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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第一部 スケアクロウズと魔法の遺物
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第3話「薔薇の刻印」

 食事を終え、先にソフィアを外で待たせておいて代金を払おうとするリズベットに、モーリスは「今日はいい。そのまま行きな」と首を横に振る。


「お前が誰かを連れてるなんて初めてだろ。今回はタダでいい」

「太っ腹だねぇ!……ソフィアちゃん、訳ありでさ」

「だろうな。世間知らずのお嬢様仲間ってか」

「アハハ! それ結構正解かも!」


 楽しげに笑って財布代わりの袋の紐をぎゅっと絞める。


「じゃあ、お言葉に甘えて観光に行って参ります!」

「活きのいいこった。楽しめよ、二人旅」

「ありがとう、またよろしくね!」


 外に出て、馬車の前で待っているソフィアに手を振る。「待った?」と聞くと彼女はやんわりと否定した。「そんなことないわ」にこりと優しい表情で言った。


「えーっと、まずは教会へ行ってそれから……」


 御者台に乗って手綱を握り締める。となりにはちょこんとソフィアが座る。


「荷台じゃなくていいの? ここ窮屈だよ」

「いいのよ。だって、こっちのほうが景色がよく見えるから」

「……ふふっ、それもそうだねえ。じゃあ出発しようか」


 教会まで行く途中、ふと横目にソフィアを見る。城のときと同じドレス。煌びやかだが決して派手過ぎず、いかにも平凡なくたびれたシャツと革のパンツを履いているリズベットが現地で雇った付き人のように見えた。


「モンストンを出る前に古着屋へ寄ってみようか」

「古着屋? どうして新しいのを買わないの?」

「高いから。あと、旅をしてるとどうしても汚れるんだ」


 すぐにね、と彼女は指でつまむような仕草をする。二週間のモンストンへの旅路でソフィアはたしかにそうだと頷く。雨が降った日、ドレスが汚れてはいけないからと用があればリズベットが折りてはパンツの裾を汚していたのを思い出す。


 靴はすぐに泥だらけになっていたし、さぞ気を遣わせていただろうと申し訳なさそうに笑いながらも、わずかにリズベットに寄りかかって。


「そうね。じゃあ私に似合う服を見繕ってくれる?」

「もちろん。アタシ、そういうの得意だよ」


 流れる景色を楽しみながら、ふたりで他愛ない話をしてモンストンの広場までやってくる。道沿いにある小さな教会の前で馬車を停めて入っていく。中では既に朝の礼拝を終えてロアン神父が静かに聖書を読んでいて、扉から差し込む光に顔を上げる。


「……? ああ、これはリズベット。こんにちは」

「こんにちは、神父様。近くに寄ったから挨拶でもと思って」

「良いことです、リズベット。あなたの行いは神も見ていますよ」


 いつものように軽く握手を済ませ、彼の視線はソフィアへ流れた。


「こちらはお連れですか? 初めまして、ロアン・フィンクです」

「ソフィア・スケアクロウズよ。初めましてロアン神父」


 しわくちゃなロアンの手は思ったよりもがっちりとしていて、よく体が鍛えられている。ソフィアはすこし痛そうにしたが、彼は気付いていない。放したあと彼女は背中に手を隠して痛みを飛ばそうと軽く振った。


「そうだ、リズベット。久しぶりに頼みたいことがあるのですが」


 彼は聖書の傍に置いてあったアロマポットを手に取る。銀製で卵型をした少し派手な見た目のもので、ソフィアはそれに薔薇を模した刻印があるのを見つける。ロアンは困ったように頭を掻いて、それをリズベットに渡す。


「友人が行商人から買い取ったもので最初は見た目が美しいので気に入ったそうなのですが、使うと気を失ったように時間を過ごしてしまうそうなんです。それで気味が悪いからと処分を頼まれたんですが……なぜか私もこれを捨てるに捨てられなくて」


 ロアンも困り果てていた。ただのアロマポットだが、どうしてか捨てようとは思えない。気味が悪いはずなのに、と。そこで、なんでも屋に近いことをしているリズベットなら引き取って処分してくれるのではないか? そう考えたらしい。


「それ、夜になって香を焚いたりしていないかしら」


 割って入ったのはソフィアだ。ロアンはぎょっとした。


「どうして分かったんですか?……その通りなんです、どうしてかとても使いたくなるんです。理由は分からないんですが、たしかに気を失ったように、なんというか眠りに落ちてしまうんですよね」


 フッ、とソフィアは目を細めてニヤッとする。


「大丈夫よ、大した害のない代物だから」


 受け取って彼女は手でそっと薔薇の刻印を撫でた。


「でも聖職者が持つには褒められたものではないわ。ある種の呪物的なものよ、悪魔祓いでもどうにもならないような。だから私が処分してあげる」


「……は、はあ。よく分かりませんが、処分できるならお願いします」


 それからふたりはロアン神父に別れを告げて教会をあとにする。馬車に乗ってから、リズベットはソフィアが雑に荷台へと放り投げたアロマポットをちらと見た。


「ねえ、ソフィア。あれはいったいどういうモノなの?」

「魔道具よ、魔法の力が宿った道具。薔薇の刻印があったでしょう」


 不愉快そうな表情で言った。


「あれはスケアクロウズ家(・・・・・・・・)の紋章(・・・)よ。それも魔導書を奪った日に創られた、最低最悪のね」

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