第5話「お揃い」
大きさもデザインも様々な銀細工は売れ行きが良く、今日の仕入れ分は一週間も経てば品切れになるかほとんど残っていない。親族や友人にと土産にする観光客がおもな購買層だ。どれもこれも造りが精巧で、目の肥えたソフィアも思わず唸るほどだった。
「これがお土産で売られているの? いくらで?」
「ん。ひとつあたり銅貨三枚ってとこかな。それが希望価格らしい」
「……もったいないわね。銀貨でもいいくらいよ」
いくつか気に入ったデザインのものを手に取って比べ、どれにしようか迷う。十数分間を使った思考の末に導き出されたのは、薔薇の髪飾りだ。スケアクロウズとしての責任と魔女への尊敬を意識したと彼女は言う。
「なんだい、見目からしてそうだと思ったが貴族の嬢ちゃんかい。リズベットが連れて歩くにしちゃ品が良いと思ったんだよなあ」
「ちょっとレオネルさん? アタシのこと馬鹿にしてるでしょ」
げらげら笑い飛ばしたレオネルは「そうだよ!」と返す。ムッとしながらもジョークだと分かっているリズベットはそれ以上言わずに「はいはい、おじさんはお金持ちが好きだからねえ」とふてくされてソフィアの肩に手を置いた。
「いいもーん。ソフィアさえ味方でいてくれれば」
「私を巻き込まないでちょうだい。それよりも、」
パッともうひとつ銀細工を手に取る。ソフィアが選んだものと同じ薔薇を象った小さいネックレスだ。それを彼女に「あなたがつけて」と言ってレオネルに銅貨を多めに渡す。
「多い分は職人の方に。あなたの良心を信じるわ」
受け取って、彼は真剣な目つきに変わる。
「エリス商会は他人との信頼で成り立ってんだ。お安い御用さ」
言葉に含まれた心意気にソフィアは頷く。
そしてふたりは商会をあとにし、外で商人の相手をしていたジャーニーにも軽い挨拶をして馬車に乗る。リズベットは自分の首に下げた薔薇のネックレスを指先でつまんで持ち上げて「本当にいいの、アタシにもこんなの買って」と少し照れくさそうだった。
「お揃いが欲しくなったのよ。せっかくいっしょに旅をするんだもの、絆の証明みたいなものが欲しくて。……すこし重たいふうに感じるかしら?」
「まっさかあ、アタシは嬉しいよ。これで正真正銘の友達だね!」
肘で小突くリズベットは陽気で、馬車の手綱を握って出発させる明るい横顔にソフィアも心が温かくなる。こんなにも良い友人がいていいのだろうか、と。
「へへっ。とりあえずどこか遊びに行く前に、宿を取っておこうか」
「それがいいかもしれないわね。あてはあるの?」
「もちろん。ちょうどアタシの友達がやってる宿があんのさ!」
馬車をしばらく走らせて、小さな宿の前で止まる。扉には『OPEN』と書かれた板がぶらさがっていて、リズベットは勢いよく「やっほー、アタシが来たよ!」と開けた。店内で皿を洗っていた女性が手を止めて彼女に振り向く。
「リズベット。できれば静かに開けてくんない、扉壊れちゃうよ」
たてつけが悪く今にも外れそうだと女性は肩を竦めた。
「ほんとだ。悪いね、アイリーン」
「ったく。それより来るのはやかったね。明日じゃなかったの?」
「友達を紹介したくてはやめに来ちゃった。ほら、この子!」
ばしっと背中を押されて一歩前に出たソフィアを見て、アイリーンはジッと眉間にしわを寄せて見つめながら「なーんでこんな可愛いの連れまわしてんの?」と、彼女がもしや何か悪いことに関わっているのではないかと思ったらしい。
察したソフィアはスカートの裾をわずかに持ち上げ、小さく頭を下げた。
「初めまして、アイリーン。私はソフィア・スケアクロウズです」
「ん。初めまして、アイリーン・クロワードよ。リズベットとは幼馴染なの」
それなのに疑われたのか、とソフィアがリズベットを見る。彼女は悪びれる様子もなく笑いながら「エイリーンって心配性だからさあ」と言う。
「なーんにも問題ないならいいよ、リズベット。で、部屋なら用意してあるよ。もちろん今日はあんたの貸し切りってことで酒もたっぷり用意したんだ」
「ええ~、最高じゃん。朝までいっしょに飲もう!……ソフィアは?」
普段からアルコールを摂取しているふうにも思えず、もしソフィアが飲まないのであれば控えめにしようかと考えたが、彼女は目を合わせるなりニヤッとして──。
「嬉しいお誘いだわ、リズ。だけど私より飲めるのかしら」
「……お、言ったね。こう見えてアタシ強いんだぞ」
アイリーンはやり取りを見て苦笑いをふたりに向ける。リズベットはふうっとひと息ついて「その前に、ちょっと散歩しよっか!」とほほ笑んだ。