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五年前

二話目になります。

よろしくお願いします。

 ―五年前。高校三年生になったばかりの頃。私は、医者からある病気を告げられた。

「―若盲症(じゃくもうしょう)ですね。」

 じゃくもうしょう…?

 私は今まで聞いたこともない言葉に、困惑の表情を浮かべる。ただ、それが良くないことなんだろう、ということは、本能的に分かった。

「先生、それは一体何なんですか…?」

 母が不安げに問いかける。

「若盲症とは、近年若者にみられるようになった、目の病気のことです。」

 病気。その言葉で一瞬にして身体の体温を奪われた。魂が抜けたように全身に寒気が走った。心臓の鼓動がドクドクと早くなる。そんな風に、忙しない自分の身体とは裏腹に、私は落ち着いて「大丈夫」と自分に言い聞かせた。きっと大丈夫だろう。病気は病気でも、きっと軽い病気なんだろう。そう、思う他なかった。黒い何かが、私を襲おうとしているのがわかったから。私はうるさく鳴る心臓を沈ませるように、自分に大丈夫だと、何度も言い聞かせた。

 緊張が体中を駆け巡る。

 固唾を呑み、二人して先生の次の言葉を待った。けれど…。先生は次の言葉を発さなかった。ただ、私の検査結果を見つめながら、顔を歪めて黙り込んでいる。その様子に、私は嫌な予感がした。まるで、次に発する言葉を選んでいるようで…。

「先生…?」

 母が先生の顔を不安げに覗き込む。

「娘は…、灯莉は大丈夫なんですよね?治る病気なんですよね…?」

 母が、早く安心したいと言わんばかりに、先生の答えを促した。すると先生は、何とも言えないような、強いて言うなら申し訳ないとでも言うような表情を見せて、俯いた。

「え…。」と、母は呟いた。その二人の反応が、答えだった―。

 

 その翌日。私はいつも通り、放課後に花屋でバイトをしていた。

 

 あの後―。先生は若盲症という病気について説明した。


「―お母様。大変申し上げにくいのですが…。娘さんの視力が戻ることは、この先ないと思われます。目は…、悪くなる一方かと…。」

 え…。今、なんて…?

 呆然とする私。自分の中に、一滴の黒い雫が落ちた。石のように固まってしまい、思考が停止する。言葉の意味を、先に理解したのは母の方だった。

「あの、それって…。いつか見えなくなるってことですか…?」

 震える声で、母が問いかける。先生は申し訳なさそうな顔を浮かべたあと、

「…残念ながら、失明は避けられないものと思われます。」

はっきりと、そう言った。私の中に落ちた黒い雫が、じわじわと広がっていく。

「そんな…。」

 母は言葉を失った。ガタンッという音とともに、母が椅子から崩れ落ちた。近くにいた一人の看護師が駆け寄る。

「近年みられるようになった若盲症は、研究段階にあります。我々も全力を尽くしていますが、残念ながら原因や、完治する方法は、まだ見つかっていません。ただ、発症した方は皆十代から二十代の若者であり、発症してから数年が経過すると…目が見えなくなる、ということだけがわかっています。そのような症状から、『若盲症』という病名がつけられました。」

 先生が若盲症について説明をしている間、母の顔からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていた。

 若者。数年。病名。そんな単語が、私の耳に入っては抜けていく。

「娘さんは、まだ両目で見えていることから、初期の段階だと思われます。しかし、今後、徐々に視界が狭くなっていきます。」

「そんな…。そんなの…。先生、本当に治す方法はないんですか。だって、灯莉は、今まで普通に見えてて、生活できてたんですよ。学校だって休んだこともなくて、こんなに元気なのに…。」

 母が、もう続きを聞きたくないという風に、先生の話を遮った。病気を治す方法が本当にないのか、すがるように。でも、娘が病気だなんて信じられないと、訴えるように。弱々しい母の眼差しが私に向けられる。

「どうして…。」

 母は堪えきれず嗚咽を漏らした。側にいた看護師が寄り添い、なだめる。

「進行を遅らせる薬をお出しします。私たちも、精一杯できることをやらせていただきますので。」

 先生が真っ直ぐに私たちを見つめた。精一杯できることをする。その覚悟を、意志を示すように。その真摯な姿が、私に暗い現実を突きつけた。もう、私に明るい未来はないのだと…。

 病室には母の泣き声が響いていた。私は、先生と母の話を終始ただ聞くことしかできなかった。私の中は黒い何かに覆い尽くされて、体から感情が消えたように、ただ石のようにずっと固まっていた―。

お読みいただきありがとうございました。

引き続き楽しんでいただけたら幸いです。

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