新村優葵
四話目です。
よろしくお願いします。
「わあ。いい香り。」
目の前に広げられたハゴロモジャスミンの香りを、手であおいで嗅いでいる。私の前にも、甘い香りが強く漂う。
「この花は、『香りの王様』と呼ばれるほど香りが強いです。お嫌いではないですか?」
ハゴロモジャスミンは、甘くて良い香りだが、普通のジャスミンよりも香りが強い。今は満開時期で、その香りは強すぎると感じる人も多い。正直、好き嫌いが分かれる花だと思う。
そんな私の心配を振り払うように、
「まさか!大好きです。」
満面の笑みで彼女は答えた。
その、屈託のない、きらきらとした笑顔を見て、私はどうしようもなく嬉しくなった。自分の好きな花を大好きと言ってもらえて。良いように考えすぎだと言われるかもしれないけど、自分の名前を好きだと言ってもらえているようで。私は、どうしようもなく嬉しかったのだ。
いつの間にか、先ほどの嫌な感情なんか、どこかへ行ってしまっていた。
「ハゴロモジャスミン、買います。」
彼女が嬉しそうに言った。
「でしたら、ガーベラとともに、私からプレゼントさせてください。」
「え…。」
思いがけない言葉に、彼女は驚きを隠せないようだった。
「いえいえ!そういうわけにはいかないですよ。ちゃんとお支払いします。」
彼女が慌ててスクールバッグの中からお財布を取り出す。私はガーベラとハゴロモジャスミンを持ち帰りやすいようにラッピングしながら、いいですいいです、と言った。
「これは私からの気持ちです。いつもありがとうございます。」
丁寧に感謝の気持ちを込めて、お辞儀した。
私は、今日、彼女に救われたんだ。どん底にいた私を、格好悪く大泣きした私を、彼女は気にかけ、優しくしてくれた。笑顔にまでしてくれた。お互いに事情は知らない。ただの、店員とお客さんの関係。それでも、彼女が今日、私にくれた優しさは紛れもない事実で、笑顔にしてくれたことも事実で…。うまく言えないけど、私に希望を見せてくれたような気がした。本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。何かしてあげたいと、本気で思った。
「こちらこそ、いつもありがとうございます。」
彼女が微笑む。そして、お財布をバッグにしまった。
「わかりました。では、ありがたくいただきます。」
参りました、という風に彼女が笑い、ラッピングされた花たちを受け取る。
「でも、お礼はさせてください。」
すかさず彼女が言った。
「え?お礼…?」
「当たり前です。私だけもらいっぱなしなんてダメですよ。」
…そうきたか。
「お姉さん、名前教えてくれますか?」
まあ、名前くらいなら…。常連さんだし。
「…風原灯莉です…。」
「なるほど。あかりさんの『莉』がジャスミンなんですね。素敵です。」
言われて嬉しくなってしまった自分に照れる。
「灯莉さん、おいくつですか?」
「今年十八になります…。」
彼女がギョッとした顔をした。あからさまに驚いている。
「うっそ!私とタメなの!?」
その言葉に私もギョッとする。
え、タメなの!?
いや、確かに制服着てるから高校生とは分かってたけど、小柄だし愛くるしい感じだから、一年生かと思った…。礼儀正しいな、とは思ったけど。
「まじかー。うわあ、そっか~。」
先ほどの大人びた言葉づかいから一変、急に女子高生らしい言葉づかいになった。こう見ると、本当に普通の女子高生だな…。一気に親近感を覚えた。
「灯莉ちゃん、今度一緒に私と出かけてくれない?」
「え!?」
またもや想定外の言葉に、困惑する。驚きを隠せない。
「出かける!?私と?」
「うん。どこかカフェに行こうよ。私奢る!それで貸し借りナシ。どう?」
えぇ…。どう?って言われても…。これ、私断れないんじゃない?
まあ、いい子だし、同い年で親近感湧いちゃったし、特に断る理由もないか…?
「…わかりました。」
「敬語じゃなくていいよ。タメなんだし!」
「今は…店員とお客様なので…。」
笑われるかと思ったけど、彼女は「そっか。」と微笑んだ。そして、
「じゃあ、次会うときは敬語じゃないね。」
と、嬉しそうに言った。
そして、私たちは連絡先を交換した。トークアプリに表示された彼女の名前は…
―新村優葵。
「えっと、お名前読み方は…ゆうきちゃんですか?」
「あ、そうそう。ごめんね。私、名前言うの忘れてた。新村優葵です。よろしくね。」
『優しい』に『葵』で『ゆうき』…。
「二人とも花の名前があるね。」
彼女は笑顔でそう言って、「それじゃあ、また。」と花たちを右手に抱えて帰って行った。
優葵。
葵の花言葉には、高貴、温和、優しさなどがある。
葵の花は、太陽に向かって凛と咲く。その姿は、真っ直ぐで、誠実で、芯があって、品があって、まさに『美しさ』そのもの。
『優葵』という名前は、まさに彼女そのものだった―。
お読みいただきありがとうございました。
引き続きよろしくお願いします。