第21話「本心と違っても」
イレーナに連れられて向かったのは、玄関から最も遠い部屋だ。一本の廊下を最後まで突き進んだ先にある鍵のかかった部屋。かつては貴重品の保管庫として使用され、外からのみ解錠することができる特別な造りになっていた。
「本当は鍵が必要なんだが、実は私が持っているんだ」
「……それって感謝の言葉を述べたらいいのかしら」
「フッ、どちらでもいい。運が良かっただけのことさ」
アゼルにとって最も信用に足る人物は共に暮らす血縁のみだ。後継者を産むつもりのないイレーナが言えに残り、日に日に弱っていくレヴァリーを看てくれているおかげで彼も家門の存続のために動くことができたし、リズベットを連れ戻したことで彼女を協力者として認識していた。
まさか裏切るとは思っていないだろうとけらけら笑う。
「まったく父様も哀れなひとだ。私が誰に憧れて男装を始めたりしたかなんて知らないんだろうな。わがまま好き勝手に育てたからだと勘違いしてるんだから」
部屋の鍵を開け、扉を押し開ける。なかには椅子に座って俯いているリズベットがいるだけで、彼女はふたりに気付いて顔をあげた。
「……イレーナにソフィア、どうしてここに?」
「理由はいい、ここを出るぞ。父様が気付いてないうちに」
引っ張り出そうと腕を掴むが、リズベットは抵抗した。
「だめだよ。アタシはここに残る。ううん、残らないと」
イレーナは彼女のよどんだ表情にギリッと歯を鳴らす。
「いい加減にしろ。アイツになんて言われたのか知らないけどエイリンが死んだのは姉様のせいじゃない、責任を感じる理由なんてどこにもないんだよ」
妹・エイリンの自殺についてリズベットはすでにアゼルから聞かされており、彼女は唇をかんで今にも泣きだしそうな表情で言った。
「だって、アタシがわがままなんて言わなかったらエイリンが自殺する理由なんてなかった。『お前の責任だ、お前さえいてくれれば』って、父様の言う通りだ。アタシがエイリンを殺したようなものだから……ごめん、行けないよ」
実の妹の死は衝撃的で、聞かされた瞬間には言葉を失った。何度も責め立ててくるアゼルになにひとつ返すこともできず、自分が家門を継いでさえいれば、他の誰かが不幸になることもなかったのだろうと泣いて謝罪した。もう二度と出て行かない、自分が悪かった。エイリンには何の罪もなく自分さえいれば彼女が死ぬはずはなかったから、と。
「……そうね、リズが決めたのなら構わないわ」
無理やり連れ出そうとするイレーナを制してソフィアは言う。
「亡くなった妹さんのことはとても残念に思うわ、私も逆の立場だったら同じようにしたかもね」
彼女は薔薇の髪飾りを外してリズベットの手に握らせる。
「あなたがそうやって生きることが亡くなったエイリン令嬢の幸せだと言うなら私は応援するわ。今までありがとう、さようなら」
困惑するイレーナに「行きましょう、もうここを出なくちゃ」と連れ出すのをあきらめて、ソフィアは部屋を出て行く。
「おい、いいのか。連れ出しにきたんだろう?」
平気そうに歩いていくソフィアの表情はひどいもので、必死に声を殺して泣いている。それでも気丈に──声は震えていたが──彼女は答えた。
「だってあの子が決めたんだもの、私が無理強いをする権利なんてないわ。……私の想いは預けてきたから、もういいの。大事なひとが亡くなる辛さは知ってるから」
シトリンは自殺ではないはずだと言ったが結局証拠は出てこなかった。今の状況では自殺以外のなんでもなく、リズベットを説得するにはなにひとつ揃っていない。そのなかで彼女の決意を聞けば、否定するのは余計にこじれるだけだ。
このまま邸宅に居続けてはアゼルとも鉢合わせてしまうかもしれない。彼もリズベットと同様に話を聞いてくれたりはしないだろう。あきらめることが今できる最善だった。
「伝えるべきことは伝えたわ、あとをどうするかはリズの想うままにするべきよ。私は彼女の選択を尊重したい。……いつまでもいっしょにいられるって誓ったの、それは肉体ひとつの話ではなくて精神であっても。だから私は、あの子が考え抜いて、仕方ないって思うような生き方をしたとしても背中を押してあげる。あなたなら大丈夫、って」
涙を拭って、悔しさと悲しさをかみ殺す笑顔をみせた。
「それで……それで最後には『本当によく頑張ったわね、リズはすごくえらいわ』って、褒めてあげるの。私にはそれくらいしか、してあげられないから」
たとえ本心は違っても、彼女はリズのためなら耐えられる。『ずっといっしょにいてあげる』そんな約束を思い出しながら。




