第31話「拭えない違和感」
シトリンの言葉を皮切りにして、ユウに後片付けを任せて彼女たちはバーナム邸をあとにする。シトリンは早々に離脱、すぐにジャファル・ハシムへ向かった。
ソフィアとリズベットはいつものようにふたりで行動し、イレーナはコールドマン邸周辺での聞き込みを行うことにして、それぞれが行動に移す。特段、誰に尋ねるというあてもなく虱潰しに。
ほんのわずかな情報でもいい、なにかひとつでも違う情報があれば。そんな期待が彼女たちを突き動かし、時間は瞬く間に過ぎていく。
「……まったくないわね、これといった情報。みんな同じだわ」
「うん。エイリンが楽しそうに歩いてたのを覚えてる人は大勢いたけど、それ以上のことはなにも聞けなかったね。でも、ひとつアタシもハッキリしたことがあった」
道中で買ったコーヒーを飲みながら彼女は町の景色を恨むように見つめて言った。
「エイリンは自殺なんてするような子じゃなかった。アタシたちの知らない場所で、とても怖い思いをして殺されたんだ。……絶対に逃がすもんか」
自分の大切な妹を殺害し、今も犯人はのうのうと平和に暮らしているのだ。そう考えれば考えるほど怒りが湧いてきた。なにがなんでも突き止めなければならない使命感で瞳はギラつき、これまでにないほどの不愉快が表情に滲んでいる。
「ええ、かならず捕まえましょ。でも、どうしたものかしら? あまり大した情報もなかったし、やっぱり一年前のことだからみんなそれほど詳しく覚えてる感じでもなさそうだったし……殺されたことも公になってないからあれこれ聞くのもね」
シトリンやイレーナがどれほどの話を持って来てくれるかに期待を寄せつつ、彼女たちは町のあちこちを歩き回る。ふとソフィアがなにかを見つけて足を止めた。
「どうしたの、ソフィア? なにか──」
「いいえ、なにも。ちょっとここで待っていてくれる?」
「……? うん、別に構わないけど」
リズベットを待たせて向かったのは、町の明るさを避けるように佇む路地裏だ。ソフィアはそこに知った人影を見た気がして探しに入っていく。進んだ先、外の賑やかさとは無縁な薄暗い場所で誰かの話し声が聞こえる。
「それで新しいのが……ですか?」
「ああ、どっちも……。特に……のほうは……」
すべては聞き取れなかったが、誰の声かはすぐに分かった。
「クレイグ? こんな薄暗い場所でなにをしているの?」
路地裏で話していたのは近衛隊長のクレイグと部下のひとりだ。彼はソフィアに気付き、振り返って「ソフィアさん。いやあ、すみません。巡回中の休憩ですよ」と笑顔で応える。だが部下のほうはあまり良い表情を浮かべてはいない。
「そう、休憩するのにこんな路地裏を選んだのね」
「……まあ場所は最悪なんですが、これが吸いたくて」
彼の手には嗜好品の煙草がある。昔に比べて手に入りやすいものも多いが、彼が持っているのはそれなりの高級品だ。とはいえ世間的に気品高い近衛隊の人間が──それも隊長の任をあずかる者としては──吸っているのは世間的に褒められたものではなく、彼は仕方なく隠れて吸っていると話す。
「それよりソフィアさん、ここでは何を?」
「新しい友達と散歩していたの。それで──」
一瞬の思考。彼女はどうしてもクレイグに対する嫌悪感が拭いきれないのと同時にシトリンが話していたことを思い出した。
『白昼堂々、町中で行方をくらましておきながら誰も違和感を覚えなかったのなら、おかしな行動を取ったふうにも見えなかったのでしょう。つまり何かを見つけたりして追ったというよりは誰かを見つけて声を掛けた、が正解のはず』
彼が犯人だという気は起きなかったが、今は事情を知る人間以外の誰も信用するべきではない、と彼女は「新しく出来た友達を待たせているの。あなたたちが路地裏に入っていくのを見掛けた気がしたって言ったのよ」咄嗟に答えた。
「……そうでしたか。では外に出ましょうか、ここは空気も悪い」
吸っていた途中の煙草を捨てて踏みつけ、ひと息つく。
「もういいんですか、隊長?」
「構わない、巡回を再開するとしよう」
「……わかりました、指示に従います」
外へ出たあと、クレイグたちはそのまま変装したリズに駆け寄っていくソフィアに軽く挨拶をして巡回に戻っていく。
「今の誰、ソフィア。制服を見たところ近衛隊のひとみたいだけど」
「近衛隊長のクレイグさんよ。アニエスがずいぶん信頼していたわ」
「ああ、近衛隊長さん。なんだか頼りになりそうなひとだね」
アニエスが信頼するほどなのだからとリズベットが高い評価をするいっぽうで、ソフィアは腕を組んで「ううん……」と首を傾げる。
「でも、なぜかしらね? 私はあのひとが好きになれないのよ。なんていうか……どこか違和感がある、といえばいいのかしら」




