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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第二部 スケアクロウズと冷たい伯爵

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第15話「一夜明けて」

──朝、ソフィアはひどく(うな)されて目が覚めた。


 どれだけ声を掛けても振り返ってくれず、前を歩いて遠くへ行ってしまうリズベットの背中を追い掛けても距離は縮まらない。やがて彼女が小さくなっていくのを何度も止めようと呼びかけたが反応はなく、ひとり取り残されてしまう嫌な夢だ。


 全身にどっぷりと冷や汗を掻いて目を覚ましたとき、窓から差し込む陽射しにほんのわずかに安堵した。今のが夢でよかった、現実ではそうならなければいい、と。


 手の温かい感触に目をやると、椅子に腰かけて彼女と手を繋いだまますやすやと眠るアニエスのすがたがある。扉の傍ではひとりのメイドが立ってニコニコと見つめながら「先ほどまでは起きてらしたんですよ」と小声で言う。


 弱気になってしまっていたソフィアの気持ちがすこしでも楽になるのなら。アニエスは自分の大事な初めての友達のために、つきっきりだったと聞かされる。


「ん、うーん。……あら、ソフィア! 体調はどう?」


 うすぼんやりと目を覚ましたアニエスは、先に起きていたソフィアを見て途端に元気いっぱいになって尋ねた。


「ええ、ずいぶん良くなったわ。あなたのおかげよ、アニエス」

「良かった。あのまま死んでしまうんじゃないかと心配だったの」


 生死の境を彷徨うこともある、とシトリンに半ば脅迫じみた言い方をされていたので、ソフィアがわずかに身動きするだけでも異変が起きたのではないかと平穏ではいられなかった。ときどき侍女がやってきて彼女を信じて睡眠をとった方がいいと言われていたが、体力が限界を迎えるまで傍を離れようとしなかったらしい。


「ごめんなさい、私が……服も着替えさせてくれたのね」

「ええ、メイドたちにも手伝ってもらったわ」

「あっ。そうだ、リズベットを探しに行かないと……」

「だめよ、まだ安静にしてないと。顔色、あまり良くないから」


 多少マシになったとはいえ、昨日の今日で動き回れるほどの状態ではなく顔もまだわずかに青白い。元気に振舞ってはいるが、かすかに息苦しそうにみえた。「シトリンが戻って来るまでは待ちましょ」と我慢を促されて仕方なさそうに俯く。


「昨夜は驚いたのよ。なかなか戻ってこなかったし、落ち着かなくてウロウロしてたらシトリンがあなたを連れて帰って来るんだもの。リズベットはいないし……でも事情は分かったわ。もし困ったことがあれば頼ってくれると嬉しいかな」


「ありがとう。私、焦ってばかりで……ずっと手を繋いでいてくれてすごく安心したし、気持ちも落ち着いたわ。あとはリズベットをどう助け出すかなんだけど」


 自分はともかくリズベットが怪我をするような事態は避けたい。だが彼女がどこに囚われているかも分からず、アゼルを出し抜かない限りは難しいと頭を悩ませる。


「それでしたらもう見つけましたのでご安心を、ソフィア様」


 鼻にツンとした臭いがしてふわっと輝く紫煙が舞う。部屋のなかにはシトリンが相変わらずの無表情をして立っていた。


「すみません、お待たせしました。いろいろと探りを入れてはみたのですが、邸内に足を踏みいれることはできませんでした。今はかなり警戒しているようで」


 まだリズベットをさらって一夜明けたばかりだ。当然と言えば当然で、ソフィアがどのような行動に出てくるのか様子を見ているらしく、雇った男たちとも直接的な接触はなく、別の場所で代理人のやり取りがあるだけだった。


「手紙のほうも差出人の名前はないですし、筆跡を調べたとしてもおそらく代筆でしょう。内容も普通のモノにしか見えない細工をしてあります。どうにかして邸内に入ろうにも、誰かになりすますにはいささか条件が厳しく……」


 腕を組んで困ったふうなシトリンに、ソフィアは首を傾げる。


「でも昨夜は御者の男にすがたを変えていたでしょう?」

「ああ、それは……こほん。言えませんが色々あるんです」


 苦笑いをしてごまかす。それ以上のことを彼女は言おうとしない。


「分かったわ、無理に聞いたりしない。知らない方が幸せってこともあるでしょうから。……それで、何か良い案はないかしら? 合法的に乗り込む方法」


 3人揃って頭を悩ませたが、アニエスとシトリンは風が吹いてきたかのようにハッと顔をあげ、揃ってまだ悩んでいるソフィアを見つめた。


「なに、私のことをじっと見つめても名案はないわよ」

「そうではないですよ、ソフィア様」


 シトリンはニコッと悪い笑みを浮かべて言った。


「あなたをエサにしたら入れるんじゃないかと思っただけです」

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