第4話「手を繋いで」
会っても、きっといい話ができるとは思えない。顔を合わせて互いに嫌な気分を抱くくらいなら、最初から会わないほうがいい。リズベットのそうした気持ちを汲んで、オズモンドは「悪かったね」と小さく謝り、地図を折りたたんで返した。
「私の知るかぎりの場所は印をつけておいた。とはいっても王都は広いから、もっと良い場所も見つかるだろう。さあ、時間が遅くなる前に行っておいで」
「えへへ、ありがとう。めいっぱい楽しんでくるよ!」
歓談もほどほどにしてリズベットたちは席を立つ。
オズモンドは彼女たちを玄関まで見送った。
「しばらくは王都にいるんだろう? 良かったら、また息子にも会いに来てやってくれ。君に感化されて『自分の夢を叶えたい』なんて言って、今は風景画を描くのに凝ってるみたいなんだ。それで今日は絵の具を買いに出たきりでね」
話していればそのうち戻ってくると思っていたが、予想は外れて帰ってこなかったのをオズモンドは肩をすくめて残念そうに笑った。
「うん、わかった。今度はちゃんとお土産持ってくるから!」
「ははは、君が会いに来るのがいちばんの土産だよ」
ひさしぶりの王都にやってきて、リズベットが楽しそうに話しているのをソフィアは嬉しそうに横目で見つめる。バーナム家がどれほど彼女の支えになってくれたかを思うと感謝の気持ちさえ湧いてきた。
「ソフィアくん、リズベットをよろしく頼むよ」
「ええ、もちろん。むしろ私が世話になっているくらいだわ」
軽い別れの握手を交わす。「またおいで、いつでも歓迎するよ」とオズモンドの言葉にふたりは小さく頭を下げてから邸宅をあとにする。別れ際にはしばらく大きく手を振って歩いた。「王都を出る前に挨拶に来るね!」と声を張って。
「オズモンドは良いひとだったわね。バーナム家はみんなそうなの?」
「うん。庶民に優しくて、腰の低さからみんなに慕われてる」
バーナム一家の家訓は『支えなくして貴族にあらず』。人々が担う日々の労働が自分たちを支えてくれていることを忘れてはならない、という考えを持っている。そのため還元と称して定期的に参加の自由なパーティを開くなど、彼らなりの努力もしているようだ。リズベットが慕う理由もよく分かる、とソフィアは頷く。
「パーティはできるだけ初めてのひとを優先。問題を起こしたら即時出入り禁止とか、しっかりルールも作ってるみたいだよ。アタシはまだ行ったことないんだ。貴族に関しては招待制なんだって、庶民とトラブルになりやすいからって」
自分たちが持つ爵位をひけらかすのは、子供を相手に大人が力ずくの勝負を挑むのと同じ恥ずかしい行いだ。オズモンドはそう言ってこれまでに何人かを出入り禁止にしている。ここは庶民のためにある場所だ、と敷地の外まで聞こえるような大声で怒鳴っていたのを聞いたことがあるとリズベットは言う。
「そのときに思ったんだよね。アタシ、コールドマン家の言いなりになってるのはすごく嫌だったけど、バーナム家に嫁ぐのなら我慢できるかもって。……まあ、結局は旅に出ちゃったんだけど。なのに馬車まで用意してくれてさあ」
バーナム家が彼女を送り出したあと、周囲が彼らをどう見たのかは簡単に想像がつく。いくら公爵家と言えども破談され、ましてや相手が自分の夢を叶えるのを優先したとなると貴族から見れば『とんでもない愚か者』であり『公爵家のご子息には見る目がない』などと嘲笑も浴びたことだろう。
それでも再会して嫌な顔どころか温かく彼女を迎えてくれたバーナム家当主・オズモンドには、頭があがらない思いだった。
「あなたは良いひとたちに巡り合えたのね。シャルルさん、それからバーナム家のみんな。ちゃんとあなたを支えてくれるひとたちが周りにたくさんいる」
「それはソフィアだってそうだよ。君にもたくさん助けられた」
「ふふっ、ありがと。これからもそうありたいものだわ」
シャルルやオズモンドたちバーナム一家のようにリズベットが誇りに思えるような人間として、これからも関わっていけたら。城の最上階で誓い合ったように、どこまでもいっしょにいられたら。そんなふうに考えていたソフィアの手を彼女は握った。
「当たり前じゃん。それはアタシもだよ、ソフィア」
手を繋いで歩きながら、リズベットは温かい微笑みを向ける。
「アタシたちは誰よりも最高のパートナーだもん、そうでしょ!」
「……ええ、その通りよ。誰よりも大切なパートナーだもの」




