第17話「疑念」
クレイグの表情が一瞬、曇った。
「彼女に関わる事件ですか?」
アニエスはゆっくり首を振って哀れむ。
「残念だけれど、彼女の死は自殺で決着がついたでしょう?……今回は、あの子のお姉さん。リズベット・コールドマンが父親に軟禁されているみたいなのよ」
クレイグは優しく情熱家として周囲から評価されており、エイリンとの仲も聞けば初々しい恋愛話になるほどだ。彼は今回の騒動でソフィアたちに何があったのかを聞くと眉間にしわを寄せる。
「実の娘を道具のように扱っている、と。話はおおむね理解いたしました。この身に協力できることがございましたらなんなりとお申し付けを」
近衛隊の隊長として立派に役割を務めてみせると意気込む彼をアニエスは自慢げに「どう、良い男でしょう」と紹介した。
「ではアニエス様、私が変装してソフィア様を連れ、邸内に潜り込めるような状況を作ってみます。助け出せそうならすぐにでも実行に移しますが、有事の際にはクレイグ様の手をお借りしてもよろしいですか? 彼ほど人望のある方ならばアゼル様が嘘をでっちあげて我々を悪人に仕立て上げるのも難しいはずです」
相手がいかにコールドマン家の人々とは言っても、立場だけでいえば近衛隊や王族を相手にできるほどの強さは持たない。正々堂々と争うことになれば、いかに巧妙な嘘を創り上げたところで暴かれてしまうのは明白だ。
「もしソフィア様に何か起きそうでしたら、今度は必ず助けてさしあげますので問題ありません。彼らがいかに表向きに良い評価を築いていたとしても、その裏側がいかに汚れているかを人々に教えてあげましょう。きっと良い薬になりますよ、とても」
確固たる自信を持ったシトリンの宣言に全員頷く。
「では決行は後日、私がうまくアゼルと面会してソフィア様を連れていきますので、皆様には近辺で待機をお願いします。具体的な内容は明日以降に話しますので」
いったん区切ろうとしたシトリンに、ソフィアが「話すべきことは決まってるの?」と尋ねると彼女は「ええ、もちろん」そう答えたうえで明日以降でなければ話すつもりはないことをハッキリと言い直して示す。
「では本日は解散ということで。クレイグ様も本日はありがとうございました、明日にまたお声を掛けさせて頂きますので。アニエス様も今日は会食のお約束があると伺っております。ソフィア様は私が見ておきますから大丈夫です」
急かすように話をまとめたシトリンは、早々にふたりを部屋から出してソフィアとふたりきりになる。アニエスが別れ際に「じゃあ今度は任せるわね」と回復を喜び、ひとまずは自分の務めを果たすためにクレイグも連れていく。
足音が遠ざかり部屋の周囲に気配もなくなったところで鍵を閉めた。
「まずは遅れてしまいましたが回復おめでとうございます」
「ありがとう、シトリンさん。おかげさまで元気になってきたわ」
「良かったですね。では鞭打つようで申し訳ありませんが……」
彼女は無表情ながらも、瞳に不満を宿しているように見えた。
「どうにもあのクレイグという方は信用なりません。なにか裏がありそうな……エイリン令嬢の死について悲しんでいるふうに見えないんです」
エイリン・コールドマンとクレイグ・オルディールの仲の良さは周囲の誰もが知っている。だが〝自殺してしまった〟。幸せだったはずの令嬢がなぜ、そのような悲しい結末を迎えてしまったのか?
リズベットの欠けたコールドマン家はヴィンヤードの血を守るために、平凡で自由な生き方しか知らなかったイレーナとエイリンに役目を背負わせようとする。しかしイレーナは気が強く反骨精神を持っていたからか決して血統に人生を握りつぶされたりはしなかったが、末娘であったエイリンは甘やかされて育ち、取り憑かれたようなアゼルの豹変ぶりに憔悴していったのが原因だとされている。
クレイグのもとにそうした内容の書かれた手紙が遺されていたからだ。その頃からアゼルは大人しく後悔の日々を送り『良かれと思ったことだった、そんなに苦しんでいるふうには見えなかった』と周囲に打ち明けていた。アニエスもそう聞かされたひとりであり、シトリンはローズと共に報告を聞いたことがった。
「結局、エイリン令嬢はどうやって亡くなったの?」
「手紙を遺した翌日、河川に浮いているところを発見されました。入水自殺と考えられているようですね」
しかし、とシトリンは人差し指をぴんと立てる。
「私は彼女が殺されたとしか思えないんです」




