第9話「女王陛下のお友達」
アニエスは、必要なときに必要な場所へしか行くことがない。いや、行くことが出来ないというのが正しいだろう。ヴェルディブルグの女王として彼女はそれらしい生き方しか選べず、その立場から友人と呼べる者はひとりもいない。
ときどき侍女にあれこれと愚痴をこぼし、自由へのあこがれを夢物語として話すだけ。孤独すぎることはないが、それでも寂しい気持ちはあった。
「シャルロット様のように自由にはなれない分、いっしょにお茶をして本音で話してくれる友達が欲しかったの。こうして広い城のなかにいても、私を心から想ってくれるひとはなかなかいないから……だめかな?」
ソフィアとリズベットは顔を見合わせる。決して嫌な話ではないどころか、むしろ光栄だ。声を揃えて「ぜひ」満面の笑みで彼女の願いを迎え入れた。
「私たちでよろしければ女王陛下の友達になりたいですわ」
「アタシも同じです、女王陛下。お友達、いい響きですよね!」
温かい言葉にアニエスは自身の立場も忘れて、グッ、と拳を作って喜ぶ。
「よろしくね、ソフィア! それにリズベット! あなたたちが私の最初のお友達よ。──というわけで、敬語は禁止。普段通りにお願いね。さあ行きましょ!」
急な話に困惑するふたりに隙を与えず、メイドたちを連れて食堂へ歩き出す。
若くしてヴェルディブルグの女王となったアニエスは、年の近い──ソフィアは見た目だけだが──ふたりと食事をして、ゆっくりした時間を過ごすのが楽しみでたまらないらしい。スキップ気味な足取りにメイドたちも微笑ましく見つめている。
「にしても若いね、女王様……こほん、アニエスは」
女王となるには若すぎる年齢。母親もまだ存命だろうとリズベットが尋ねると、彼女は顎に指を添えながら言った。
「母は病気がちで最近は悪化するばかりで。医者も雇ってはみたのだけど限界があって、公務にも支障が出てしまうからと早々に引退を決めちゃったの。知っての通りヴェルディブルグは女性が主権を握っている稀有な文化を持っているから、父が代理を務めるのもどうなのかと話が持ち上がって、私がこうして引き継ぐことにね」
いつかは自分が継ぐと分かっていても、いざそのときが来てみれば日々の公務の多さ──加えてこれまで彼女が嗜んできた趣味も捨てられず──に忙殺されて、以前のようにちょっとしたわがままを言うことさえ出来ない。
正直言ってひどくがっかりした。これまではのんびりとお茶を飲んで、暇さえあればダンスや楽器のレッスン。ときどき庭を散歩するくらいだったが楽しかったのだ。それが突然、多くの貴族と面を合わせたりパーティに出席しては興味のない自慢話や家族の紹介をされて、うんざりするほどの毎日に変わってしまい、前の生活が恋しくて仕方がなかった。
「籠の鳥でいることが嫌じゃないんだけれど、ときどきとても寂しくなるのよ。お母様やお父様に心配も掛けたくないし……だから、ふたりみたいな友達と文通とかできたらすごく幸せじゃない? どこにいても繋がっている気がするんだもの」
どうせ戻れないならせめてひとつだけわがままを。そう願ってローズとシャルルに手紙を出してみると、帰って来た返事が『とても優しくて良い子たちがいる』といったものだった。絶対にアニエスの願いをかなえてくれる、と。
「訪ねてきた子たちがいると聞いたときに手紙を読んですぐピンと来たわ。こういうときってローズ様もシャルロット様もやることがびっくりするくらい早いから」
きっと良い関係を築いてくれる、そんな希望を抱いて友達になってほしいと声を掛けたときの緊張は、内心で叫び声をあげたくなるほどだった。そんな話をするアニエスに、ほんのわずかにソフィアは親近感を覚える。
「アニエス、私もあなたとは良い友達になれそうだわ」
「フフッ。本当に? 嬉しい、ありがとうソフィア!」
いつもは落ち着いた雰囲気の王城も、廊下を歩けば陽気に満ちていく。運よく今日を自由に過ごせていた──城のなかだけという条件下ではあるが──アニエスの最初の友達。気を遣わず、自分と同じ目線に立ってくれそうなふたりに出会えた幸せが周囲をも巻き込んで温かい気持ちを抱えさせた。
「さあ着いたわ。ちょうど準備も出来たみたいだから、さっそく食事にしましょう。それからゆっくり聞かせて、ふたりの旅のお話とかね!」




