表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第二部 スケアクロウズと冷たい伯爵

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/172

第25話「悪魔の指輪」

 ぐっすり眠って、ひさしぶりにうなされることもなく目を覚ます。抱いていたリズベット人形のおかげだろう。それほど悪い朝にも感じなかった。


 紅茶の良い香りが漂い、心地良くさえある。部屋のテーブルには朝食の温かいトーストが用意されていて、席に座るシトリンが「おはようございます」と挨拶する。


「よく眠れたようでなによりです。目覚めてすぐはあまり気が進まないかもしれませんが、今日は忙しいですから朝食を先に済ませておく必要があるかと思い、ご用意させていただきました。といってもトーストだけなんですけど」


 町の中ならレストランだけでなく小さな屋台も数が多い。ゆっくりしている時間はそれほどないだろうから必要なときに適当なもので済ませてしまえばいい、と朝食も軽めのものを用意した。紅茶も飲みやすい温度まで下がっている。


「ありがとう、シトリンさん。もらったぬいぐるみのおかげね」

「それはそれは……。ああ、ところで」


 パリッと小気味良い音を立ててトーストをかじる。


「私、あれですよ。主従関係を結んだ以上は立場も違いますし呼び捨てにしてくれてもいいんですよ? あくまで私は従者、どう呼ばれても困りるものでもありませんし」


 悪魔だけに、と自信たっぷりな表情をしてみせたが、ソフィアはあまり聞いていなかったのか「でも、なんだか気にしてしまうわ」頬に手を当ててうーんと考えている。何も言わなかったことにしてシトリンは紅茶で口を潤す。


「まあ、どちらでも構いませんよ。ソフィア様が呼びやすければ」

「それがいちばんありがたいわ。実感もないし落ち着かないから」


 ソフィアが相手を呼び捨てにすることは多いし同じように呼ばれても気にはしないが、相手がシトリンだと落ち着かないのは彼女が魔女ローズの従者であるからだ。尊敬する相手に長く仕え続けている彼女を自分の従者として呼ぶのは難しかった。


「お近づきの印に、と思ったんですが余計なお世話でしたね」

「気にしないで。そう言ってくれるだけでも仲良くなれた気がするわ」


 ところで、とソフィアは嵌めている紅玉の宝石輝く指輪をかざす。


「これが輝くと近くにあなたが現れるのよね。魔女様はこれを魔力の消耗を抑えるための道具だって言ってたけど……実際にはどういうものなの?」


「ああ、その指輪ですか。ローズ様がどんな説明をしたのか知りませんが」


 ソフィアの手を掴み、優しくさする。


「これはもともとローズ様のために私の魔力で創ったものです。たしかにある程度は魔力の消耗を抑える効果はありますから間違ってはいませんが、大事なのは緊急事態──たとえば身に危険が迫ったときなんかに私が近くに召喚されるんです」


 もちろん彼女自身の意思で周囲の状況を把握したりもできるが、過去にローズやシャルロットが暴力沙汰の案件を抱えたことがあり、その際に近くにいなかったシトリンが反省の意味も込めて創ったものだ。


「この紅玉、実は魔力で私にしか入れない空間に繋がっていまして……基本的に危険のある仕事のときは引きこもって退屈してるんですけどね。本を読んだり、お酒を飲んだりして時間を潰しながら皆さんの会話とか聞いたりしてるんです」


 たまに眠り呆けているので放り出されるまで気付かないこともあるらしく、ソフィアが襲われた際にはシャワーを浴びて服を着たところだったと肩をすくめる。


「ふふっ、それって本当に退屈なの? すごく面白そう」

「残念でしたね、私だけの砦ですから。まあ覚えておいて損はないかと」


 声が聞こえたり周囲の状況が確認できるのはどんな場所にいてもだ。つまりほかの誰もが彼女を認識できないとしても、話は筒抜けで呼びかければ出てくることもある。いつでもどこでも呼び出せる便利な道具だとシトリンは自分を笑う。


 そもそも指輪が絶対的に必要なわけではないが、危険な仕事を請けているときなどにひとりでフラついて観光でもしてる途中にいきなり呼び出されては、いざという場面で即時対応ができないのは大問題だ。彼女が自身の魔力で空間の転移をして誰かの目にでも止まってしまうのは非常にまずく、用が済むまでの仮の拠点にはちょうど良かった。


「ふうん。ひとつ聞きたいのだけれど、いいかしら」

「構いませんよ。なんでもお聞きになってください」

「じゃあ……この指輪って絶対身に着けておく必要が?」

「そうでもありませんよ。身に危険が迫ったとき以外は、ですけど」


 魔力の流れに強烈な変化が生じる場合にかぎって指輪は反応するため、緊急時に限っては身に着けている必要がある。だが、それ以外の場合──シトリンがみずから指輪を通じた空間の行き来をしたり、会話を聞き、景色を見るといった行為──はとくに誰でも構わない。ただしほかの誰かが持つということは即座に助けにはなりにくいだろう。


「でもどうしてそんなことを聞くんです?」

「あ……いや、それはそのう……言いにくいんだけれど」


 少し頬を紅くして彼女はぼそぼそと話す。


「魔女様から頂いたものだから、ほかの誰かに渡すのは申し訳ないとは思うんだけれど、リズに渡してあげようかと思って。もしあの子と二度と旅ができないのなら、せめて何か私がいなくても助けになってあげられるものを持たせてあげたいって……」


 髪飾りは彼女の意志を尊重するソフィアの想いだ。しかしそれとは別に、彼女が決して不幸にならないための何かがあれば。それがローズからもらった指輪だった。


 きっと叱られるかも、と言葉にし辛そうにしている彼女にシトリンはいつも通りのなんの感情もこもっていないような顔をしながら平然と言った。


「構いませんよ、別に。ローズ様なら気にしませんよ、絶対」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ