第4話「新たな旅に目的を」
大昔。スケアクロウズ家が魔導書を手に入れた頃、彼らは自分たちの利益のため魔法の力を宿した道具をいくつも作った。とくに害があるものなどはほとんどないが、そういったものを大量に──それも限られた貴族や商人だけを選んで──売りさばいて資産を築き上げたのだ。
しかしいずれ魔女の耳に入らないとも限らず、彼らはそういった道具が悪事に使われた際は『魔女のせいにしてしまえばいい』と薔薇の刻印をいれるようにした。のちにスケアクロウズ家が正式に紋章となったのは魔女を貶めるのに失敗したからだ。
「私たちスケアクロウズの汚点でもあり、ある意味では名誉とも言えるわね。私も直接お会いしたことはないのだけれど、とても優しい方だったと聞いているわ。あんなもので利益を得ていた私たちを許し、家紋も正式なものになったのだから」
魔女の怒りを買うのが恐ろしく静かに暮らしていたが、魔法を扱える力を手放すべきではないという彼らの考えからソフィアはある種の〝生贄〟として選ばれた。彼女だけが反発したため、他の者に対する見せしめの意味もあったのだろう。スケアクロウズの意に沿わない者はたとえ身内であっても許されない、と。
「きっと魔女様は知らないわ。スケアクロウズ家は狡猾で、自分たちの利益になるなら誰であろうと利用するもの。嘘だって平気でつくような人たちなんだから。……しかも、こうして魔道具まで出てくるなんてね。迷惑が掛かる前に回収しなくちゃ」
魔道具は時代を経た今、誰が持っているか分からない。今回は運よく回収できたが、世界各地のどこにどれだけ存在するかを考えるとため息が出そうになる。だが魔女に任せるわけにはいかない。時の流れに任せるのではなくスケアクロウズの生き残りとしての責任だと彼女は力強い気持ちを胸に抱く。
「それで、神父様から回収したアレは?」
荷台でガタガタ転がる銀製のアロマポットを振り返る。ソフィアは興味もなさげに流れる景色を見つめながら。
「本来は催眠効果がある道具よ、他人を意のままに操るための。でも使った当人が手放せなくなるのは、きっと劣化したのね。刻まれた魔法の言語が削れて違うものに変化してしまったのかも。私には効かないから関係ないけれど」
もともとは貴族や商人が自分に優位な取引をするのに相手を招いて、用いた香料の匂いに催眠効果を持たせるといった悪事に使われていたらしく、自分たちにも影響が出かねないとスケアクロウズ家でも話題に持ちあがり廃棄された。
おそらくはいくつか世に出たうちのひとつだろう、とソフィアはがっかりする。そんなものがまだ現存していることに、内心で静かに腹を立てた。
「なるほどね。それなら旅先でそういう道具が出回ったり、誰かの手に渡っていないか聞いてみないとだね。モンストンは小さい町だから知り合いも多いし」
「手間を掛けさせてごめんなさい、リズ」
「ううん、旅の目的ができて丁度いいじゃない?」
ただどこかへ足を運ぶだけでもリズベットは楽しかった。なんの目的もなくふらふらと各地を旅して周り、そのときの季節、そのときの町の風景を楽しみながら、そのときの思い出を心に刻む。そんな自由を謳歌していた。だから、なにか目的があったとしても彼女にとっては延長線上の話だ。新しい思い出をつくる口実にしてしまえばいい。
「とりあえず危険なものも少ないって話だし、モンストンの町をゆっくり回ろう」
「ええ、そうね。次はたしか……エリス商会に行くんだったかしら?」
「君に似合うアクセサリーを探しにね。きっと良いのが見つかるよ」
馬車が町を駆け、風を切る。身に感じる肌寒さも忘れて見えて来た大きな木造の建物を指さす。
「あれがエリス商会だよ。アタシはたまに寄るんだけど────」
商館の前に立っていたふくよかな男が誰かと話している途中でリズベットに気付き、にこやかに大きく手を振った。
「おお~い、リズベットじゃないか! ひさしぶりだなあ!」
「こんにちはレオネルさん。今日は銀細工の仕入れある?」
商会の前で馬車を停める。レオネルはリズベットに良い笑顔を向けた。
「もちろん。好きなだけ見ていってくれ、安くしとくよ」
「ありがと! 友達といっしょにお土産買おうって思ってさ」
レオネルは彼女の隣に座っているソフィアに目を合わせる。
「なるほど、面白いじゃないか。俺はレオネル・エリス・ホーだ。爺さんから受け継いだ商会の会長をやってる。お嬢ちゃんは?」
馬車から降りたソフィアは握手を求めて来た彼に応えた。
「ソフィア・スケアクロウズよ。よろしく、ホーさん」
「レオネルでいいよ、気楽にな。さあさ、ふたりとも中へ!」
案内を受けて商館の中に入る。暖炉が焚かれていて外よりも少しだけ暖かいが、扉を開ければたちまち冷気が入り込む。
「お客様だ、ジャーニー。すこしだけ対応を頼む」
「はい、旦那様。玄関は鍵をかけておきますのでごゆるりと」
受付カウンターで書類の整理をしていたジャーニーという男性は、音も立てずに椅子から立ち上がってすぐに商館の正面で待つ行商人のもとへ向かう。横を通り過ぎるとき「いらっしゃい、リズベット。モンストンを楽しんで」と小さく頭を下げた。
手を振ったリズベットに、ソフィアは「人気者ね」と微笑む。
「アタシ、モンストンにはよく旅行に来てるからさ」
「羨ましいわ。私はいつも独りぼっちだった……」
「でも今はアタシがいるでしょ? いいじゃん、それで」
さらりとしたソフィアの銀色の長い髪を指先ですくいあげるようにして触れ、にやっと笑う。突然のことに彼女はどきりとしてパッと一歩退いた。
「あなた、スキンシップの距離が近すぎない?」
照れ隠しにツンとした態度を取ってみると、リズベットは首を傾げる。
「馬車に乗ってたときはぴったりくっついてたじゃん」
「そうだけど……そうだけどそうじゃないっていうか……!」
「よくわかんないなあ、君は。ま、それは後にして、ほら」
レオネルが車輪のついた箱を引っ張ってくる。彼がふたを開ければ、なかには丁寧にひとつずつ薄い布に包まれて傷つかないよう重ねられた銀細工の数々が詰まっていた。
「これが今日の仕入れた分だ。気に入るものがあるといいな」