第11話「嘘つきの罠」
ソフィアとリズベットがお揃いの薔薇細工のあるアクセサリーを身に着けているのと同じように、親交の証としてアニエスとの絆を示すものを探そうと町へ繰り出す。
観光客が多い王都ラルティエではアクセサリーを売る店は非常に多く人気があるため、カフェやレストランにも並ぶほどだ。どこを見ても良さそうなものばかりが売っているが、残念ながらソフィアたちが探しているものは見つからなかった。
オズモンドに紹介してもらった店に寄りつつ、陽が暮れ始めるまで探し続ける。最後に足を運んだオルティオ商会でも薔薇の細工があるアクセサリーはないかと尋ねたが、首を横に振られてしまってがっかりな気分で帰路に着く。
「なかなかないもんだね。特注は時間が掛かっちゃうし……」
「仕方がないわ、探してるときほど見つからないものよ」
「うん。にしても良いアイデアだったね、薔薇のイヤリングって」
着飾ったアニエスのすがたを見て、ソフィアはいちばん衣装に紛れたりせず目立ってくれそうなイヤリングはどうだろうかと提案し、リズベットは大いに喜んで「それがいい」と探していた。結果的に見つかりはしなかったが、ラルティエの観光は始まったばかりだ。出て行くまでに用意が出きれば良いくらいの気持ちで胸にとどめておく。
「どうする、まっすぐ帰っちゃう? それともどこかに寄っていく?」
「悩むわね。まだ数日はいるから焦らなくてもいいんだけれど」
夜には帰ればいい。それまでの時間はじゅうぶんある。きょろきょろと近場に良い店がないかを探していると、ひとりの男が傍に馬車を停めて声を掛けた。
「すみません、お嬢さん方。さっきオルティオ商会にいたよね」
「……? ええ、いたけれど、それがどうかしたの?」
男は自分をあまり儲かっていないちんけな行商人だと言い、王都にあるいくつもの店と取引をしていると気さくに話す。
「聞くつもりはなかったんだが、薔薇のイヤリングを探しているんだろ? この近くに小さくて個人が経営してる店があるんだが案内させてくれないか」
ふたりにとって悪い話ではない。少し考えてから「行きたいわ」とソフィアが答える。リズベットは黙ってうなずく。
「でも、タダじゃないんでしょう。いくら払えばいいのかしら」
「なに、あんたらが気に入れば店主からマージンを頂くさ」
まずは馬車に乗るようふたりに言った。中程度の幌馬車で、荷台には他にも人が乗っている。若い男ふたりで、御者とは違い寡黙で険しい表情だ。
「あなたたちもどこかへ連れて行ってもらう予定?」
「……ああ。この男はそういう仕事もしてる」
奇妙な雰囲気にソフィアは訝しむ。不穏な気配が真実だと察したのは、馬車がしばらく走り出してからのことだ。
ラルティエは広い都市で、当然だが貧しい者たちが集まって暮らす区域もある。馬車が向かったのは、そうした場所のなかでも人の少ない通りだ。いや、見れば分かるくらいに誰もいない。暮らしの痕跡はあってもひと目を避けるように存在していなかった。
「すまない。ちょっとトラブルだ、全員降りてくれ」
御者の言葉に全員が馬車を降りる。トラブルというわりには何も起きておらず静かなものだった。馬や車輪に何か異常があったふうにも見えず、ソフィアが「トラブルっていったい何があったの?」と尋ねた──瞬間だった。
「あぶない! ソフィア、避けて!」
「えっ? どうしたの、リズ────」
何かが脇腹に触れる。一瞬の冷たさと鋭い痛みが灼熱のようになって彼女を襲う。彼女は瞬時に理解した。今、自分はナイフを刺されたのだと。
「ッ……! なんてこと、してくれるのよ……!」
腕力では敵わない。咄嗟にソフィアは腕輪を使って荊で自分を刺した男を絡めて転ばせ、すぐにリズベットの傍にいるもうひとりの男へ荊を伸ばす。
「うおっ、こいつ何者だ!? おい、動くな! こっちのガキがどうなっても良いってんなら好きなようにしやがれ!」
抵抗を試みたリズベットだったが、相手がナイフを持っているせいで無理はできず、首筋に金属の冷たさと感触が伝わって息を呑んだ。
「くっ……卑怯なことを……! リズを放しなさい!」
どろりと溢れる血。にもかかわらず意識はリズベットに向いている。
「おい、なにやってんだ! どっちも殺すなって言われただろうが!」
行商人を名乗った男が他の男たちを怒鳴りつけ、怪我を負っているソフィアを後ろから蹴飛ばして倒れさせる。うつ伏せになった彼女に馬乗りになって、ズボンのポケットから出した革紐で手を縛った。
「そっちの紅い髪のガキ連れてさっさと戻れ」
「あ……わりい。そいつはどうするつもりなんだ」
「俺がなんとかするからさっさとしろ!」
「そ、そうだな。わかった、あとは任せる」
捕まったリズベットも同様に手を縛られ、馬車に押し込まれる。走り出そうとするまで何度もソフィアの名を呼び続けたが「それ以上騒いだら殺されちまうぞ」と脅されると唇をかんで黙ることしかできなかった。
怪我をしているソフィアは、だんだんと呼吸が乱れ始める。痛みと苦しみに耐えかねているのだろう、血を流し過ぎて顔色もどんどん蒼ざめていく。
「くそっ、止血なんて出来ねえぞ。馬鹿共が余計な真似しやがって」
「あ、あなた……アゼルの……コールドマンの差し金ね」
「ハッ、誰が。俺が親切に正体明かしてくれるとでも思ってんのか」
「期待した私が、馬鹿だったわ……リズを、返してよ……」
「いつまで言ってんだ。まずは自分の命の心配でもしたらどうだよ」
男は助けようとしながらも彼女を無様だと馬鹿にした。
「まあ、仮にあんたが死んでも計画は変わんねえだろうぜ。口八丁なひとだからよ、適当に作り話でも考えてくれる。……助かりそうもねえし、ここで死んどけ。安心しろ、死体は物好きな奴が楽しむのに拾って帰ってくれるさ」
もう助からないだろう、と諦めた男は万が一にもソフィアが逃げ出さないよう、懐にも持っていた革紐で足まで縛ろうとした。
──だが、背後から投げられた言葉にぴたりと手が止まる。
「では私が持ち帰ることにいたしますので、退いてくださいませんか。でないと命の保証はしませんよ?──私、嘘はつかない主義なんです」
月明かりの下で、紅色をした宝玉のように輝く瞳が男を映した。




