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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第二部 スケアクロウズと冷たい伯爵

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第30話「変装」

 イレーナが呆れたような顔を向けた。非現実的だ、と。


「どうやって? ジャファル・ハシムまでここからどれだけ掛かると思ってるんだ、聞き込みなんて不可能だよ。いくら魔女だって瞬間移動なんて出来ないだろう」


 目の前にいるのが悪魔と呼ばれる存在だとは知らない彼女にしてみれば、あまりに馬鹿馬鹿しい話だ。それをシトリンはおくびにも出さず、しかし自信たっぷりに「私に任せておけば大丈夫ですよ」と親指を立てた。


「ソフィアさんたちはそれでいいのか?」

「ええ、たぶん本当に大丈夫だから」

「……まあそういうなら。だが仮に行けたとしても問題がある」


 彼女が挙げたのはアニサという名前がジャファル・ハシムではポピュラーな名前であり、いくらでもいるということだ。何人かの面談をして、問題ないと判断した下級メイドたちのなかでよく働いて物覚えも良かったので侍女になったが、わざわざ書面にサインを求めたりもしなかったために正確な名前も分からない。


 メイドを選ぶのはレヴァリーだったので今は彼女から話を聞くことも出来ず、ジャファル・ハシムにたったひと晩で着いたとしても、探すのに数日以上を費やすことになる。


「姉様のこともあるし、あまり日数を掛けるのは避けたいんだが」

「アタシならもう大丈夫だよ。何言われたって平気だから」

「しかし父様は……あなたには暴力も振るうじゃないか」

「そりゃアタシが無抵抗だったからね。でも今は違う」


 アゼルは感情的で、とくにリズベットに対してはあたりが強い。以前はそうではなかったが、今の彼の行き過ぎた行いはイレーナも数回目撃した。まだ頬を叩かれたりする程度で済んでいるが、それがどこまでエスカレートするかという心配があった。


「アタシよりも君だよ、イレーナ。今の父さんは闇雲に進むだけで周りなんか見えちゃいない。今回のことでもし君が責められたりでもしたら……」


「それこそ必要ない心配だ。そのときは出ていくさ、姉様のように」


 いつかはリズベットのように旅をするのがイレーナの夢だ。母親であるレヴァリーのことが嫌いではなく、エイリンが亡くなってからの様子はあまりにも哀れで放っておけず面倒を見ているが、もしアゼルからの攻撃的な態度が自分にも差し向けられれば育ててくれた恩を返すつもりもない、と彼女はハッキリ言った。


「私があの家にいるのは、この二十年ほどの人生を贅沢で彩ってくれた恩があるからだ。……それが姉様という踏み台あっての話だとは夢にも思わなかったが」


 自分たち残された姉妹がいかに自由で何も知らなかったかを悔いるようにチッと舌打ちして自分への腹立たしさを感じた。


「まあまあ……過ぎたことなんだから。ともかくアタシたちには何も情報が足りてないから、エイリンの侍女についてはシトリンさんに任せておいて、こっちはこっちで軽く聞き込みでもしてみようよ。なにか収穫あるかもしれないしね」


 シトリンが行った聞き込みは夜のことだ。昼間に出歩いている人たちが多い王都なら、また違った話が聞ける可能性はじゅうぶんにある。


「それならリズは変装をしておきましょうか。まんがいち何かの理由でアゼルがそとを出歩かないとも限らないでしょう? 髪と瞳の色を変えるくらいなら出来るから」


 隣に座るリズベットの頬を撫で、髪を手で梳く。彼女の髪は白く染まり、瞳は美しい深碧色から燃え立つような紅い瞳になった。


「ほう、これはすごいな……。姉様がまるで別人だ」

「……別人。そうね、この際だからあなたもどう?」


 思いついたのは、まったく違う人間として聞き込みを行うことだ。エイリンが殺害されているとみる以上、犯人がどこかから情報を得ていてもおかしくない。リズベットはともかくイレーナが情報を求めているとなれば、彼女が狙われる危険性もある。まったくの他人になりすますことで少しでも安全を得ようと考える。


 これにはイレーナも興味津々でうなずいた。目の前で披露された魔法を自身で体験できるとあれば、誰でも受けてみたいと思うことだろう。


「希望があるなら沿うけれど、もしないのなら適当に……」

「髪は紫紺で、瞳は姉様のような深碧色がいい」

「そ、そう。分かったわ、じゃあそうしましょう」


 やや食い気味で反応をされてたじろぐ。色へのこだわりは、いつかイレーナがラルティエを旅だったとき最初に訪れたいと思っている憧れの国の人々の外見らしい。ソフィアに変えてもらったあとシトリンから鏡を受け取って自分のすがたを確かめて唸った。


「ハハハ、すごいな! これが私とは思えないよ。……さんざん贅沢をしておきながら言うのもあれなんだが、何から何まで姉様がうらやましいな」


「えへ、そう言われると照れるなあ」


 ソフィアという自慢のパートナーをでれでれと見つめるリズベット。肝心のパートナーはといえば「呆れた、すぐ調子に乗るんだから」と肘で小突いたが、まんざらでもなさそうだ。


 シトリンがムッとした顔で手を叩く。


「さあさあ皆様。準備も整ったことですし、そろそろ本腰入れましょう。──情報収集開始、ですよ」

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