渋谷に来るな
「なりませぬ」
「渋谷に来てはなりませぬ」
「そなた、、、」
「…」
ゆりは夢を見ていた。そして夢の中で夢を見ていることに気づいていた。明晰夢と言うらしい。
学者はこう説明していた。
「その中で、人は世界を思い通りに作り変えることができる」
男子ならばどんな世界をつくるだろう。
いや、その話は省こう。明晰夢の中で人は神になれるのだ。
「…」
「あなたは誰?」
「人が、私を理解するなどありえませぬ」
「神ってこと?」
「この中じゃ、私が神のはずだけど?」
「人が神など、ありえませぬ」
「断じて、許しませぬ」
「…」
1990年、夏。
ゆりは兵庫県芦屋市の中学2年生、14歳である。
思いっきりおしゃれをした。夏休み、髪を染めスカートも短くした。ミニスカートが流行る前のこと、刺激的である。心配する両親のことも彼女は意に介さない。
8月、日経平均株価は3万を超え、国中が浮かれている。
カクテル一杯が100万円で売れに売れ、東京のサラリーマンがラーメンのためだけに平日飛行機で札幌まで行く。仕事はそれで終わり。
「馬鹿じゃないの?」
「行っちゃいけないですって?」
「行くに決まってるでしょ!」
「私はね、、」
「渋谷でモテまくるのよ!」
明晰夢のイメージは現実化しやすい。無意識まで届く強力なイメージは、どんな学びよりも思いを具現化させるのだ。
「・・・」
「なりませぬ」
「神となっては」
「人を捨てるのですか・・・」
「天秤にかけなさい」
「人のままでいるか、神になるか、」
「・・・そなたの天秤、」
「どちらに傾くか」
「…」
そこに行けばどんな夢も叶うと言われる魔境、渋谷。
無限の富、永遠の若さ、美貌、そして果てしない権力。
叶わぬ欲など一つもない。
叶わぬ恋すら一つもない。
かつて玄奘三蔵は世界を救おうと天竺へ旅した。だが、今、ゆりは欲望を満たすためだけに渋谷に赴こうとしている。明晰夢に魔境の力をかけ合わせる。神がそれを阻止しようとした。
ゆりが渋谷に来れば、すべての欲望が叶ってしまうのだ。だが、どんな犠牲が生じるか分からない。
「私はね、、、」
「中山美穂みたいになりたいの!」
「ヒロシとトオルみたいなイケてる男子にチヤホヤされて」
「どんな女の子も、私よりブスで」
「山手線に乗れば、男がみんな私をガン見するの」
「なりませぬ」
「神となっては、、、」
「うふ!!」
「全部の中学の番長が私を狙ってて」
「私を奪おうとして、」
「町中の学校がケンカするの」
「で、最後はね・・・」
「全員振っちゃうの~!!」
「最っ高~~~!!」
「渋谷に来ては、、、」
「なりませぬ・・・」
神の説得も虚しく、ゆりは降り立ってしまった。魔境、渋谷に。
夢と現実が逆転する。彼女のすべての欲望が現実化していく。
神の逆鱗に触れた。犠牲となったものはなにか。
バブル崩壊。日本建国以来の恥辱、暗黒の40年の始まりである。
・・・・・・
それでも、ゆりの優位は動かない。
彼女の名は小池ゆり。首都の最上階に君臨し、日本を牛耳る女帝となった。今日も東京中の男が彼女に媚を売り、プライドを犠牲にし悪女の気をひこうとしている。
・・・・・・
神を取るか、欲望を取るか。
傾国の美女は渋谷から生まれる。
それでも、あなたは、、、
渋谷行きますか?