第16話「確実な手段で」
シトリンは既に外から邸内を覗き、リズベットがアゼルに連れ歩かれているすがたを見ている。少なくとも地下室のような陰気な場所よりはマシな部屋を与えられているのだろう。万がいち誰かに見つかったときでも、そのほうが言い訳が通りやすい。
「厳重すぎることはなさそうです。もとより貴族、接触する人間は限られていますから。……そこでソフィア様が暴れたことにして、リズベット様に会わせるべきだと提言します。既にカフェのひと悶着で彼もあなたへの印象は定まっているはずです」
もしソフィアがリズベットの身を案じて暴れたとしたら、どれほどの影響があるかはアゼルには未知数だ。雇った人間の質の高さから考えても彼がハイリスクな思考を持っているとは考えにくく、メリットを大きく与えることが出来れば隙も生まれる可能性は高いと踏み、実行に移せばソフィアをうまく潜り込ませる手段もあるとシトリンは話す。
「しかし油断はできません。アゼル様単独でリズベット様を連れ戻し、邸内に捕らえておくことは正直言って不可能です。警備の兵を雇っているわけでもなく、外から確認できたのは庭師だけ。……と、いうことは協力者がいるでしょうね。たとえば奥様や、ご息女のイレーナ令嬢。加担するとしたら、このふたりかと」
邸内で雇われている侍女の行動範囲など限られている。主人が〝入るな〟と命令した場所に踏み入ったり、覗きに行ったりなどわざわざ危険を冒す理由はない。
ならば問題点となるのはコールドマン夫人、レヴァリーと娘のイレーナ。アゼルとの根強い関係にあるとしたら、このふたり以外に考えられなかった。
「どちらもすがたは確認できていませんが……」
邸内は広く窓はカーテンが開いているものの、敷地が高い塀に囲まれているため正門から見える範囲でしかシトリンも確認はできていない。
「でも、シトリンさんって神出鬼没よね。誰かに気配を悟られたりもしなければ突然現れたり消えたりも出来る。……こんな贅沢を言うのは間違ってるかもしれないけれど、その能力があるのなら忍び込んでリズを連れ出すことは出来ないのかしら?」
遠まわしな頼み方をして卑怯だとソフィアは自身でも感じていたが、どうしても気弱な部分を打ち払いきれずにどうにか安全策を講じれないかと思案する。
シトリンはゆっくり首を横に振って深く否定した。
「気持ちは分かりますが、そう便利なものでもないのです。気付かれる可能性はじゅうぶんありますし、そうなったときアゼル様が形振り構わない野蛮な行動に出るのは目に見えています。あなたたち二人を捕らえるために用意された者たちが良い証拠では?」
安全と思った行動が裏目に出てはならない。用意周到に、多少遠回りにはなっても確実な手段を取る──あるいは少しでも確率をあげる──方法を取るのが最善策であり、それだけをシトリンは譲ろうとしなかったしソフィアも納得した。
ただ臆病でそう言っているのではなく実際にソフィアは刺されていて、もしシトリンが現れてくれなければ今頃は確実に死んでいたからだ。
「わかったわ、なら最初に言っていたとおりにしましょう。アニエスもシトリンさんと同じ考えをしていたようだし、それがベストな選択肢なのかもしれないわね」
リズベットには少々辛い思いを強いることにはなるだろうが、問題を解決するためには嫌でも呑み込まなくてはならないこともある。ソフィアとしても落ち着かない気持ちだ。しかしそれが良い結果に繋がるのなら今は耐えなくてはならないと諦めた。
方向性が決まったところでアニエスが手を叩く。
「なら、もうひとり協力してくれそうなひとがいるわ!」
コールドマン家の行いが事実であれば彼らを後々に捕まえなくてはならないし、救出作戦の途中で危険な事態に発展することもあるだろう。そういった状況に備えるために、アニエスは「コールドマン家とは関わりが深いひとがいるの」とメイドに呼んでくるよう指示をした。
しばらく待って、やってきたのは勲章を胸にした立派な正装の男性だ。柔和な雰囲気をしているが服の上からでも分かる磨きあげられた肉体の鍛錬ぶりが分かる。
「初めまして、近衛隊隊長のクレイグ・オルディールです」
ベッドにいるソフィアの傍で膝をつき、胸に手を当てて挨拶をする。
「ソフィア・スケアクロウズよ。よろしく、クレイグ」
「よろしくお願いします。……それで女王陛下、私を呼んだ理由は?」
ただアニエスが客人に会わせたいと呼んでいる、とそう告げられただけで理由については聞いていなかったクレイグは不思議そうにする。忙しい彼をひとり呼びつけることは滅多とない。よほどの事情が絡んでいるに違いないとソフィアを見て感づいていた。
「実はコールドマン家のことでいろいろあってね。詳しく話すんだけど口外は禁止で、どうしてもあなたの力を貸りたいのよ。──エイリンの元婚約者として」




