第19話「潜入」
────計画が実行に移されたのは翌日の夜だ。
シトリンが襲撃者の男に変装し、ソフィアがリズベットの無事を確認したがっているので夜までに考えてほしいと伝えたところ、代理人の男から『短時間なら構わない』との返事を受けて彼女たちは邸宅周辺で作戦の再確認を行っていた。
「……と、いうわけで邸内には私とソフィア様のふたりで潜入することになります。クレイグ様は敷地の周辺でお待ちください、問題が起きたときには、窓をたたき割って大きな音を立てます。突入はそれを合図として頂けますと……」
「承知している。信頼できる部下も言われたとおり用意した」
あまり大事にはしたくないというソフィアの頼みから、彼の部下のなかでも口が堅く、とくに功績を挙げてきた者を数名のみ連れて来た。
「助かります。……アニエス様には有事の際に私たちに非がないことを証言してもらうため王城に残って頂いていますので、仮に流血沙汰になったとしてもコールドマン家側の責任を問うことができるはずです。それではよろしくお願いします」
約束の時間を迎え、ソフィアは変装したシトリンに連れられて邸宅へ向かう。大きな黒いローブを着せられて「どうしてこんなものを着なくてはいけないの?」と尋ねた。
サイズが大きく、ぶかぶかして歩きにくい。それでも必要なものだった。
「目立たないためです、邸内に入るまでは我慢してください。彼にとっては私がどこのだれか見られたら困るので、ついでのようなものです。それより心の準備はよろしいですか? 門は開けられていますが、邸宅の扉を叩けばその先で命の保証はありませんよ」
庭は比較的、外からでも確認の取れる視界の開けた場所だ。しかし邸内は違う。たとえ窓があったとしてもカーテンを閉められていては窺いみることはできないし、アゼル自身も危害を加えないとは限らない。
「ええ、大丈夫。わかっているつもりよ」
返事をしてから思いきり息を吸い込んで、ゆっくり吐く。
「それでは……行きましょう。私もついていますから、落ち着いて」
扉を数回ノックする。しばらくして、わずかに扉が開く。
「連れてきました、例のガキです」
「……入れ、てばやく済ませよう」
迎えたのはアゼル本人だ。落ち着かない視線は彼の警戒心のあらわれだろう。ソフィアをみる目が、どこか同情も含んでいるように感じた。
「はやく玄関を閉めろ。君たちを見られるのは好ましくない」
「そりゃあすいません。ほら来い、さっさと入れ」
わざとらしくソフィアの背中を強めに押す。シトリンは柄にもない演技で、いささか面倒くさそうな表情を浮かべている。
「リズはどこ、あの子に指一本でも触れようものなら……」
「アタシならここにちゃんといるよ、ソフィア」
リズベットはすぐ近くに待機させられていた。表情は曇っていて、うつむきがちだ。
「リズ……。良かった、無事だったのね」
こくりと彼女はうなずく。見れば、普段のボーイッシュな印象を受ける服装とは違ってドレスをまとっている。快活な彼女にはあまりに似合わない、とソフィアはアゼルを横目に「自分がなにをしてるか分かってるの?」恨みを込めて強く睨む。
「これは教育だ。コールドマンの人間としてのな」
「娘の生き方を否定するのが教育とは驚きね」
腹立たしさを隠し切れずに強い口調で返す。
「君には関係のないことだ、もう顔を見れたんだからじゅうぶんだろう」
リズベットを手中に収めたアゼルにとってもはや魔女代理といえども恐れはなかった。なにかを企てたところで彼女を盾にすることさえ厭わない気でいた。
眺めていたシトリンは、それがチャンスだとばかりに口を開く。
「旦那、ひとつ相談があるんですが」
「……なんだ。犯した失態についての謝罪かね?」
「ハハ、手厳しい。ですが、そうじゃなくて」
軽々しい口調で自分が違う人間だと悟られないように注意を払いながら、シトリンはにやりといやらしさのある笑みを浮かべて言った。
「この娘も軟禁しておいたほうがいいんじゃねえかと思いましてね」
「わざわざ反抗の意志が見える娘を邸内に置いておけと?」
「ええ! もうひとりのガキがいればコイツも抑制ができる。むしろ外にいてウロつかれたほうが面倒じゃあありませんか。なにしろあの魔女が味方につくかもしれない、そうなったらコールドマンの立場も危うくなる……でしょ?」
腕を組んでアゼルはしばらく考える。たしかに一理ある、と感じていた。
ソフィアが魔女と繋がっている以上、知られるのはまずい。いや、知られたとしても今のままでは困るのだ。リズベットとソフィアに諦めの感情を持たせなくては、のちのち大事になりかねない。まして魔女との血の繋がりをわずかでも残すコールドマンの血統が公に拒絶されでもしたら落ちぶれる可能性もじゅうぶん納得できる。
ソフィアは手に拘束具を付けており、リズベットを前に狂暴性をみせず、抱える怒りを秘めたままにしているのを見れば助言を受けたとおりであるとアゼルが信じるのは当然の流れだ。「よし、それなら」と懐から小さな鍵を取り出す。
「彼女が暴れないよう君が連れて行ってくれ、ここからまっすぐ横に見える廊下を進んだ先に鍵のかかった扉がある。私がひとりになりたいときに使う地下の書斎だ、そこに彼女を閉じ込めておけ。その後どうするかはこれから考えるとしよう」
もし暴れられでもしたときアゼルにはひとりで押さえられるほどの腕はない。雇った男に任せたほうが確実だった。鍵を受け取ったシトリンは『うまくいった』とニヤつく。
「……了解。任せといてください、旦那」




