそうな気持ちなんか!」
思いっきり叫んだ瞬間、つかさはまた身震いした。
「あの時の、ショックで怖くてしょうがなかったあたしの気持ちなんか!」
思わず、その場が静まり返る。佐野さえも黙り込む。
「もー!ちょーキモかったんだから!怖くてムカついたから体引っ掻いてやったわよ!」
つかさは見た目とは違い、なんだかんだで元気そうだった。
自分の妹が事件に巻き込まれると、やはり姉として心配なものだが、つかさの様子に、少しだけほっとした。
その言葉に、急に周りがガヤガヤし出した。
佐野くんがさすが、と呟く。
「要するにまとめるとこうですね。つかさは昨日の夜コンビニに買い物に行ったところ、帰り道で犯人に突然抱きつかれた。気持ち悪さと激しい嫌悪により相手を容赦なく打ちのめした、と」
「そうよ!」
会議進行役の議長の横に座る副議長の京子が、冷静に淡々とつかさの話をまとめた。
すると、つかさは嬉しそうにうんうんと頷く。
「その時、犯人の顔は見なかったのか?」
「見れるわけないでしょ!」
「特徴などは?」
「もう、逃げるのに無我夢中だったし」
はぁー、といっせいにため息らしき音が部屋中に満ちた。
やっと掴めそうになった犯人情報が一気になんでもない物となったのだから、当然だろう。
自分こそそんな状況に遭遇したことはないが、私の妹としたことが、それぐらいのことで動転するなんて。
はぁ、とため息をついた所で京子ちゃんが思いついたように、顔を上げた。
「そういえば、つかさ犯人の体引っ掻いたっていいましたよね?」
「あぁ、うん。引っ掻いて、思いっきりかじってやったわよ」
思わず、皆の頭をあることが通りすぎていく。
「そうか!」
「傷跡だ」
私は顎あたりに手を当てて、考えた。
要するに、傷跡が証拠となる。その人が本当に犯人であるかどうか、を証明してくれる物になる。
もし、その傷が残っていればだが。
視線を感じて隣を見れば、佐野くんが、は?という顔でこっちを見ていた。
思わずまたその馬鹿顔も可愛く思えて、すぐさま視線をそらした。
「つかさ、犯人のどこらへんをかじったか分かりますか?」
「んー結構もみ合ってたから、多分手首辺りだと思うけど。帰って来た時口に血が付いてたから、多分軽く怪我してると思うけど?」
お前ドラキュラ?と、隣で佐野くんが呟くのが聞こえた。
「これで証拠が出来た。犯人は恐らく手首に切り傷があるはずだ」
室町くんが口を閉じた時。
いきなり生徒会の扉が開いた。皆が振り返る中、入って来たのは書記の木野下くんと高橋くんだった。
そういえば、今日の書記席がカラッポであったことに、今更気付く。
犯人逮捕にばかり頭がいっていて、そっちにまで目がまわっていなかった。
「先ほど聞き取り調査していたところ、ある人が三浦たけるを見たと言ってました!」
生徒会室がいっせいにざわめく。
「金髪のパサパサした髪に、つり上がった目、縁の黒い眼鏡の男が、昨晩この学校周辺をうろうろしているところを、数人の女性が見たという情報がありました」
「それは、どこで?」
「学校前のT磁路の所です」
「それって、つかさが抱きつかれた場所じゃないですか?」
「決定ね」
京子ちゃんが静かに頷いて、茜は変わらずポカンとした表情だった。
「もう犯人としてほぼ確実だ!全力で三浦たけるを捕まえる!」
「じゃぁ今晩にでも、こちらから仕掛けてみましょうか?」
「そうだな」
心底ほっとした。
この事件はどうも気味が悪い。
こんな簡単な嫌がらせなのに、犯人が未だ分からない。
そして、こんなことをして何をどうしたいのかが一番分からないところだ。
私としても、本当にその三浦たけるが犯人かどうかは分からない。確信なんてものはない。
ただ、早くこんな事件は終わらせてしまいたかった。
私が生徒会長になった時、こんな事件を起こすわけにはいかない。被害を出すわけにはいかない。
この学園創立以来初の女生徒会長だから、だなんて私のプライドが許すはずがない。
だから、早く終わらせて楽になりたかったのに。
「今夜犯人の待ち伏せをする。囮はそう・・・茜ちゃんがいい。私はもちろんとして、室町くんと二条院くんと木野下くんと佐野く―――」
「俺はパスしとくわ」
遠くの方で、茜の嘆きの声が聞こえた気がしたが、誰も聞いていない。
皆が佐野くんの方を見ている。もちろん、私も。
さっきまで隣で座っていた佐野くんは、すでに自分の荷物をしまった鞄を背中にかついで立っていた。
「んじゃ」
そう言って、軽く背中越しに手を振って生徒会部室を出ていこうとする。
「佐野くん、待ちなさい」
皆が呆然とする中、佐野くんを引き止めたのは私だった。
一瞬彼の足の動きが止まって、私はためらうことなく口を開いた。
「今夜手伝ってくれるよな?」
一瞬間があったのち、佐野が少し振り返った。
「俺はそいつを犯人だとは思わねぇよ」
佐野が去っていた扉が再び閉まった時、小さく二条院くんが彼の名前を呟いた。
思わず頭を抱えた。
どうしたらいいか、分からない。
そんな会長を支えるのが副会長の役目じゃないの?
なのに、彼は私を悩ませるだけで解決法を一切教えようとはしない。
本当に分からない男だ。何日一緒にいようが、この先もきっと理解できっこない。
彼が何を言い、何がしたいのか全く見えなかった。
×-×-×-×-×
その夜、私達はつかさが昨日の夜に通ったという一本の道に来ていた。
家々が建っていて、隠れて茜ちゃんの様子を見るのにはもってこいの場所だった。
まだほんの少し、佐野くんに言われたことが胸の中に残っているけど、そんなことは関係ない。
現在地はT磁路の角だった。
曲がった角の所を真っ直ぐに、現在茜ちゃんが歩き始めたところだった。
茜ちゃんが最後に言った言葉と言えば、「もし茜が死んじゃったら、お墓参りに来てね」だった。
優しい二条院くんと木野下くんは笑って、うん、と頷いてたけど。
「どうだ?怪しい人影は?」
「今のところ、特にないな」
「さっきから、数台車が通ってるってぐらいしか人気はないね」
「本当に犯人は現れるんでしょうか?」
木野下くんが少し心配そうな顔で私を見る。
「大丈夫だ、この人数ならそう簡単には手は出してこれない」
「まぁ、手を出してくれないと今回は困るんだけどね」
張りつめた雰囲気を、隣で二条院くんがやんわりとしてくれる。
また一台、車が通りすぎていった。
丁度、茜ちゃんの背中が少しずつ小さくなり初めていたところだった。
私を含めてほとんどがそっちに気を集中していた。どこからでも犯人が来てもいいように。
また一台車が来たのか、ピカピカとライトで暗闇が照らされる。
その時、T磁路の角に居た私達の向かい側の角にいた木野下くんが、
片手に持つカメラを落としそうになりながら、こっちに手を伸ばしているのが見えた。
「危ない!!」
確かにそう、木野下くんの声が道路中に聞こえた。
振り返った瞬間、車のライトが私達を包み込むようにすぐ側にあった。
「めぐちゃん!」
誰かに強く突き飛ばされて、向こう側の歩道まで吹き飛ばされた。
思いっきり背中を打って、私をかばうように覆い被さっているのが二条院くんであることが分かった。
全身の痛みにうめき声を上げたかったが、目をぎゅっとつぶってこらえた。
「大丈夫?」
「二条院くんこそ」
二条院くんが軽く立ち上がって、心配そうに私を見た。
こっちこそ、かばってくれた二条院くんのことが心配だったのに。
とりあえず彼が無事なことにほっとしていた私は、車のキィというブレーキの音に現実へと引き戻された。
反射的に二条院くんが立ち上がって、私もつられて立ち上がった。
一瞬だけ車のライトを真っ向から浴びて目がくらみ、車の番号も車の中身も見ることは出来なかった。
そして次の瞬間、ものすごい勢いで車はその場を走り去っていった。
さっき車がT磁路にあった街灯にぶつかったせいで、電灯が消えたり付いたりを繰り返していた。
そのせいで、周りがあまり見えず去っていく車の番号も満足見ることが出来なかった。が、今完全に街灯が消えた。
「みんな大丈夫か?」
暗闇で何も見えないため、声をかけたが、返って来たのは茜ちゃんの声だった。
「だいじょうぶじゃないよ~!」
いつの間に帰って来たやら、激突の音を聞いた時に急いで飛んできたのだろう。
なぜか、心臓がバクバクと五月蠅くておさまらなかった。
「会長、無事ですか!?」
「私は無事だ」
暗闇の中から駆け寄って来たのは、木野下くんだった。
これで、二人の無事は確認出来たけど、残るは茜ちゃんと室町くん。
「茜ちゃん、どこだ?」
「ここだよ~!」
「今暗くて見えない、だから―――」
その瞬間、運良く街灯の灯りが再びついた。
そして、目に飛び込んで来たのは塀に寄りかかって目をつぶる室町と、その側に座りこんでいる茜ちゃんだった。
思わず、目の前が白黒した。
・・・・・死んじゃった?
「室町さん!」
「室町くん!」
驚きで駆け寄った木野下くんと二条院くんが、室町くんの肩に手を置く。
「死んじゃダメですよ!」
そのまま肩に置いた手に力をこめ、ぐらぐらと彼を揺らした。
その横で座っている茜ちゃんが、目に涙が収まり切らず格好悪くだらだらと涙を流していた。
茜ちゃんがわんわんと叫き、木野下くんが彼の体を揺すった。二条院くんはそんな二人をなだめていた。
私だけは、その場を動けずに自分の口をただ覆っていた。
吐き気がした。
「勝手に殺すな」
その時、微かに彼の唇が動いた。
しかし、聞こえたのははっきりとした彼の声だった。
次の瞬間、閉じていたまぶたが開き、その瞳の色があらわになった。
彼は力なげに笑った。
皆喜んだ。茜ちゃんも、二条院くんも、木野下くんも。
でも、私は喜べなかった。
だって、もう少しで彼は、死んでた。
もうこれは、ただの嫌がらせなんかじゃない。
ただそれが頭の中身がぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。
私が生徒会長になった時に、どうしてこんなことに・・・・・
「とりあえず彼を寮に運ぼう」
そう言った二条院くんの声さえ、遠くに聞こえた。
そして、自分の肩を押して誘導してくれる茜ちゃんの腕さえも。
×-×-×-×-×
寮の室町くんの部屋。
生徒会の寮は、一人一部屋ずつの個室だ。
ベットの上に座る室町くんに対して、部屋の中には生徒会の皆が顔を揃えていた。
「打撲とかすり傷ですんでよかったです」
室町くんの傷口を消毒しながら、京子は冷静な顔を微かに綻ばせた。
「しかし、犯人に裏をかかれましたね」
「ホント!車で突っ込んで来るなんて!間違ったら、人が死んでたっての!」
ソファーの上に二条院くんと並んで座っていたつかさが文句を言う。
自分のこともあり、表情からして相当怒っているのは誰でも分かった。
隣に座っていた二条院くんが、なだめるようにそっと笑う。
「殺す気だったんじゃねーの?」
言葉を発したのは佐野だったが、誰も佐野を振り返りはしなかった。
ひんやりとした言葉が心の中にたまって、その意味が理解出来るからこそ、誰も驚かなかった。
「でもまぁ、いいじゃないですか。無事だったんだし!」
冷えきった場の空気を何とか盛り上げようと、木野下くんが作り笑いをする。
すると、周りも何となく少しずつ喋り出す。
茜ちゃんはずっと「怖かった」、とだけを連発していた。
そんな時、私は部屋のすみの方でぼーっとしていた。
佐野くんはなぜかそんな私の横に座った。
手の震えが止まらなくて、全身の震えを抑えることができなかった。
「なんで私の時に・・・・こんなことに・・・」
思ったことがぽろっと口からこぼれ落ちてしまった。
が、言葉は文字のように消すことなんて出来ない。
すぐに佐野くんが私を見た。
「会長が女だからだろ」
「え?」
「女は男より弱い」
そんなハッキリ言われて、ショックだった。
なんとなく気付いてはいたけど。だからこそ、ショックだった。
単なる自分の勘違いではなくて、他の人も同じことを感じていたということだ。
一瞬頭が真っ白になって、ぐちゃぐちゃに切り刻まれたみたいな感じだ。
「会長っていうのは、役員すべての責任をとらされる。女が生徒会長ってことは、完璧な生徒会に、隙が出来るってことだ」
何も言えなかった。
私はなにをやっているんだろう。
そうだ。もし、あの場で襲われたのが私ではなくて男の生徒会長なら、
犯人の顔や車の番号ぐらい見ていたかもしれない。
二条院くんに守られるなんてヘマはしないだろう。きっと、逆に守っていたはず。
「生徒会に恨み持った誰かに、女が生徒会長になった今を狙われたんだろ」
そう、佐野くんの言うとおり。
そもそも、男が生徒会長なら誰もこんな事件は起こさないのかもしれない。
肩に重みを感じて、まぶたが重くなった。
気持ちがどっと落ち込んでから、今度は怒りが込み上がってきた。
会長になった出だしから何もかも上手く行かないせいか、佐野くんの言葉のせいか。
そんなことを最初から予想していたのなら、どうして・・・・と佐野くんに怒りを覚えた。
「だったらどうして、私を生徒会長にしたんだ」
むっつりして立ち上がった。
佐野くんがこっちを向いたのを何となく気配で知ったが、私は振り返らなかった。
佐野くんの声が聞こえた気がしたが、足早に自室へと向かった。
今は誰の顔も見たくなかった。
×-×-×-×-×
次の日は朝会があった。
体育館に生徒達がどっと押し寄せて、校長の声を聞いていた。
そのなか、生徒会は外を見回りしていた。
「危ないから出来るだけ二人で行動するようにして下さい」
「女子は男子と行動するように」
副議長と議長の声でいっせいにあっちこっちで声があがる。
茜ちゃんは嘆きの声をあげ、つかさはにんまりとしていた。
「ということで、私達は一緒に見回りします」
京子ちゃんは室町くんの横に立ち、冷静沈着な表情を崩さなかった。
自動的に、会長と副会長とは一緒にいるものと思われているようで、私達には話は振られない。
が、昨日のせいで私を佐野くんの間には見えない壁が存在しているようだった。
自身が意識しているわけではないが、お互い何となくそのことに気付いていた。
私と佐野くんの間には、ピリピリとした雰囲気しかなかった。
「私はこっち行くから」
だから、私が佐野くんと違う方向を歩き出しても、佐野くんは何も言わなかった。
一度振り返っただけだった。
女というだけでダメなのなら、頑張っても頑張っても溝は埋まらない。
昨日の夜、考えて考えて出した考えだった。
それを知りながら、佐野くんはどうして私を生徒会長にしたのだろう。
失敗を経験すればいいだなんて、思ったのだろうか。あんまりだ。
歩いて歩いて、歩き回った。何もなく、誰もいない校舎裏。
不審者の影すらない。まぁ、あったらあったで大変なことなのだが。
その時ふと、人影が建物の陰から表れた。思わず身を固めたところで、その人が姿を現す。
「見回りご苦労様。大変だね、生徒会は」
「堂本先生・・・」
何となく軽く頭を縦に振ると、急に堂本先生が近づいてきた。
外に何しにきたやら、ジャージ姿の堂本先生は女の子に騒がれるだけあって格好良かった。
私の好みではないが。
「どうしたの?元気がないみたいだけど?」
「いえ、なんでもないです」
「顔色が悪いようだけど。保健室に行った方がいいんじゃないかな?」
「いいえ。まだ見回り最中なんで」
「大丈夫か―――」
その時、少し離れた場所から悲鳴が聞こえた。
普通の女の子らしい悲鳴ではなく、本当に恐ろしいものに会った時の切羽詰まった悲鳴だった。
「あの声は・・・茜ちゃん!」
「行こう」
私が動く前に、あっさりと堂本先生が声の方へと走っていってしまった。
その後を追うようにして走っていくと、丁度正面に茜ちゃんが見えた。
ぺたんと地面に膝をついて、泣きわめいている。
「どう―――」
思わず言葉を千切るようにして口を閉じた。
だが、呆然として今度は自然と口が開いてしまった。
地面の芝生の上に血が数滴飛び散っていた。
同じく服にも血が何滴か飛び散っていて、頭から血が地面へと真っ直ぐに流れ落ちていた。
「佐野くん・・・」
開いた口に手を当てる暇もなかった。
「どうしたんだ!?」
悲鳴を聞きつけて走ってきたのか、走って表れたのは室町くんと京子ちゃんだった。
どちらともなく、地面に俯せて倒れている佐野くんの姿に声を失っていた。
そしてすぐに表れたつかさと二条院くんもまた、同じような状況に陥っていた。
いち早く駆けつけた堂本先生が、冷静に佐野くんに近づいて彼の無事の確認をしていた。
「栗原くん、この辺に不審者らしき人を見なかったかい?」
「そっ・・・そーいえば、あっちに木陰からこっちを見てる人が居たよーな・・・」
「どんな人だった?」
「たしか・・・ぱさぱさした髪に、少しつり上がった目に縁の黒い眼鏡のー・・」
「犯人だろうね」
堂本先生の言葉に、茜ちゃんは一瞬小さな悲鳴らしき声をあげた。
堂本先生の問いに答えた茜ちゃんの言葉は、あの写真の人物をピッタリ一致していた。
今度こそ、ちゃんとした証拠を見つけた。
「追うぞ」
「分かった」
「じゃっじゃぁ、あたしも!木野下も来て!」
「はっ、はい!」
言葉を数回交わし合うと、一気に四人は犯人が居たであろう木陰に突っ走って行ってしまった。
その木陰はというと、少し木が折り重なっている場所で、実際には校門へと繋がっている。
ハニカミ学園の敷居は高いから、門からではないとまず出入りは難しい。
四人の後ろ姿が消えたのを見送った後、私は佐野くんに視線を戻した。
「堂本先生、どうしたら・・・」
しゃがんで、佐野くんの様子を伺う。
佐野くんを発見した時、心臓が止まるかと思った。
でも、佐野くんに近づいた今はもっと心臓がドキドキいっている。
ハラハラした。もしかしたら、死んじゃったんじゃないだろうか。
妙に気持ちが落ち着かなくて、心臓が痛かった。
それは、室町くんが死にかけた時とは違うものだった。
「脈はあるから大丈夫。とにかく、保健室に運ぼう。手伝ってくれるね?」
「私も手伝います」
「あ、茜も!」
「俺らも手伝いますよ」
いつに間にかやってきた高橋くん達も、佐野くんを運ぶのを手伝ってくれた。
全員の間に緊張した雰囲気があって、誰もの視線を佐野くんが釘付けにしていた。
テキパキと佐野くんの処置をする堂本先生のわきで、私はただ呆然としていただけ。
平常心でいられるわけがなかった。
佐野くんの頬が真っ白で、ぐったりしている。
気絶しているから当たり前だけど、こんな佐野くんは見たことなかった。
案の定、保健室には保険医の加藤先生が居てくれた。
「後ろから固い物で殴られたみたいね。脳震盪だから命に別状ないわ。数時間したら起きると思うから付き添っててあげるといいわ」
頭部に包帯を巻いてベットの上に眠っている佐野くん。
私の向かい側には、ほっと肩の荷を降ろした高橋くんと茜ちゃんと京子ちゃん。
「きっと、犯人は剣道をやってる人だね」
佐野くんの傷口を見ながら、堂本先生がそっと呟いた。
なんでこんなことになったのか、分からなかった。
危ないことくらい分かっていたのに。
私がちゃんと側にいてあげれば、きっとこんなことにはならなかったはず。
皆がほっと一息をついていても、全く心は安まらなかった。
佐野くんをこんな風にする相手なのだから、一筋縄ではいかないだろう。
そういえば、室町くん達が犯人を追いかけて行ったんだったか。
犯人はもう捕まったのだろうか。それとも逃げてしまったのだろうか。
どっちにしても、掴まって欲しいと思う気持ちの方が断然強かった。
しかし、少し引っかかったことがあり、落ち着くためベット脇の椅子に座った。
その時丁度、堂本先生が携帯を手に廊下へと出ていった。
なぜ犯人は佐野くんを狙ったんだろう?
生徒会の誰でも良かったのなら、女の私の方がずっと狙いやすいのに。
室町くんが怪我した時、あれは私達全員のところに突っ込んで来たのであって、室町くんを狙ったわけではない。
だからこそ、どうして佐野くんなんだろうか?佐野くんは、何か知ってしまったのだろうか。
犯人には知ってほしくないことを。
だが、捕まってしまったのならそれは何の意味もないはず。
う~んと唸っていると、扉が開いて堂本先生が戻ってきた。
「乾さん、ちょっといいかな」
「どうかしましたか?」
「ちょっと見せたい物があるんだけど、ついて来てくれるかな?」
「堂本先生、今はまだ犯人逃走中ですから、ここに居た方がいいと思います」
堂本先生の言葉に切り返したのは京子ちゃんだった。
京子ちゃんの言っていることは正しい。
もしかして室町くん達が犯人を取り逃がして、まだその辺をうろうろしてるかもしれない。
それに、今は佐野くんの側にいてあげたかった。
「本当は佐野くんに黙っててほしいと言われたんだけど」
「え?」
「きっと彼は、犯人の何かを知っちゃって、襲われたんだろうなと思って。犯人の証拠になるかと思ったんだけど」
「行きます」
むっとして、瞬時に席を立ち上がってしまった。
佐野くんが一人で調査していたってことを隠していたことが、一番頭にきた。
「乾会長、でも―――」
「大丈夫だ、堂本先生が着いてきてくれる」
「あぁ、もちろんだよ」
言葉を遮られた京子ちゃんは、納得のいかない表情で私を見ていた。
でも、しょうがない。
頭にきたのもあって、衝動的だったから、その先のことなんて考えてなかったんだから。
「じゃぁ、皆は危ないから保健室を出ないように」
堂本先生は注意をしてから、私の後に続いて保健室を後にした。
×-×-×-×-×
その頃、室町達は、犯人追跡中だった。
四人で絶息疾走すれば、一気に学校の門あたりまで辿り着いてしまった。
「あっ、アイツ!」
学校の門をくぐり、四方八方を見れば、一人背中を丸くして早歩きしている男がいた。
それを一番最初に見つけたつかさが思いっきり指さす。
その瞬間、その声が聞こえたのだろうか驚いて振り返った男は、
ぱさぱさした金髪の髪に、つり上がった目に縁の黒い眼鏡をしていた。
「あー!!逃げた!」
血相の違う四人を見て、その男はビクつきながら走り出してしまった。
しかし、なんとも足の遅いこと。
背の高い室町がすぐさまその男を追い越して、道をふさぐ。
ビックリして急ブレーキをかけた男は、そのままスリップして思いっきり尻餅をついた。
その後を走って来た三人で思いっきりその男の上に覆い被さって、捕まえる。
「観念しやがれ、クソヤロー!」
「ひぃぃぃー!!」
大きな悲鳴を上げた男の目から、眼鏡が小さくずり落ちる。
男の上に乗っかったままで、頬を一発叩いたつかさは、男を脅す。
「つかさ、ちょっと待って」
さらにもう一発叩こうとしたつかさは、二条院によって制止させられる。
すかさず襟首を掴んで、室町はその男を壁際に叩きつけた。というか、押さえつけた。
カメラを持っていた木野下が、その男の顔を写真におさめる。
男はというと、驚きとショックでビクビクしながら叫ぶだけで、抵抗という抵抗はしなかった。
「すいません、すいません、すいません!だから、暴力はやめて下さいぃぃー!」
「何がすいませんなんだ、お前」
「そんなものですまないことだって、あるんですよ!自分だって暴力したくせに!」
「ひぃぃぃ!」
室町と木野下にすごまれて、男はさらにビビってしまっていた。
二条院はそんな男の手を掴んだ。
「つかさ、この辺?」
「こっちかな?」
そう言って、二条院がつかさに指さされた場所のシャツをめくる。
右手の手首だ。
「あれ?」
しかしそこには、跡形一つない。
血が出ていたのであれば、それらしき傷が残っているはず。
しかし、もっとシャツをめくったところで、それらしき傷は一切出てこない。
「あれ、あれっ?おっかしいなー」
もうその右手の手首だけではなく、左手や首もと、足までめくってみたが傷はひとつもなかった。
思わず困惑する二条院とつかさ。それを見ていた室町と木野下も、同じ表情をする。
「ちょっとアンタ、ホントに三浦たけるなの!?」
今度はつかさが男の襟首を掴んでぐらぐら揺らす。
頭を揺らされて気持ち悪そうにした男は、みるみるうちに酔ったように顔色が変わっていく。
「そそそそ、そうですけど・・」
「アンタ、運転免許持ってる!?」
「ももも、持ってませんけど・・・」
「もー!役たたず!」
「ひぃぃぃぃ・・」
思わず目を見開いたつかさは、襟首を掴んでいた手を一瞬で離してしまった。
男は困惑しながら、へなへなと地面へと座りこんでしまった。
つかさの後ろでは、同じく驚いている二条院。
そして、一瞬でピンときた室町が呟いた。
「やばいな」
×-×-×-×-×
堂本先生の隣で、廊下を真っ直ぐに歩いていた。
それは、現在朝会が行われている体育館とは逆の方向。
誰も居ない、寮の方向。
この学園は広い。
そして、寮と学校が繋がっているという。
長い長い通路があり、そこを通っていくと直接寮に行けるという構造である。
「こっちまで来て、何があるんですか?」
「実はね、寮のすぐそばにある倉庫に資料を見つけてね」
「倉庫って・・・あの今は使われていない所ですか?」
「そう。あそこに、犯人を特定出来るであろう資料があったんだよね。でも、持ち出し出来ないんだ」
「特定出来るって、もう犯人は三浦たけるって決まってるんですよ」
「そうだね」
今更、先生は何を言っているのだろうか?
隣で笑う堂本先生は、何だか少し変だった。
「あ、ここだよ」
保健室を出て、しばらくした場所。
堂本先生は、鍵もなにもない普通のドアを開けた。
そこは、私も来たことのない普通の壁として扱われていたドアだった。
開けると、全く人の出入りされた気配のない空気がただよってきた。
埃が風にのって空気中に舞い上がって、口から吸い込んでしまいと咳が出る。
どうぞ、と先生に言われるがままに中に入ると、中には確かに沢山の資料があった。
間隔を少しずつ開けて立っている本棚にはぎっしりと本や紙がつまっていた。
だが、どれも埃まみれでとても犯人を捕まえるための証拠になるようには思えない。
「先生、それでその資料というのは?」
「ああ、これだよ」
堂本先生は、ゆっくりと透明な手袋を両手にはめると、ゆっくりと棚から何かを引っぱり出した。
それは、握りやすいぐらいの太さで使いやすいぐらいの長さの、竹刀だった。
この埃まみれの部屋には珍しく、その竹刀だけは磨かれたように綺麗であった。
ただし、その先端にはまだ固まりきっていない赤い血がこびりついていたが。
「先生、それは・・・!」
「ね、犯人の証拠になるでしょう?もしかして指紋が付いているかもしれない」
一瞬ゾクっとした。その、竹刀を持っている堂本先生の姿があまりにもさまになっているから。
それに、佐野くんが襲われたのはついさっきだというのに。
そんなすぐに犯人の使った凶器を見つけてしまえるのだろうか。
「先生、それはここにあったんですか?」
「ああ、そうだとも」
堂本先生は笑うが、私は苦笑いすることしかできなかった。
それに、犯人が三浦たけるであれば、こんなところに凶器を置けるハズがない。
なにせ、彼はつかさ達が追いかけて行ったのだ。
学校に戻って、ここにこの凶器を置いていく時間などないのだから。
「素晴らしい証拠になるだろう?」
「ええ、はい・・・ありがとうございます」
そう言うと、嬉しそうに笑う堂本先生の笑みが、どう見ても普通には見えない。
背筋にぞっとした寒気がよぎって、足がガクガク震えそうになる。
堂本先生のは丁度、開いているドアの前に立っている。
私は、何気なくそのドアを通り抜けようとして、堂本先生の横を通り抜けようとした。
が、さっと私の前に差し出された堂本先生の腕が道を閉鎖する。
「どこに行くのかな?」
「先生が下さった証拠を、みんなにも教えようと思いまして」
背中が震えないように、強く言ったつもりだったが、相手は微笑むだけだ。
「ダメだよ、それは。僕は、君にだけ教えたんだよ。乾会長」
そこでやっと背の高い堂本先生と見上げると、その瞳はいつもの優しさなど少しもなかった。
「か弱い、女の生徒会長さん」
そう言われ、頭にカッと血が上った。
佐野くんも、堂本先生も、みんなして私を弱いと言う。
その言葉はもう、聞き飽きた。
女だから何だという。男と何が違う、っていうの。
「やめて下さい、その呼び方。どいて下さい」
そう言って、強引に自分の道を邪魔する相手の腕をどけようとした。
腕を掴んで、相手の方へ戻すように引っ張ったつもりがビクともしない。
少し力を入れたところが何も変わらず、イライラした気持ちにまかせてもう一度力を入れた。
すると、腕ではなく堂本先生のジャージの袖をめくってしまった。
そして、目に飛び込んで来たのは人の歯形。
血が固まっていて、こびりつきしっかりとした形のまま残っていた。
え・・・・・?
思わず手の力が抜けて呆然としていると、堂本先生はそっとジャージの袖を元に戻す。
「ダメだよ、そんなことしちゃ」
そしてそっと、私に笑った。
×-×-×-×-×
「・・・あー・・・」
どのくらい時間がたったのだろう。
「あっ!京子!佐野がぁ~~」
茜が泣きそうな甲高い声を出して京子の名前を呼ぶ。
保健室のテーブルでノートパソコンをいじっていた京子は何事かと飛んでくる。
「目さめましたか?」
うっすらと半目を開けている佐野に、京子はほっとしたような笑みを見せる。
まだ寝ぼけ眼な佐野は、ゆっくりとした口調で口を開く。
「あー・・・と、宇佐見?」
「はい?」
「乾は?」
「乾会長ですか?今、出掛けてますけど」
「一人で?」
「いえ、堂本先生と一緒ですから、心配はいらないですよ。それより、佐野副会長は頭の方が―――」
思わずそこで、京子は言葉を切らずにはいられなかった。
さきほどまでずっと寝ぼけ眼でベットに横たわっていた佐野が、いきなり飛び起きたのだ。
先ほどと違い、目がきりっとしていて、瞬間移動するように飛び起き、保健室を飛び出して行ってしまった。
「副会長!!」
小島と沖田の嘆きの声も無視して、佐野は走っていってしまった。
「すぐに追って下さい。また何かあったら大変ですから」
「分かった!」
そう言って、部屋を飛び出して行ったのは春日だった。
今、保健室には保険医の加藤先生がいないのだ。
だからたとえ保健室といえど、茜と京子だけを残して行くわけにはいかず、小島と沖田は残った。
「もぉぉ~~~佐野は何やってるの~~!」
佐野が去った保健室には、ベット脇に座っていた茜の嘆きの声が響き渡る。
加藤先生には絶対安静と言われていたのに。
しかし、以外にも冷静としている京子はまたノートパソコンに向かっていた。
「も~~京子はこんな時にもパソコンなのぉ~?」
「ちょっと茜、黙って下さい」
真剣にパソコンで何かを読み続ける京子の額には、次第に深いシワが刻まれていく。
佐野が出ていってから数分分ほど。
京子の顔は貧血のように真っ青になって、皆にも息を飲む音が聞こえたぐらいだ。
「これは・・・・・・・!」
×-×-×-×-×
ガツンッ
寮のすぐ側にある使われていない倉庫のドアは、半開き状態だった。
そこからは廊下が見えて、すぐ逃げ出せそうなのに、今は遠く感じる距離だった。
目の前の男、堂本先生はにやついた表情をしていた。
その手は真っ直ぐに私の首まで伸びていて、今まさに私の首を絞めていた。
「・・せんっ・・・せい」
「ん?なんだい?」
上手く声が出なかった。
叫び声をあげたいのに、声が枯れたうえに首を絞められてたらまともな声は出ない。
そのうえ、恐怖からか足がガクガク言って、完全に座りこんでしまっていた。
その私の首にかけられている手に、自分の手をかけたところで何の意味もなかった。
「君達が悪いんだよ?良い子にしてないから」
ずっと首を絞められているせいで、酸素不足から段々と頭が痛くなってくる。
脳に酸素がいかないせいか、視界もぼやけてしまう。
「これは、僕を退学処分にした生徒会への復習だ。君個人じゃない。女の生徒会長は弱い。だからこそ、生徒会が絶対的権力をもつこの学園では歴代女会長などいないのさ。だからこそ、僕は今を狙った。女が会長になった今をね。恨むなら、生徒会長になった自分を恨め」
堂本先生はそこで言葉を区切る。
「僕を退学処分にした生徒会長はそれはそれは嫌なヤツだった。丁度、僕はそのころの副会長と付き合っていたのさ。だが、ヤツはその子が好きだった。だから、会長の権限で僕に別れるよう言ってきた。僕はもちろん断ったさ。それが頭にきたのか、ヤツは僕が「生徒会長の彼女を誘惑しようとするヤツ」なんていう噂をでっち上げたさ。僕は否定したが、いつの間にか彼女はヤツの方に流れてた。それで、ヤツに正々堂々の決闘を申し込んださ。勝ったのは僕だった。それなのに!ヤツは、僕が自分へ暴力を振るったと言い、会長権限で僕を退学にした」
話し終えたところで、やっと堂本先生は私の首から手を離した。
頭がもうろうとするなか、一気に体全体に空気が入ってきて、逆にむせかえった。
地面に倒れ込むようにして、地面に手をついて俯く。
何度か咳をすれば、「おやおや」などと言い堂本先生が同情のこもった顔をしてくれる。
どうして、私は気付かなかったのだろう。
堂本先生が佐野くんの所に近づいた時、「犯人だろうね」って確信したこと。
どうしてあんなにも簡単に確信出来るのか。
それに、私達は一回も、この事件について堂本先生に話したことなどなかったのに。
それから、佐野くんを保健室に運んだ時だって。
たしか・・・・「きっと、犯人は剣道をやってる人だね」なんて言ってた。
あの傷を見て、すぐにそう判断するなんて。同じ剣道をやってる人じゃないと分からないはず。
どうして・・・私は一人で出歩いてしまったんだろう。
あの竹刀だって、きっと堂本先生が佐野くんを襲った後にここに持って来たものなんだ。
「君にこの僕の気持ちが分かるかな?」
私に合わせてしゃがむ堂本先生から、私はさっと視線をそらした。
その瞬間、思いっきり堂本先生の手のひらが私に向かって飛んできて、思いっきり目をつぶった。
バチン
そんな、大きな音が鳴り響き、息が止まるかと思うぐらいの衝撃を頬に感じた。
女の子が女の子の頬を叩く、そんな可愛いものではない。
男の人の強い手で大きな手のひらで叩かれれば、顎が砕けるかと思ってしまうほど痛かった。
ジンジンする頬に手も添えられなくて、私は叩かれたまま俯いた。
すると、堂本先生の手が顎下に添えられて、私の視線を無理矢理上げさせた。
「人と話す時は、しっかりと人の目を見るものじゃないのかな?学校でも親にもそう、ちゃんと教えられなかった?」
堂本先生は怪しく笑った。その額には、もうすでに影がかかっていた。
「子供は自分の感情だけですべてを振り回す。だから、子供に権力なんて与えちゃダメなんだよ。子供はいつだって大人の保護下に居なきゃダメなんだよ。分かるかい?」
得意げにふふ、と笑って私の顎から手を外す。
「じゃぁ・・・・先生は、なにがしたいんだ・・・!?」
「この下らない生徒会の権力をなくすことかな。みんな、大人の言うことを聞いていればいい。そうすれば、悲しみ子供いなくなるさ。僕のようにね」
堂本先生は立ち上がり、私を上から見下ろした。
じゃぁ・・・どうして・・・私が立候補した時、一票いれてくれたんですか。
私を一生懸命応援してくれたじゃないですか。誰よりも。
あれも、あれも全部・・・このためなんですか?
「ああ、言い忘れていたが。君を生徒会長に押したのも全部このためさ。女の生徒会長なら、簡単につぶせるからね。まさか本当に応援してくれてるとでも思ったのかい?バカだね、君も」
そう言って、バカにするように笑った堂本先生は、もう別人のようだった。
何も考えられないでいた私の心は、勝手に泣いていた。
頬をつたっていった涙は、なぜかものすごく熱くて膝に落ちていった。
それがいつぞやの佐野くんと重なった。はっきりと言ってくれなかった佐野くん。
もし、あの時彼が答えを言っていたとすれば、なんて言っていただろうか。
女だったら裏で操って扱いやすいから、とでも言うのだろうか。
「泣いているのかい?可哀想に」
そう言って、もう一度私を見下ろして笑った。
「今、僕は君をどうしようか迷っていて忙しいんだよ。君をめちゃめちゃにすれば、名誉ある生徒会ももう呪われた生徒会だね。しかしながら、君が僕の命令を聞くというのなら、何もしないであげるよ」
彼はそっと私に手を差し出してきた。
「どうする?これは取引だよ?」
彼は要するに、自分の手に掴まれ、と言っているのだろうか。
しかし、そんな力はもう体に残っていなかった。
止まらない涙で視界がゆがむなか、立っている堂本先生の顔を見上げることしか出来なかった。
「その可愛い顔が見られない顔になることを、君は選ぶんだね?」
答えを出さずにいる私に、堂本先生は段々イライラしてきたようだった。
きっと、本当は生徒会を自分の支配下に置きたかったのだろう。
人は同じ事を繰り返すというが、本当にその通りだ。
傷付けられたから、傷付ける。やられたから、やりかえす。
ずっとそうやって続いていく。終わりなんてない。誰かがやめるまで、ずっと。
まさに、堂本先生はそれと同じことをしようとしているのだろう。
「あなたは、その生徒会長と同じだ」
一瞬にして堂本先生の表情からは笑顔が消えた。
イライラした本性を現したといった感じだろうか。
しかし、恐ろしさが増し、恐怖が体中を駆け抜けていった。
堂本先生はまた手を振り回した。
それは、狙い通り、今度は私の反対側の頬を殴りつけた。
先ほどよりもっと強い力で、体は簡単に床に叩き付けられた。
床に突っ伏す。体に力が入らなくて、立ち上がることが出来ない。
口の中に鉄の味が広がって、涙と混じって塩辛かった。
「お前に僕の気持ちなんて分からない!アイツよって転校させられた僕がどんな気持ちだったかなんて。彼女に裏切られてズタズタにされた、僕の気持ちなんて!」
怒鳴り散らす堂本先生はついに完全にキレてしまったようだった。
いつの間にか手放して、棚の上に放置されていた竹刀を手に取った。
その時、やっと佐野くんのことを思い出した。
ベットに寝ている佐野くんが、今どうしているかなんて。
危機感を感じさせない思考が、佐野くんばかり考えさせる。
そう、彼が正しかったのだ。
三浦たけるは無実だったのだから。
帰ったら、謝罪しなくちゃね。
振り上げられた、堂本先生の竹刀が真上から振り下ろされた。
一連の動作を冷静に見つめていたわりには、その瞬間ぎゅっと強く目をつぶったのだった。
「めぐっ!!」
その声が聞こえて、固くつぶったはずだった瞳はいとも簡単に開いた。
真っ暗だった視界に飛び込んで来たのは、先ほどまでずっと見ていた埃だらけの倉庫。
そして、私に竹刀を振り下ろしかけた堂本先生と、部屋に飛び込んできた佐野くん。
一気に駆けてきた佐野くんの手は、一瞬で堂本先生の頬を捕らえて、彼自体を吹っ飛ばしてしまった。
そこで要約、頭を起こすぐらいのことはできた。
額から汗を流しながら、佐野くんはそっと息を吐きだした。
髪の毛が走ってきた時の風のせいで、数本がピンピンと上へ向かって立っていた。
その中に見える、白い包帯。さっき襲われた時の傷だ。
「佐野くん・・・・・」
「大丈夫か!?」
勢い良く近づいて来た佐野くんの表情は、いつもは見ない真剣な表情で。
そっちの方に驚かされた。
その強い腕に、体全身を簡単に引き起こされて、壁に寄りかかる。
その時、ふと彼の後ろに影が見えた。
「後ろっ!」
瞬時に振り返った佐野くんだったが、相手は竹刀を思いっきり振り下ろした所だった。
それを受け止めたのは、佐野くんの片腕だった。
腕の真ん中あたりを、堂本先生の力が加わった竹刀で思いっきり殴られて、佐野くんは顔をしかめた。
その時、確かに耳にした。ボキッっという骨が折れるような音。
「佐野くんっ・・・!」
頭の奥まで届くような音に、悲鳴にも似た言葉が喉からこぼれ落ちる。
その時、枯れたはずだった涙も一緒にこぼれおちた。
佐野くんの体重が、後ろにいた私にもかかってきたのが分かったから。
その時、ものすごい人数の足音が聞こえた。
かと思えば、一気にこの部屋に男子がなだれ込んできた。
一瞬にして堂本先生は皆に押しつぶされて、取り押さえられる。
室町くんに、二条院くんに、木野下くんに、沖田くんに、小島くんに、春日くん。
「もう逃げられないぞ」
「じっとしてて下さいね」
そう言って、室町くんが堂本先生の首を絞めていた。
そんな堂本先生の手首を、木野下くんが縄で縛っていた。
そして、後から駆けて来たつかさと、京子ちゃんと、茜ちゃんは
後ろには数人の先生が連れられて走って来て、この状況を見て驚いているようだった。
「いってぇー・・・」
その時、やっと小さなうめき声をあげた佐野くんが、私にもたれかかるようにして座りこんだ。
先ほど竹刀で思いっきり殴られた片手をかばうようにしながら。
「大丈夫か!?」
そんな彼の腕を気にするように手を差し出すと、佐野くんは案外じっとしていた。
が、その部分に触れると痛いようで、顔をしかめて手を強張らせた。
「あーやっぱり、傷残るんじゃねーかな・・」
「あなたバカじゃない!?傷なんか・・・そんなんですんだらいい方だろ!?」
ものすごく残念そうにする佐野くんは、とてつもないバカだ。
私なんか、絶対骨にヒビが入ったと思ったのに。傷だなんて・・・そんなことどうでもいい。
それなのに、佐野くんは俯いて小さく笑った。
「俺じゃなくて、乾会長のこと」
そう言って、手をのばされたので少々ビクつく。
佐野くんの手はそのまま私の頬まで伸ばされて、その大きな手のひらが私の頬を優しく包んだ。
その指で、叩かれた部分を優しくなでられると、なんだか恥ずかしかった。
「熱持ってるし」
そんなことを気にして、ぶっすりする彼。
下らないことを気にしてくれる彼が、なんだかとてもおかしくて笑ってしまう。
「ありがとう。助けてくれて」
そう言って笑えば、彼は少し考えてから私の方を見た。
「昨日言ってたヤツ」
「昨日って?」
「なんで、乾会長を会長にしたかってヤツ」
「ああ・・・」
「あれは、乾会長が頑張ってたから」
「え?」
「この学校のために頑張るんだーっつって、一生懸命だったからだよ」
思わず声が出なかった。
彼が、そんな風に考えていてくれたことが幻のようで。
自分がそんな風に見えていたことが、なんだか驚きだった。
「この学校は生徒会がバカデカイ権力持ってる変なところだから。生徒会長つーのは、それなりの責任もあるわけだし、俺だったら耐えられるかなって思っただけ。元々、立候補した理由なんてそれぐらいだったし」
「じゃぁ・・・なんで、副会長になってくれたんだ?」
「あぁ、それは昨日も言ったように、女の生徒会長ってのは生徒会の弱みになるだろ」
流れ出る唾液を一気に飲み込んだ。
「今回みたいなことにもなるっつーか」
やはり、彼も同じなのだろうか。
弱いから、女はダメなのだろうか。
「だから、副会長になって、俺が乾会長を守ってやろうと思った」
驚いて、一瞬「え?」みたいな顔をしていると、佐野くんは私の方を見た。
「他のヤツらもそうなんじゃねーの?ちゃんと彼奴らだって、会長のこと認めて、その上でついていこうって決めたんだから。一人で突っ走んなって、誰もいいから頼れよ」
少し考えて素直に頷けば、佐野くんも納得したように頷いてみせた。
すると、しばらくして「痛い」と言いながら佐野くんが勝手に立ち上がり始めた。
「ちょっと、大丈夫なのか!?」
「あーまぁ、乾会長よりは」
「はぁ!?」
「ほら」
そう言って、立ち上がった佐野くんが私に手を差し出してきた。
立ち上がるのを手伝ってあげると言うことだろうか、私は素直にその手を取らなかった。
「一人で立ち上がれる」
そう言ったものの、腰が抜けてしまって足に力が入らなかった。
悪戦苦闘しながらいつまでたっても立ち上がれないでいる私を見て、再度佐野くんは手をのばしてくれた。
だからしょうがなく、私が彼の手に掴まれば、力強い手が私を立ち上がらせてくれる。
彼の方がずっとずっと怪我人だというのに。
「俺がずっと、乾会長の側にいる」
握った手を離さないまま、はにかみながら佐野くんがそんなことを言うから、私まではにかんでしまった。
ちなみに、彼の腕は骨折じゃなかった。
保険医の加藤先生がものすごく怒っていたんだけど、骨折しなかったのが「すごい」とも褒めてくれた。
だけど、やっぱり無傷とはいかなくて。全治1週間だったみたい。