第33話「ひとりで王城へ」
たったのひとりやふたりでもみ消せるような話だろうか。リズベットの疑問はそこにある。いくら近衛隊といえど全員が互いに協力的なわけではない。いがみ合う者もいれば信念を持って職務に臨む者もいるだろう。
だが事件は結果的に自殺と断定された。
「ねえ、この件は近衛隊の主導のもと行われたんだよね?」
「そのはずでしょうね。話から察するにクレイグが中心だと思うわ」
「……もう日が暮れ始める頃だ。そろそろ戻ろう」
コールドマン邸の近くにいるイレーナに合流するのを決めて、路地裏をあとにする。外の空気は澄んでいて、大きく息を吸い込んだ。
「リズ、これからどうするつもりなの? あなたはいったん邸宅に戻るんでしょうけれど、そのあと私が何かしておくべきことはあるかしら」
また離れ離れになるのは残念だが、今回の真相を確かめるまでの話だ。リズベットは頭を優しく撫でて「じゃあひとつだけ」と彼女に頼みごとをする。
「まずは情報と推理の共有だね。それが済んで、もしイレーナがアタシの考えに同意してくれるなら……君には近衛隊の人たちの周辺を探ってみてほしい」
「わかったわ。じゃあ、合流を急ぎましょうか」
あまり時間を掛けてはいられない。夜になればいつアゼルが戻って来るかも分からない状況でふらふらといつまでも町中を歩いているわけにはいかなかった。
それから寄り道をすることもなくまっすぐコールドマン邸へ向かったふたりは、邸宅の前で待っているイレーナのすがたを見つけた。もう髪と瞳の色は元に戻っていて、すこし残念そうに毛先を弄っているすがたがある。
「……ん? おお、戻って来たか。まずはこっちで話をしよう」
彼女に連れられて敷地内に入り、大きな庭木の影に隠れる。
「昼間はともかく夜ならここは暗くて正面からじゃとても見つけられない。いったんここで整理したいんだが……残念ながらこっちは芳しい情報は得られなかった」
彼女が周辺で聞き込んだ結果も、ソフィアたちと変わらない。エイリンを見掛けた記憶がある者たちはいたが、口をそろえて『楽しそうに歩いてたよ』と、その程度の話だけだ。期待はしていなかったが、それでもがっかりした。
「そっちはどうだった? なにかひとつでも収穫はあったか」
「残念だけど聞き込みは似たような結果だった。でも新しい仮説が」
エイリンが連れ去られた場所や状況。それから犯人がひとりではない可能性について話すとイレーナも驚きを隠せないでいる。しかしひとつ残った疑問があった。
「……複数犯の可能性は考えてなかった。だが遺書はどう説明する? 誰かが捏造したとしても、証拠品は近衛隊の管理にある。誰かがひっそり処分していたら、エイリン以外の誰かが書いたなんて証明もできやしないぞ」
手紙などあらゆる物品のなかで処分の容易いものだ。イレーナの言う通りあてには出来ないだろう。犯人が分かったとしても、それを使って追い詰めることはできない。
「その調査は王城を出入りするソフィアに頼んでおいたんだ。絶対に証拠品を見つける必要はない、あくまで仮説だから近衛隊の人たちを中心調べを進めていけば、なにかしら話が聞けるかもしれない。……でしょ? アタシたちは父さんが彼女を邪魔しないために今は賢い子を演じておけばいい」
ソフィアは隣で誇らしげに胸を張る。リズベットの言う通り、自分にならばそれが出来るという絶対的な自信があった。
「……はあ、分かった。ではソフィアさん、あとは頼めるかな」
「ええ、任せておいて! なんとかバレないように情報を集めてみるわ!」
きっと上手くいく。ソフィアは強い想いを持って、その日、ひとりで王城へ戻る決意をする。不思議と足取りは軽く、夜だというのに寂しさは微塵にも感じることがなかった。もちろんリズベット人形のおかげもあるだろうが、なにより本人と心が繋がっているという安堵感が大きかったのが理由だ。
堂々と正門を通って帰って来たソフィアを見つけた衛兵のひとりが「お待ちしておりましたよ、女王陛下が心配されていました」と苦笑いをする。
「ごめんなさい、散歩程度のつもりだったのだけれど町が広くて帰り道が分からなくなっちゃったのよ。それでアニエスは今どこに?」
「パーティの最中ですが、ソフィア様がおられませんで元気がなく……」
衛兵はすぐに入り口まで来てからメイドたちに事情を説明してソフィアを会場へ案内するよう伝えて「それでは私はこれで失礼します」と職務に戻っていった。
(……さて、ここから私の仕事ね。頑張らないと)




