第22話「次の機会に」
「ソフィアさん……。私はそれでも納得できないよ」
足を止め、ギリッと歯を鳴らす。イレーナには何も理解できなかった。誰かのために自分たちを諦める人々のすがたが、自由を謳歌してきた彼女には何も。
「死んだ人間が座っていた椅子に未練たらしくしがみつく人間も、あなたたちのように自分を犠牲にするのも理解できない。欲しい真実はそんな場所に無いのに、なんで自分たちのために動かない? このまま不幸を受け入れることが死んだ人間への弔いなのか」
気持ちが分からないわけではない。エイリンが死んだと知らされたとき、イレーナも当然ショックは受けた。大切な妹だ、姉と同じくらいに愛していた。だが彼女は絶望したりしなかった。なぜ死んだのか。自殺などするばずかない、と。
「あの子は……エイリンは気弱だが決して暗い子じゃなかった。姉様がいなくなって後継者として選ばれたとき、嬉しそうだったんだ。苦痛だったとか手紙を遺していたが、あんなものは誰かが作ったものだ。──エイリンは殺された、私はそう思っている」
イレーナの知るかぎりエイリンは後継者になったことを悔やんだりしなければ、逆に『姉様みたいな紅い髪の子を産んでみたいわ。きっときれいで可愛いに決まってるもの』と、ヴィンヤードの血を守っていくことに肯定的だった。出て行った姉を慕い続け、愛する婚約者との子供を夢に見て毎日語るほどの熱があったと彼女は言う。
話を聞くうち、ソフィアの涙もぴたりと止んだ。
「シトリンさんと同じことを言うのね」
「……誰だい、それ。私と同じ考えの人がいるのか?」
ソフィアは自分に協力してくれたシトリンが最初に、殺人であるという推測を持っていたことを話す。いささか軽率には感じたがイレーナは信用できると思った。
「そうか、そんな方が。ああ、すごく会ってみたいな。きっと良い意見交換ができるはずだ。私も母様のことがあるからすぐには屋敷を出られないが機会さえあれば……」
自分が追い求めていたものに、他にも触れようとする誰かがいたことに喜びを覚えたイレーナの口はよく滑った。だが、その言葉が最後まで続けられるより前にひとりの女性が声を響かせ割って入った。
「待って、その話アタシにも詳しく聞かせて。……エイリンが殺されたかもしれない、っていったいどういうことなの?」
薔薇の髪飾りを握り締めたリズベットが深刻な表情を浮かべて顔を青くする。ソフィアと交わした約束を破ることになってしまい、謝りたい気持ちから追い掛けたところでふたりの会話を聞いたようで、エイリンを自殺だと思っていた彼女は動揺した。
「姉様。申し訳ないが時間があまりないんだ。それにヴィンヤードの血筋を守ると決めたのなら、もうあなたには関係ないだろう?」
「あ……それは、その。でも殺されたなんて聞いたら……」
耳を疑うような話を聞き流せるはずはない。しかしソフィアも今回ばかりはイレーナに同意するように「本当にあまり時間がないの、ごめんなさい」と返す。
「今はシトリンさんが時間を稼いでくれているけれど、あまり長居もしていられないわ。いつまでも話しているわけじゃないでしょうし、そろそろ出ないと──」
コツ、コツ、と靴音がする。彼女たちが向かおうとしていた廊下の先から近づいてくるのが分かり、緊張に息を呑む。現れたのはレヴァリーだ。うつろな表情をしてぼんやりと歩いているだけのように見えた。
「ああ……母様、あまりうろつかないように言っただろ。ほかのメイドたちに迷惑が掛かるから部屋にいてくれないと」
「そうだったかしら。あら、そちらの方たちは……?」
エイリンがいなくなってからのレヴァリーはまともではない。目の前にいるイレーナと夫であるアゼル以外のことごとくを認識できていないのだ。不幸な話ではあるが、今の状況下では幸運だったとソフィアが胸をなでおろすのも仕方がなかった。
「先日、茶会に誘うと言っていた令嬢たちだよ」
「そう。ゆっくりしていってもらいなさいね」
「ああ、しっかりもてなすよ。さあ部屋へ帰ろうか」
これ以上の付き添いはできなくなったと目配せされて、ソフィアはうなずいて返す。話をするのは次の機会になるだろうと諦めて、リズベットを振り返った。
「あなたも今日は戻って。……その髪飾りは預けておくわ」
なにを言われるのか、彼女は怖くなってしまった。リズベットの表情をみれば、どんな言葉を用意していたかなんとなく想像はできる。直接言われてしまったら、もう二度と今までのような関係には戻れない気がして。
「ごめん、ソフィア……。ねえ、エイリンのことだけど」
「そのことなら任せて、シトリンさんと協力して調べているから」
結果はすぐに出るものではない。しかし必ず良い知らせを持ってくると約束だけして彼女はリズベットを残し立ち去った。




