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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第二部 スケアクロウズと冷たい伯爵

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第7話「渡りに船」

 モンストンでルクスと出会ったとき、彼の陰湿さにリズベットが怯えるほどの相手ではないだろうと感じたが、いざ目の前にすべての原因となる男を見て憎悪にも近い感情が湧き上がった。世界が許すのなら傷つけることさえ厭わないほどに。


「これは家族の問題だ、君には悪いが部外者には──」

「申し訳ないけれど部外者というほどでもなくて、」


 指を鳴らす。ふわっと紫煙が舞って、どこからともなく手に取った魔導書を彼に見せつけてソフィアは誇らしい笑みを浮かべた。


「私も言えば親戚みたいなものよ。血もあなたより濃いと思うわ」

「そ、それは魔導書……君が、いや、そもそもなぜ持っている?」

「二冊目よ、魔女様から頂いたの。あなたは何もないのかしら」


 小馬鹿にするように鼻を鳴らして、ソフィアは魔導書を手に抱える。


「たかが血筋ひとつで自分が偉人にでもなったつもり? それなら魔女様に直接会っていただいたらどう、手紙のひとつでも出してみたら。どうやって渡せばいいかも知らないくせに。まだカレアナ商会のほうが信頼を得ているのではなくて?」


 唇をかんでいらだちを抑えようとするアゼルに彼女はさらに続けた。


「そもそもヴィンヤードの地が滅んだ理由を話せるのかしら。魔女が故郷を捨てた(・・・・・・)からよ? それをヴィンヤードの血筋がどうとか、魔女との繋がりを大切にするのならまず本人に会って認められた証拠でも持ってきなさいな。彼女が誇りに思っていれば分かるけれど、そうでなかったら──あなたたち、良い恥さらし(・・・・・・)よ」


 言いたいことを言い終えて、ソフィアは「行きましょう」とリズベットの手を引く。ローズたちと出会い、自信のついた彼女にはアゼルなど相手にするほどの人物でもない。もしリズベットに危害を加えるようなら、それが精神的であれ肉体的であれ許せなかっただろうが、どちらが優位な立場であるかは分かっている。


「……それが本物だという証拠は? 下らん手品で私を惑わせているだけではないのか、ソフィア・スケアクロウズ」


 悔し紛れのひと言に立ち止まったソフィアが睨む。


「往生際の悪いひとね。自分が信じなければ偽物に過ぎないと?」

「当然だろう、見せつけて啖呵を切ったのなら」


 ソフィアが嘘をついている可能性もゼロではない。ただこの場をやり過ごそうとするのは誰にでもできることだ。アゼルの考えを見透かして彼女は仕方なく魔法を使うかと瞬間迷った。彼を納得させるには、それ以外ないだろう。


 だが最終的には使わずにいることを選んだ。


「ごもっともな言い分だけど、おいそれと魔女様から預かったものを使えるわけがないでしょう? 許可もなく身勝手な振る舞いで示すつもりはないわ」


「そうやって煙に巻くつもりか。物言いのわりには大したことのない」


 扇動には乗らない。彼の言葉がいかに意味がなく引き留められるほどのものでないか、ソフィアはそのまま立ち去ることを答えにした。


「待て、リズベットは連れて帰ると言っているだろう?」

「あのね、この子はあなたの所有物ではなくて──」


 突然、カウンターから店主の「うわっ」という声が響いて、ふたりの会話を途切れさせる。全員が振り向いた先には、ひとりの女性が立っている。


「よくありませんよ、アゼル様。その方々、れっきとした魔女代理なんですから丁寧な態度を心掛けませんと……あ、ついでに言えば王家とも繋がっているんですよ」


 立っていたのはシトリンだ。いつ、どこからやってきたのかは分からない。ルビーのように美しい輝きを持つ瞳がアゼルを憐れむように映す。


「わあ、シトリンさん! どうしてここに?」


 さきほどまでの剣呑な雰囲気も忘れて、リズベットが嬉しそうに尋ねる。彼女は「休暇をいただきまして、ちょっとおふたりのストーカーをしてました」と冗談めかして言ったが、目は決して笑っていなかった。ソフィアはおそらく何かしらの理由があって傍にいたに違いないと踏んだ。


「き、君は誰かね……? 魔女だ王家だと話しているが……」

「ああ、失礼。初対面でしたっけ、これはうっかり」


 店主に小さく頭を下げてからカウンターを出て、彼の前にたったシトリンはスカートの裾をやんわりと持ち上げて深々とお辞儀をする。


「私はシトリン・デッドマン。レディ・ローズの侍女であり、魔女代理であるおふたりのサポートも担っております。……実は手紙を預かっておりまして」


 どこに持っていたのか、首から服のなかへ手を突っ込んでゴソゴソと取り出したのは封蝋のされた手紙と小さい箱だ。


「はい、リズベットさん。何でも屋もされているそうで、実はこれをアニエス女王に届けてほしいとシャルロット様からのご依頼です。私が王都に行くと言ったらついでに届けるように言われちゃったんですけど、まあそういうことでお願いします」


 アゼルのことをわざと相手にせず、シトリンは話を続ける。


「封蝋のスタンプは王家の紋が入った特注品ですので、門まで行ってそれを見せれば中に入れてくれるかと。きっとアニエス様もお喜びになるはずです」


 ふたりをくるりとまわして背中を向けさせ、ぽんと押す。


「さあさあ行った行った。大事な話はまた今度ゆっくりしてください、今日のところは仕事を頼みましたから最優先にお願いしますよ」


 戸惑うソフィアたちを店の外に出し、彼女はバシバシと手をはたく。


「あなたも今日のところはお引き取りを、アゼル様」

「……仕方あるまい。だが逃げ出すようなことがあれば──」

「大丈夫ですよ、私が連れて行きますから。ですが……」


 ちくりと刺すようにシトリンは言った。


「お互い、隠し事はなしといきましょう。そうまでしてあなたが出て行ったはずのリズベット様に執着する理由が亡くなった(・・・・・)アイリン様にあることも」


 そのまま彼女はあしもとから輝いて舞った紫煙に包まれ、小さな笑い声だけを残して消えてしまった。

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