第14話「代わりにはなれないけど」
「アゼル・コールドマンが雇った汚れ仕事を生業としている者たちのようです。暗殺者に近いようですが、一部では誘拐などにも手を染めていますね」
コールドマンと聞いてアニエスが驚かないはずがない。くらっとして額に手をあてた。王家にとっては親交の深い、由緒正しい家柄のひとつだ。
「ああ、まさかそんなばかな。あのアゼルが?」
「他人なんてそんなものですよ、アニエス」
シトリンの物言いは厳しく冷たい。
「彼はあなたを裏切るつもりはなくとも必要であればどんな手段でも使う人間だった、それだけの話です。でなければソフィア様が狙われることもなかった」
「……ええ。その通りよ、シトリン。じゃあすぐに──」
「話聞いてました? もしかして頭に虫でも湧いてます?」
助けに行く準備を整えようとするアニエスを心底愚かだと呆れるようにシトリンが睨む。現状で急いでも良い結果は得られない。アゼルはじゅうぶんに逃げ道を用意しているはずだ。急いでいるときこそ冷静にならなければならない。
「ソフィア様の状態もかなりひどいものです。私が処置をいたしましたが大量の出血に加えて魔法を使ったせいで消耗が激しく、下手をすれば死ぬ可能性さえいまだゼロではありません。まずは朝まで様子を見て頂けませんか」
幸いにも怪我は治っているが、血を流し過ぎてしまった。ローズのおかげで魔力の消耗は少なく済んだものの、肉体的負荷が多少なりともかかった状態のソフィアは問題なさそうに見えても危険な状態だと言える。
「わかったわ。でも、このままジッとしているわけではないんでしょう?」
「ええ。まずはコールドマン邸へすんなり入れるよう私が手引きします」
自信のある笑みを浮かべたシトリンは、小さく胸を張る。
「アニエス様がご存知の通り、私は契約者の意向に沿う絶対的義務があります。──今回、ローズ様は手出しをいたしません。二人目の魔女であらせられるソフィア・スケアクロウズ様にすべてを一任すると仰いました。そして私は彼女たちの補佐を承っておりますので、下準備はお任せくださればと思います」
ふわっ、と霧のようになって早々に消えたシトリンは、仕事に向かう。そのあいだ事情を知るアニエスはソフィアの傍にいることを約束した。
「……そう、あなたは二人目の魔女。すごいひとだったのね、ソフィア。あなたに友達になってなんて偉そうだったかしら? ゆっくり休んでね」
「待って。ひとりにしないで、アニエス」
か細く、力のない声。のばされた手がドレスの裾をつかむ。
「ソフィア。どうしたの、ひとりでいるのが怖いの?」
彼女の手が震えているのに気付き、傍に屈んで目を合わせる。うっすらと目に涙を浮かべて震えながらこくりと頷かれて、アニエスは手を握って優しく答えた。
「じゃあいっしょにいてあげる。朝までだって平気よ」
「ありがとう。……起きたらひとりなのが怖くて」
いまだ抜けきらないトラウマはリズベットと共にいて克服されてきたところだ。しかし今は傍にいない。それがどうしても怖くてたまらなかった。
「私ね、アニエス。孤独に耐えられないの、今もまだ。何百年も城のなかにいて、やっとリズベットのおかげで前を向けるようになってきた。でも全部が夢だったんじゃないかって、朝もしリズが、ううん、私の知るすべてが嘘のようになにもなかったらどうしようって、怖くてたまらなくて……ありがとう。このまま手を繋いでいてくれる?」
救えなかったことへの悔しさ。孤独にされたことへの恐ろしさ。無力な自分への悲しさに打ちのめされて、いつになく弱気になっていたソフィアの涙をアニエスはそっと指で拭う。
「私ではリズベットの代わりにはなれないけど、今だけは頼ってちょうだい。もう安心していいのよ、ソフィア。私が──ううん、違う。ヴェルディブルグ王家があなたの味方をしてあげる。絶対に見捨てない、必ず力になると誓うわ」
その言葉が、今はなによりも支えになった。王家の人間までもが力を貸してくれるというのだ、これ以上の心強い存在はないだろう。安心しきったソフィアは「ありがとう、すこしだけ、眠るわね」とまたゆっくり目を閉じた。
「……かわいそうに。あなたをこんな目に遭わせたやつなんて絶対許してあげないんだから。ううん、きっと許しちゃいけないのね。任せて、私たちが絶対にあなたの背中を支えてあげる。絶対に倒れることがないように、みんなでね」




