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少女の願い

作者: 馬之群

貧しい村娘、ローズはとても美しい少女でした。金色の長髪は背の辺りまでうねり、青くて大きな瞳にバラ色の頬をしており、お人形のような美しさでした。村の人々はローズを可愛がりましたが、ローズは村の貧乏な暮らしが嫌でした。ローズは誰もいない森で一人溜息を吐くのでした。


「純金のような輝く髪も、サファイアのような瞳も、鳥たちばかりに見せるのでは意味がないわ。大理石のように白くて滑らかな肌も、働いたらガサガサになってしまうわ。嗚呼、誰か素敵な人が偶々森林浴にでもやってきて、私と結婚してくれないかしら。そうしたら、毎日ミルクのお風呂に入って、絹のドレスを着られるのに。」

しかし、ローズの願いも虚しく、その森には誰も訪れませんでした。


ある日、ローズがいつものように森で一人で遊んでいると、藪からキーキーと耳障りな声が聞こえてきました。

「なあ、そこの嬢ちゃん。」

ローズはびっくりして鈴を転がしたような可愛い声で言いました。

「あなたはだあれ?」


「俺はインプだ。昔から隠れて嬢ちゃんのことをずっと見ていた。嬢ちゃんは欲しいものがたくさんあるんだろう。俺が嬢ちゃんの願いを何でも聞いてあげるから、俺と結婚してくれないか。」

ローズは変な名前だと思いましたが、インプのことが気になりました。

「こっちに来て姿を見せて。」


藪からガサゴソと音がしたと思うと、浅黒い小男が出てきました。豚のように小さな目で耳は尖っています。手足は短く、腹が出ています。お世辞にもかっこいいとは言えない見た目に、ローズはがっかりしました。

「ごめんなさいね。私より背が高くて、ぱっちりとした黒い目で鼻筋の通った、かっこいい男の人と結婚したいの。」


インプはしょんぼりとしているようです。

「そうか、嬢ちゃん。分かったよ。」

インプはそのまま森の奥へと進んでいきました。ローズは一人で家に帰り、その後インプのことはすっかり忘れてしまいました。


それから一月ほど経った頃です。ローズが森で歌っていると、聞き覚えのあるキーキー声がしました。

「嬢ちゃん、嬢ちゃん。」

ローズが声のした方を見ると、ローズより少し背の高いくらいの、浅黒い肌で大きな黒い目の、鼻筋の通った男性がいました。


「あなたはだあれ?」

「一月前に会ったインプさ。嬢ちゃんの言う通りにしてみたけど、どうだい?俺と結婚してくれないか。」

ローズは驚いてインプを見ました。以前に会った時の面影は全くありませんが、声が全く同じです。


「どうやって顔を変えたの?」

「嬢ちゃんの願いは何でも叶えるさ。」

ローズはお金持ちなら手術で顔形まで変えられると聞いたことを思い出しました。きっとインプはお金持ちに違いありません。


「本当に願いは何でも叶えてくれるの?」

「そうだよ。俺は嘘を吐かないんだ。」

ローズは少し悩みましたが、この機会を逃せば、一生貧しいままの暮らしを送らなければならないかもしれません。元は醜かったインプがあれ程かっこよくなるなら、ローズはずっと綺麗なままでいられることでしょう。それはローズにとって素晴らしいことでした。


「いいわ。結婚しましょう。その代わり、私のお願いは何でも聞いてね。」

インプはパッと顔を輝かせました。

「嗚呼、約束だ。」


それから二人は、都会の大きな家に二人で住みました。広い庭にはバラの花が咲き乱れ、可愛い子犬が走っています。ローズは絹のドレスを着て、宝石を身に着け、小さな赤い靴を履いています。毎日ミルクの風呂に入り、ローズは日に日に美しくなっていきます。ローズは幸せでした。


ローズが子犬を追いかけていると、木の根に躓いて転びそうになりました。すかさず誰かの腕がローズを抱き留めます。

「危ないですよ。お怪我はありませんでしたか?」

インプが優しい眼差しでローズを気遣いますが、ローズはその手を払い除けました。インプの左手の手袋が取れ、左手の甲にあるひっかき傷のような痣が見えました。


「ありがとう。でも急に触らないでよ。」

「ごめんなさい、ローズ。気を付けます。」

インプはローズが嫌がっているのを感じて家に入ってしまいました。


インプはローズが欲しいものを何でもくれました。ローズが嫌だと思うことは何でも直しました。インプは今や声も前より低くなり、言葉遣いは丁寧になり、マナーもよくなりました。しかし、ローズはインプのことが好きになれませんでした。それどころか、次第に鬱陶しく思うようになっていきました。ローズはインプの傍にいることが嫌になり、塞ぎ込むことが多くなってきました。


「どうしたのです、ローズ。最近元気がありませんね。」

「変なのよ、インプ。あなたは私の望みを何でも叶えてくれたわ。でも、あなたを見るたびに元々のあなたの顔が頭に浮かんで、あなたの声を聞くたびに元々のあなたの声が耳に響くの。あなたが私と最初に出会った時から、私よりずっと背が高くて、ぱっちりとした黒い目で鼻筋の通った渋い声の若い男性だったら良かったのにね。」


インプはとても悲しそうな顔をしました。

「ごめんね。変なことを言ったわ。このところ疲れているの。きっと長雨のせいよ。忘れて頂戴。」

それからインプは何か月もローズの前に姿を見せませんでした。ローズはインプを怒らせたのではないかと心配になりました。


「入りますよ、ローズ。」

インプの表情は暗く、思いつめたようでした。別人のようにいつもと雰囲気が異なります。ローズは不安になりました。

「どうしたの、インプ?」

「僕はこんなにも貴方に尽くしてきたのに、貴方は…僕をちっとも見てくれない。酷いですよ。」


ローズは椅子から立ち上がり、後ろに下がりました。インプが怖かったのです。

「悪かったわ。だから機嫌を直して。」

「ごめんなさい、ローズ。僕はもう…こうするしかないと思ったんです。」

インプはナイフを握っていました。

「…さようなら。」


ローズは悲鳴を上げて、開いている窓から外に出て庭を走り抜け、大声で助けを呼びました。

「誰か助けて!」

「どうしましたか?」

外には美しい若者がいました。ローズが事情を説明する前に、インプがナイフを持ってやってきました。


「下がっていて下さい。」

若者はローズを後ろに庇い、ナイフを持っているインプに素手で飛び掛かりました。暫く二人は揉み合っていましたが、もののはずみでナイフがインプの胸に突き刺さりました。若者の手袋が赤くなり、インプのシャツの上に赤黒い染みが広がっていきます。ローズは悲鳴を上げました。


「行きましょう!」

若者はローズの手を取って走って逃げました。その若者は背が高くて、ぱっちりとした黒い目で鼻筋が通っており、渋くていい声をしていました。ローズが事情を説明すると、若者は自分の屋敷で一緒に暮らさないかと言いました。若者の屋敷はインプの家より何倍も広く、インプより上品な人物で、インプがくれた物より豪華な品々をくれるのです。若者はジンと名乗りました。ローズはジンのことが好きになりました。


「ローズ、もしよかったら、私と結婚してくれませんか。」

「はい、喜んで。」

ローズは理想の男性と理想の暮らしを手に入れました。しかし、暫く経ってローズの表情が陰り始めました。


「具合でも悪いのですか、ローズ?」

「いいえ。何でもないの。」

ローズは言いましたが、ジンは何度もローズを心配してくれます。遂にローズは言いました。

「あなたは本当に素晴らしい人よ。背は高くてかっこいいし、お金持ちで優しく、品があるわ。でも私、インプのことが忘れられないの。私は彼の妻なのよ。」


ジンは目を円くしました。

「インプとは、ローズにナイフで襲い掛かった男性のことですか?ローズ、貴方は彼に殺されそうになったのですよ?」

「私が愚かだったの。彼は私の願いを何でも叶えてくれたわ。それなのに、私は彼のたった一つの願いを叶えられなかった。」


ローズの青く大きな目から涙が零れてバラ色の頬を伝いました。

「願いを叶えてくれなくてもいい。どんなに醜かろうが、いえ、いっそ彼が悪魔だろうが構わない。私は彼と一緒に暮らしたいの。」

ジンは思いつめたような表情をしています。


「…それ、本当ですか?本当に貴方は、そう願っているのですか?」

「ええ。だって私、彼を愛しているもの。」

ジンは震える手で左手の手袋を掴み、ゆっくりと外しました。ローズはその手の甲に見覚えのあるひっかき傷を見つけ、息を呑みました。


「私がインプです。私の正体は悪魔であり、魔法で貴方の願いを叶えてきました。貴方がインプの元の姿を嫌がるので、インプの姿をした分身を作って殺し、貴方の理想の存在であるジンに成り代わったのです。私は変わらず貴方を愛していますが、ローズ、貴方は本当に悪魔である私を愛してくれますか?」

ローズは大粒の涙を零しながら、綺麗なドレスが皺になるのも構わずにジンに駆け寄ってキスをしました。


それから先、ローズもインプも末永く幸せに暮らしたことは言うまでもありません。

馬之群の作品にしては珍しいジャンルです。テレビで有名なショートショートの実写化を見ていたら、つい短編を書きたくなってしまいました。短編を書くと力量のなさが浮き彫りになる気がしますが、温かい目で見て頂ければ幸いです。

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