第8話「お出迎え」
────アゼルたちから遠く離れ、数十分。遠く離れ、ソフィアたちが歩いて向かう先は王城だ。ラルティエのどこよりも巨大で、まさしくヴェルディブルグの象徴的な建造物。しかしいつになくふたりの雰囲気は重たく、会話も進まない。
「……リズ、ごめんなさい。私のせいよね」
がっかりだった。余計なことをして気分の悪い思いをさせてしまったのは、自分の家族関係が上手く解決できたことによる希望だったのだろう。結果は最悪な方向へ進み、リズベットは心底不愉快だったに違いないと落ち込む。
「気にしなくていいって。もう会う気もないし、ソフィアが良かれと思ってしてくれたことなんだ。アタシはそれを責めるつもりなんかないよ?」
いつまでも暗い気分のままではもったいない。リズベットは明るく返して、「それよりさあ」預かった手紙と小箱を振りながらニコッと笑う。
「もしかしたらアタシたち王城に入れたりするのかな?」
「シトリンさんが言っていたから、きっとそうよ。楽しみだわ」
気を取り直し、新しい期待を抱いて王城の大きな門前までやってくる。見張りの兵たちが長らく平和な国にあっては嬉しいことに退屈で、あくびをしているところへ彼女たちがやってくると慌てたように背筋を伸ばして姿勢を正す。
「ここは王城です、関係者以外の立ち入りは許可されておりませんが」
「ええ、わかっているわ。これをアニエス女王陛下に届けるよう言われて」
手紙と箱を兵士の男に渡す。彼は封蝋を確かめたあと「しばらくお待ちいただけますか」他の見張りと小声で話して、急ぎ王城のなかへ。三十分ほどしてからようやく戻ってきて、彼女たちに笑顔をみせた。
「女王陛下がお会いになりたいそうです。案内の者が入り口で待っていますので、どうぞこちらへ!」
門の内側から見る王城の前庭は広く、玄関までが遠い。ゆっくり歩きながら見事に整えられた美しい景観に「バーナムさんのところよりも手が込んでるわね」とソフィアも誉め言葉をぽつりともらす。彼女たちを連れ歩く兵の男が胸を張った。
「ヴェルディブルグ王城の庭は世界各地から腕の良い職人を雇っておりますので。このような場所で働ける我々は幸せ者であり、なによりの誇りであります」
「とてもいいことだわ。あなたのようなひとがいるから平和なのね」
照れて頭を掻く。滅多と褒められることはないようだ。
「こちらです。それでは、あとは案内の者に」
男が見張りへと戻っていく。軽くお辞儀をして王城の開かれた二枚扉のむこうへ足を踏み入れた。どこまでも続く赤い絨毯、美しく磨き上げられた石造りの内装。一定の間隔で高そうな甲冑や壺、絵画などが飾られている。
「よく来てくださいました、ソフィア。それからリズベット」
ふたりがやってくるのを待ち、そのすがたを見つけて声を掛けたのは気品のある美しい女性。ふんわりとした髪の見事な金色と澄んだ青い瞳はシャルルとよく似ていた。
「私がアニエス・マリアンヌ・ド・ヴェルディブルグです」
名乗られた瞬間、ふたりは大慌てで膝をつく。
「は、初めまして。アニエス女王陛下、私たちは魔女代理として──」
「ああ、そう畏まらないで。シャルロット様のご友人でしょう?」
アニエスが受け取ったのは異国の地でのお土産と、シャルルが定期的に出している近況報告の手紙だ。そこにしっかりとソフィアやリズベットという新しい友人について書かれており、女王と言えども魔女と近しい人物のほうが立場は上と考えていた。
「ちょうど食事が始まる頃だったの、おふたりもいかが」
「よろしいんですか、ごいっしょさせて頂いても」
「アタシたち、迷惑にならなきゃいいんですけど」
まさかただ入るだけでなく食事まで誘われるとは思っておらず、ふたりの動揺は隠しきれない。そんなふたりの様子にアニエスは口もとに手を当てて小さく笑いながら「たくさんお話を聞かせてほしいわ」と嬉しそうな顔をする。
傍で待機していたメイドたちに「大事なお客様だから、すぐに使える部屋の用意をお願い。食事が済んだら案内してさしあげて」と指示を出す。
「そ、そんな女王陛下。アタシたちにそこまでして頂かなくても……」
「あら、もしかして宿を取ってあったかしら」
「い、いえ! そうじゃなくて、ご迷惑かと」
「だったら気にしないで、私がしてあげたいの」
遠くから王都まで足を運んでくれたというだけで嬉しいとアニエスは、宿に泊まらず王城でゆっくりしていくように言う。
「ローズ様やシャルロット様が紹介してくれるほどだもの。──ね、良かったら今日は泊って行って。それから私の友達にもなってくれると嬉しいかなって」




