第28話「サプライズ」
数分して戻って来たディルウェンが、プレートを手に持ったメイドをなかに招き、それから自分は扉のそとに立ったまま「私はこれから人と会う約束がございますので」と小さくお辞儀をする。「何か用があれば、そのメイドに伝えてください」そう彼は改めてまた万年筆の礼を言い、去っていった。
「はじめまして、ソフィアお嬢様。メイドのユウと申します」
「よろしく、ユウ。ごめんなさいね、忙しいでしょうに」
「いえ、むしろ光栄です! なんなりとお申し付けください!」
令嬢と呼ばれるような身分など、とうの昔に捨てて一般人でしかない。ソフィアは自分が魔女の代理という肩書きを持っていたとしても、自分をそう思っていた。
いくらバーナム家に歓迎されているといえども同じだ。彼女にも彼女の仕事があるだろう、と「ひとりで大丈夫よ」と言ったが、ユウは離れる気配がなく、緊張した様子で「ディルウェン様から指示を受けておりますので」と離れようとしない。シトリンが来るまでは退屈だ、せっかくだからと彼女に話し相手になってもらうことにした。
「良かったら座って、ゆっくりお話がしたいわ」
「はい、それがご指示でしたら!」
対面のソファにちょこんと座った。見目にはソフィアよりも背が高くしっかり者の雰囲気ある顔立ちをしているが、まだ幼さを残している。
「あなた、見た感じだとヴェルディブルグの出身じゃないわね。焼けたような肌の色に、髪も天然の黒でしょう?」
「分かりますか? 実はここから少し離れた砂漠の地から来たのです」
ヴェルディブルグの王都から列車に乗って国境を超えた先にある砂漠の大地。ジャファル・ハシムという国の出身だとユウは語った。年中暖かく──時期によっては猛烈に暑いが──伝統を大切にしてきた素晴らしい国、とされている。
他の国々と違い特徴的な天然の真っ黒な髪と褐色肌は珍しく、美しい女性も多いと評判だ。ユウはもともと、ジャファル・ハシムの子爵家の娘だと言う。
「そんな地域があるのね。ユウはどうしてこっちへ?」
「ヴェルディブルグの文化を学びたくて!」
文化の異なる国へ足を運んでみたかったユウは、父親を説得した。その末に親交のあったバーナム家が彼女の奉公先として名乗り出てくれたおかげで、こうして働きながら多くの経験を積むことができていると彼女は喜んでいる。
「バーナム家の皆さんはとても優しくて、今は奥様の侍女として働かせていただいてるんですけど、どちらかといえば買い物に連れまわしてあれこれ気遣ってくれるんです。このあいだは服やアクセサリーを似合うからと……」
聞けば聞くほどバーナムの人間が出来すぎていると思うほど完璧で、ソフィアもなぜディルウェンがリズベットの婚約者であったか分かる気がした。
それからユウの話はなかなか終わらず、ソフィアもそろそろ愛想笑いを浮かべ始めた頃合いで遠くから『すみません、だれかいませんか』と呼ぶ声がする。「あら……お客様みたいですね、少しお待ちを」ユウが席を立つ。
「もし私の友人だったらここへ通してちょうだい」
「わかりました! では行ってまいります!」
聞き覚えのある声だったので、おそらくそうだろうとソフィアが待っていると、ユウが連れて来たのはやはりシトリンたちだった。
「もし御用がありましたら部屋の近くで待機しておりますのでお声掛け下さい。ソフィアお嬢様、お話楽しかったです。ありがとうございました!」
「ええ、またゆっくり話しましょ。私も色々聞けて楽しかったわ」
シトリンの傍にはイレーナもいる。ようやく役者が揃って話が進むと思った矢先、シトリンが肘でイレーナを小突きながら「ほら、私はわざわざ言いませんよ」となにかを促す。
「……はあ。分かってますよ、シトリンさん」
ため息をついて申し訳なさそうな表情をソフィアに向ける。
「すみません、ソフィアさん。こういう話は人数が少ないほうが良いとは分かっているんですが、どうしてもついて行きたいと言って聞かないものですから」
そうして彼女たちの後ろからひとりの女性がひょっこりと顔を出す。バツの悪そうな様子で、しかしソフィアを見つけて頬をうっすら紅くしながら。
「こ、こんにちは、ソフィア……。アタシ、来ちゃダメだったかな」
流れるような紅い髪。やんちゃそうな明るい顔立ちに、ソフィアは言葉が出てこない。自然と涙が出そうになるのを堪えて、優しく微笑む。彼女がおどおどした様子で薔薇の髪飾りを大事そうに握り締めているのを見つけたから。
「まさか。来てくれて嬉しいわ、リズ。その髪飾りは──」
部屋に入って傍にやってきたリズベットは申し訳なさを感じつつ照れながら、そっと髪飾りをソフィアに着けて「ごめんね」とつぶやいて──。
「返すよ、君に。だってアタシたち、ずっといっしょにいるって約束したもん」
「ふふっ……そう! あなたがいてくれたら何より心強いわ!」




