灯莉の友達
初投稿です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
もしも、生まれ変わることができるのなら、あなたは誰になりたいですか―?
◇◇◇
厳しい冬の寒さも終わりを告げ、温かい陽の光が差し込む。春風が頬を心地よく撫でる今日は、絶好の散歩日和だ。歩くのがとても気持ちいい。そんなのどかな日に胸を躍らせていたら、急にツーンと鼻を刺激された。癖のある、独特なこの香り。私は思わず立ち止まった。
「どうかした?」
隣を歩く、恋人の真咲さんが尋ねた。
「ノースポールだ…。」
私は、香りの正体を言葉にしたとたん、自分の顔に哀しい笑みが浮かんだのを自覚した。
ノースポール。キク科の一年草。マーガレットによく似ていて、中心が黄色く、白い花びらを身につけている。小さくて、愛らしい花。だけど、その見た目とは対照的に、菊の花独特の香りをまとっている。
私はこの花に出会うと、どうしても思い出してしまう。今でも大好きな、彼女のことを…。
「…灯莉ちゃん?」
彼の声にハッとする。
「あ、ごめんなさい。ちょっと、昔のことを思い出してしまって…。」
「大丈夫?」
心配そうに、真咲さんが尋ねる。
「大丈夫です。大好きな…、大切な人のことを、思い出していました。」
私は微笑みながら答えた。懐かしむような、恋しがるような、そんな眼差しを向けて。
「そっか…。向こうにカフェが見えるから、少しそこで休もうか。」
優しい声で彼が言う。
「いいですね。」
私のその答えに、彼が微笑んだのが分かった。彼が優しく私の頭を撫でる。
「じゃあ、行こうか。」
「はい。」
正面に向き直る。そして、
「ハル、ゴー!」
数歩私の前を行く、犬のハルに指示を出した。
私は、もう、目が見えていない―。
「…私、ずっと大好きな人がいるんです。」
ハーブティーを一口飲んだあと、私は大切な宝物に触れるように、大事にその言葉を呟いた。
落ち着いたおしゃれな音楽が、店内に流れている。カランカラン、と鳴る入り口のベルと、ほろ苦いコーヒーの香りが心地いい。初めて入るお店のはずなのに、どこか懐かしさを感じさせる。そんなカフェだ。だからだろうか。先ほどノースポールを見てからというもの、このお店に入ってからもずっと、彼女との思い出がどんどん脳裏に蘇ってしまう。
「彼女は、私にとってかけがえのない人で…。大切な友達なんです。」
言っていて、ハッとした。私は真咲さんに何を言っているんだろう。彼女のことを思い出すと、無意識に気持ちが溢れてしまう。
「ごめんなさい。急にこんな話…。」
俯いた私に「いいんだよ。」と、真咲さんが言う。ティーカップに添えられた私の両手を、彼が優しく包んだ。
「もし良かったら、聞かせてもらえないかな。灯莉ちゃんの…、大好きな人の話を。」
その言葉に、私は顔を上げた。真っ直ぐに真咲さんを見る。穏やかに微笑んでいるのがわかった。
「はい。喜んで。」
満面の笑みで、そう答えた。
盲導犬のハルは、私の足元でおとなしく伏せており、今も私を守ってくれている―。
私には、大好きな友達がいる。もう、この世にはいない。だけど、私の恩人で、大切な人で、ずっと大好きな人。もし叶うのであれば、もう一度会いたい。話したい。抱きしめたい。それらの夢が、この先もう二度と叶うことはないと、頭では分かっていても、願わずにはいられない。それほどまでに、私にとっては唯一無二の、かけがえのない存在。
―新村優葵。
彼女は、生まれつき目が見えない、盲目の少女だった―。
お読みいただきありがとうございました。
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