私転生していいですか
「はぁ〜……一人って気が楽だなぁ……」
少し悲しいことを言う女子高生──日比谷葵は家の裏山で朝の散歩を満喫していた。
葵は昔から引っ込み思案で人とあまり馴染めず、友達も特にいない。しかもその時間を有意義に使う術も知らないため、こうして散歩をしていることが多かった。
広い空間なのに静かで、凛としていて、澄んでいる。人の気配を感じさせない朝の山を歩いている時の葵は世界に存在するただ一人の人間だった。
道中、不法投棄された電子レンジを見つけ、意味もないと知りつつボタンを押したり、扉を開けたりしてみる。
「うわっ! ……あははっ」
するとカサカサと一匹の虫が出てきて思わず飛び退き、少し可笑しくなって笑った。
葵はお返しと言わんばかりに電子レンジの扉を足で閉め、その場を後にする。
他に何か面白いものはないか、そんな風に周りをゆるりと眺めながらゆっくりと歩く。すると、視界の端で一瞬強い光を捉えた。
「……なんか光った?」
何かあるのだろうか、そんな期待を胸に葵は光が見えた方向へゆっくり向かった。
「うーん、何も、無い……ここら辺だったと思うけど……?」
しかし期待とは裏腹にそこには何も無かった。
そこそこの光量に見えたので、懐中電灯か、はたまた電源の入ったゲーム機でも捨てられているのではないかと期待したが、そう言った類は見つからない。
「……まぁいっか」
何かがあっても見つからなきゃ意味がない。そう結論づけて散歩の続きに戻ろうと歩き出したところ、何か小さなものを蹴った感覚があった。
「んん?」
目線を下にやると光沢を放つ何かが転がっており、葵はそれを好奇心のまま拾い上げる。
「おぉ〜……すっごい綺麗な指輪……」
葵は思わず声を上げ、指輪をまじまじと見つめる。
それは平べったい輪の形をとっており、表面には見たこともない謎の文字がびっしりと埋め尽くす様に刻印されている。それが美しく磨き上げられ金色の光沢を放っていた。
通常、こんな森に落ちている金属なんて錆びているか土がこびり付いているものがほとんどだ。
しかしこの指輪はくすむことなく輝きを保ったまま落ちており、この場においては完全に異物であった。果たしてこの指輪はいつからここにあったのか、なぜ捨てられたのか、この文字はなんなのか不思議に満ちていた。
「……これは持って帰っちゃお」
だがそんなことはどうでも良いとばかりに葵は右手の人差し指にはめ、少しセレブになった気分で歩き出す。
落とし物を自分のものにするのは遺失物横領という罪になるが、どうせバレないことなので葵は気にしなかった。
「……ふぁ〜」
あれから数分歩いたあたりで、葵は大きなあくびをした。前日の夜はあまり寝てなかったので、また眠気が出てきた様だ。
葵は人差し指にはめた指輪を眺める。いつ見ても美しい輝きで、これが自分のものになったと思うと思わずニヤついてしまう。
今日の収穫としては充分すぎた。帰ったらいい夢が見れそうだ。
「よし、帰ろうかな」
そうして帰路につく瞬間、突如として指輪が光り始めた。
「えっえっ……何、なんの光ぃ⁉︎」
葵は突然のことでパニックに陥る。
指輪はさらに光を強め、ついに刻印されていた文字が浮かび上がる。葵は文字を払おうと手を振り回すが、文字は手をすり抜ける。
「ひぃ〜! …あ、指輪、外して……!」
指輪を外そうとしたが時既に遅く、彼女の体は光に包まれ、次の瞬間には彼女の姿は消えていた
この日、日比谷葵は異世界へと転移した。