第13話「救い出すためには」
実際に彼女が傷ついたかどうかはともかくとして、変身術が使えるシトリンはすがたや声だけを真似るだけでなく〝記憶さえ持って化けられる〟という今回の件で最も役に立つだろう能力まで持っていた。
しかし、それだけでは証拠として不十分だ。確実にアゼルを追い詰めるためには、雇われた男たちとの繋がりを示す何かが必要だと考える。
「先ほどの男はアゼルと個人的な繋がりしかない。……さすが貴族とでも言うべきでしょうか、証拠を残さないよう慎重に徹しているようです。ですが必ず追い詰める方法はあります。そう、たとえば──他の誰かが知りえないコールドマン家の話があればいい。エイリン令嬢の死んだ理由とか最適じゃないですか」
ソフィアが瞬間、誰の事かと首を傾げてから思い出す。
「ああ、エイリン令嬢ってリズの妹のことね。カフェでそんな話を……ごめんなさい。今なんと言ったかしら、エイリン令嬢が死んだですって?」
耳を疑う話だった。シトリンは平然と答える。
「ええ、昨年に亡くなっておられます。それも自殺で」
「……なんでまた自殺なんて。何があったの?」
「さあ。ですが、アゼル様がリズベット様に執着する原因ではあります」
立ち上がってスカートの埃を払い、馬車の御者台に乗り込む。
「ひとまずお城へ行きましょう。すぐにリズベット様を迎えに行けば危害の及ぶ可能性もあります。ここはいちど捕まったようなふりをして油断させておくほうがリズベット様を安全に救い出す計画も立てられるはずです」
体力を失ったソフィアが回復しないことには、リズベットが無茶をして怪我を負う可能性もゼロではない。なりふり構わないアゼルの行いにはシトリンもうんざりだった。
ふらふらしながら、ソフィアは荷台に転がり込むように乗って横たわる。息も切れ気味で頭もまだぼんやりとした晴れない気分だ。
「……ごめんなさい、シトリンさん。これでは魔女の代理として失格ね」
「最初ですからそんなものです。今は回復を急ぎましょう」
「ええ、すこし眠らせてもらおうかしら。迷惑をかけるわ……」
「到着したら起こして差し上げますよ、ごゆっくり」
馬車が走り出し、がたごと揺れるのに車輪の転がる音を聴きながら、ソフィアは半ばぐったりとした様子で眠りにつく。いちどだけしとりんは彼女を振り返る。
「ローズ様、今回の件いかがなさいますか?」
どれだけ離れていても契約者との繋がりはある。すべての事態は魔女であるローズにすべて伝わっており、ソフィアが傷ついている状況でどこまで手を貸すべきなのか判断を仰ぐ。返って来たのは『好きなようにさせてやれ』だった。
「いいんですか? ソフィア様はご迷惑になりたくないようですが……そうですか、わかりました。アニエス様でしたらご理解も頂けるでしょう」
その後も城へ戻るまでシトリンはローズと会話を続け、馬車を正門前で停めてから見張りの兵に「通してください、アニエス様に御用がありますので」と伝える。魔女の付き人としてよく知られているらしく、すんなりと門は開かれた。
「ソフィア様、大丈夫ですか? 着きましたよ」
「……ん、んん。大丈夫よ、ありがとう」
既に遅い時間になっていて、城内はやや騒々しい。というのも彼女たちがなかなか戻らないからと心配になったアニエスが、玄関まで迎えに行くと言い出して聞かなかったからだ。シトリンとソフィアがやってくるのを見て、やっと険しく落ち着かない表情がやんわりとしたものへ変わった。
「シトリン! 久しぶりね、あなたも来てたの?」
「ええ、ちょっとした事情がありまして」
「そうなのね。とりあえず部屋に行きましょ……リズベットは?」
陽射しのように明るく温かな心をした彼女のすがたが見当たらないことに疑問を感じたが、シトリンが静かに首を横に振ってから「あとで話しましょう」と言うと察して引き締まった真剣な表情に変わる。
「……なにがあったのか詳しく聞かせて」
「はい。ソフィア様も立っているのがやっとなので」
メイドたちに手伝わせてソフィアを連れて行ったのは、彼女たちを泊めるために用意した広い部屋だ。まだ顔色の悪さが伺え、ベッドで横にさせると「しばらく誰も部屋に近付かせないで」と指示を出して近衛兵の数人だけが部屋の周辺に残った。
「これで大丈夫、時間はいくらでもあるわ。ゆっくりでいいから事情を説明してちょうだい、シトリン。ソフィアをこんな状態にしたのはどこの誰?」
アニエスの瞳には、はっきりと怒りが滲んでいた。




