前編
初投稿になります。全4話ほどの予定です。
お楽しみいただけたら幸いです。
「なんて素晴らしい一皿なんだ!この肉の今までに無い濃厚な風味と柔らかさ!噛む度に口の中で溶けて広がるかのようだ!それに……これは柑橘系の、オレンジだろうか?酸味のあるフルーティーなソースとよく合うこと!」
そうだろう、そうだろう。ある地域で獲れる、肉質は良いが土地特有の植生により香りのクセが強いという、一風変わった兎肉をこの一皿に仕上げたんだ。試食した時、実のところ自分でもかなり出来がいいと浮かれたものだ。
「本当にこれが、あの芋団子なのか?今まで俺が食ってきたのは何だったんだ?いや、ここのが特別なのか?にしても、こんなに美味いといくらでも注文しちまうぞ?がははは」
いささか褒め過ぎのように思うが、悪い気はしない。一般的な家庭料理であっても、更なる美味しさを求めて趣向を凝らすことを試みるのが私だ。試みの結果この庶民向けの大衆食堂においても受け入れられる一品となったのならば私の自尊心も満たされる。店の主人も喜んでくれた……ただ、人気のあまり連日大量調理となると同じことの繰り返しで流石に飽きてくるな。
「このスープはまさしく口にできる至高の多重奏!このまろやかなこくが深みへと私を誘っている!複雑でありながら難解ではない。口にする度、食材たちの奏でる調べに新たな発見が生まれる……あぁ、このハーモニーをいつまでも味わっていたい!」
正直何を言わんとしているか全てを理解できた気はしない。だが、私の料理に対して持てる語彙を尽くしてあらん限りの称賛を伝えようとしていることは分かる。であれば、その珍妙な賛辞も快く受け取れるというものだ。
◇◇◇
圧倒的な数を誇る人間族が興した国を受け皿として、妖精族やドワーフ族など小さき者から竜鱗族や獣人族など鱗や爪を持つ者など様々な種族が入り乱れ共存する世界。
長命で森の加護を受けていると知られるエルフ族は、様々な理由から他種族との交流に常に受け身で未だどこか閉鎖的な種族だ。だが、稀にその環境に飽きて世にふらりと出ていく者もいる。オルもその一人だった。特に気にしたことは無かったものの毎日同じ木の実や果物、同じ味付けのものを食べていたところ、薬の仕入れに来た商人からいくつか調味料や食材とレシピを入手しそれをもとに夕食を作った。あの日あの味に心動かされ、料理に強い興味を抱き生きる楽しみを見出した。それからは故郷の森を出て、様々な土地や職場を転々としながら料理の道に傾倒した。
研鑽を積み続けた末に一流といって過言ではない実力を身に着けたオルにとって、今や手ずから仕上げる料理へ贈られる賛辞は当然のものである。細かな意味合いはともかく称賛を意図するものであれば、それらの言葉は森で戯れた小鳥たちの囀りのように耳心地良く、オルの気を良くするものであった。
エルフ族だけの生活の輪を抜けて気の向くままに街を転々とし、様々な種族らが集う生活圏に紛れて料理の腕を振るう暮らしはエルフとしては変わり種の分類だが、オル本人はいたく気に入っていた。
それなりに楽しんでいるし、こと料理においては自信もある。だから、
ぐぅ~~ぎゅるるるる
山道を外れた川辺で出くわし、オルの目の前で盛大に腹の音を響かせた子どもに昼食を分け与えたのも、慈悲や情けと言うよりはもっと傲慢な気持ちからだった。
今日のお昼にと用意したものは野外での調理ということもあり、シンプルな作りのもの。
小麦粉を材料にして焼いた平らな生地に、シャキシャキとした小気味よい食感の葉物野菜と、先程簡易の石かまどの上で火を通したばかりの香ばしい香りを漂わせる燻製肉を挟み、道中で摘んだベリーを軽く潰して手持ちの調味料と混ぜ合わせたソースをかけ、くるりと巻いて完成。
珍しいものではないが、子どもは余程お腹が空いていたのだろう。大口を開けてがっつく姿はお世辞にも綺麗とは言えない。だが、くずのひと欠けらもこぼすまいと小さな手で大事そうに包み込み、口いっぱいに頬張っては懸命に咀嚼する様に好感が持てた。
子どもが食べている間、観察してみることにする。どうやら人間族の男の子のようだ。衣服は町というよりは地方の村の子どもが着ているようなやや流行遅れの簡素なもので、とても山中を歩き回る格好ではない。その上、土か何かの汚れや身体への小さな傷が目立つ。きっと本来は赤色であろう髪も今は煤けた色合いだ。
ふと、まるでどこからか逃げてきたような様相だと思った。が、そこで丁度少年が食べ終えたので様相への興味はそこで尽きた。
「どうだった?」
「すっっっげぇ美味い!」
あまりにもシンプルでありながら力強い感想に少し面を食らってしまった。
いつもオルの料理を食べた者はいかに素晴らしいか、どれ程気に入ったかを持てる限りの言葉を尽くして賛美する。そしてまた口にしたいと冀うのだ。
「それで?」
「?」
「他に、何か言いたいことは?」
その経験から、つい、先を促してしまった。続く言葉があると当然のように思っていたから。
「……あ。食べ物くれて、ありがとう」
「あぁ、お礼か。どういたしまして。けどあまり気にしなくていいよ、私がやりたくてしたことだから。それで、どうだった?」
「すごく美味かったです!」
「うんうん、それで?」
「えぇ……っと?」
少年は目を閉じて少しの間考え込んだ後、
「……すごく美味くて、めちゃくちゃ、超、美味しかったです。……こ、これくらい!」
「ぷっ、あはははは!そうかそうか、ありがとう」
これくらい!の声に合わせて両手を左右に大きく掲げて見せる姿が好ましい。
「私としては味とか口当たりの、もっと踏み込んだ感想を聞いたつもりだったのだけど」
「美味かったけど」
「ふふ、そうだね。なに、私の料理を食べた人はよく……ちょっと大げさな例だと魚のクリーム煮を食べて、この味わい深さはメリディエスの海のように底知れない!……なんてことを言うものだから」
腕をおろし、怪訝そうに眉を寄せた少年が首を傾げる。
「くりーむ、めりでぃえす?……うみ、ってなに?」
「……もしかして、君。海を知らないの?」
勿体ない、と思った。目の前の少年の瞳は海のよう青く深い色を持っているのに、同じ色を持つ海を映したことが無いなんて。どちらがより綺麗な青かを比べてみるだけでも一日暇を潰せるんじゃないだろうか。
しばし黙ったことが何か誤解を生んだのかもしれない。少年はカッと顔を赤くして俯いてしまった。
「あぁ、責めたわけでも馬鹿にしたわけでも無いんだ。気を悪くしたならすまない。にしても、ふむ、そうか」
この少年は知らないのだ。海も、そして恐らく、オルの料理を称賛する言葉も。
興味が湧いた。どんな言葉を紡ぐようになるのか、気になってしまった。
「ねぇ、君。これから行く宛はあるのかい?」
興味が湧いた。尽くす言葉を知らない者が、世界のいろいろなものを見聞きして多くを知れば、自分の料理にどのような言葉をくれるようになるのかを。その過程を眺めるのもきっと面白いだろうとも思った。
「君さえよければ、私と一緒に来ないか?」
丁度旅の連れがほしいと思っていたところでね、どう?と手を差し出してみる。そっと顔を上げた少年はどこか探るように、しばし迷うように何度か私の目と差し出された手を見比べた後、ゆっくりと手を重ね力強く握った。
「決まりだ!ねぇ、君。名前は?」
「……ろ、ローザ」
「ローザ、ね。男の名づけとしては珍しいが……由来はその髪色?覚えやすくていい」
「……あんたは?」
花の名を冠することか、それか女性に多い名であることかに何かしら複雑な思いがあるのかもしれない。少年は少し不機嫌そうな声音で尋ねてくる。
「私はオルテンシア。オルテンシア・エクタノーラ・ヴェン・トゥ・アスタス・サピ=エンティア・ディ・シルワ=クオル・ノエ」
だが、私が名乗った後にはその不機嫌もどこかに吹き飛んだようだ。目を丸くして瞬かせる様が可愛らしい。
「おるてんしあ、えく……ごめん、お兄さん。もう一回言って」
「はは、長いだろう?覚えなくていいぞ。オル、と呼べばいい」
オル、と口の中で反復し、分かったと頷く姿は素直でよろしい。
「それと、私はお兄さんではなく、お姉さんだ。オルテンシアはおよそ女性の名にあたる」
「あんた女だったのかよ!!」
心底驚いたように声を上げる様子は元気でよろしい。出会い頭の腹を空かせた弱々しい様子よりもずっといい。
髪短いから男かと、と少年は小さな声を漏らす。それは偏見か、それとも固定観念か。もしかすると周りに髪を長く伸ばす女性しかいなかったのかもしれない。最近、気分転換に肩口程に切り揃えた色素の薄い金の毛先を指で弄びつつ、教えることはいろいろありそうだと思った。
暇つぶしに飢えているエルフ族に興味を持たれるとは不憫なことだ。せめて、連れ歩くと決めて誘ったのだから、彼が独りで生きていく道を見つけるまでは面倒を見よう。今の私の髪はその標に丁度いい。例え興味を失っても、この髪が地に届く長さとなるまでは。
まだまだ物足りなさそうにお腹に手を添える少年にもう一つ作って手渡すと、礼を告げる嬉しそうな声が返ってきた。そして先程に比べると今度は少しゆっくりめに、味わうように咀嚼し始める。
こうして、料理に傾倒するエルフ族の女の旅に、人間族の少年が連れとして加わった。
芋団子はクネーデルのイメージです。