第3話「家族には会わずに」
リズベットには初耳の話だ。シャルルがヴェルディブルグ王家の人間だというのを知らず、ちらと横目にソフィアを見れば彼女はさっと顔をそらしてしまった。
「もしかしてソフィアも知ってたの?」
「……ええ、知ってたわ。本人から聞いたもの」
黙っていたわけでなく聞かれなかったから答えなかった程度の話だが、リズベットとしては言ってほしかったのは間違いない。すうっと目を細めて「教えてくれても良かったじゃん」と口先を尖らせて不満げだ。
「リズベット、お友達を責めてはいけないよ」
「わかってるけど、なんだか仲間はずれな気分っていうか」
知っていたらもっと丁寧な対応を心掛けたのに、と彼女が頬を膨らませる。オズモンドはくすくす笑って、首を横に振った。
「それではシャルロット様にとって意味がなかったんだろう。ありのままの君と仲良くなりたかった、そういうふうには考えられないかね?」
「むっ……。そう言われると何も言えないや」
ぼりぼりと頭を掻いてリズベットも笑う。
「あっ、ところでおじさん。アタシたち、このあと適当に宿を取ったら観光をするつもりなんだけど、おすすめの場所ってあるかな? しばらく来てなかったから、もうどこに行ったらいいか分からなくなっちゃってさあ」
家を飛び出してからは王都から出来るかぎり離れた場所で旅をしていたリズベットは、慣れ親しんだ町に並んでいたはずの見知った店がいくつもなくなっているのをがっかりしながらも、ならば新しい店を巡ってみたいとオズモンドに地図を出す。
「良かったら、ここに書き込んでくれない?」
「いいとも。すこし待っていなさい」
部屋の前で待機していたメイドにペンを取りに自室へ向かわせ、しばらく待つ。「すみません、遅くなりました」と渡されたのは、いかにも高級そうな万年筆だ。
「おじさん、ペンだけは高い奴ばっかり集めてるよね」
「ハハハ! そう、眺めてるだけでも落ち着くほど好きなんだ」
地図を広げていくつも新しく出来た店や、自分がよく足を運ぶ場所などに目印をつけて「君たちも良いものを持っていたほうが良い」とお気に入りの文房具店まで印がつけられている。リズベットはあまり興味がなさそうだが、ソフィアは魔導書に新たに書き込むこともローズから許可されているため、せっかくだから良い筆が欲しくなった。
「オズモンドは良い場所をたくさん知っているのね」
「ああ、長年暮らしているから。ソフィアくんは王都に来たことは?」
「実は今回が初めてなの。リズが連れてきてくれたのよ」
「そうかね。他の町にはない賑やかさがある、ゆっくり見ていくといい」
「ええ、ありがとう。……リズ? どうかしたの?」
広げた地図にぼうっと視線を落としたままのリズベット。声を掛けられると我に返り「ううん、なんでもない」と何かをごまかすように取り繕った笑みを浮かべる。
「そう、ならいいけど。あまり抱え込まないでね」
「もちろん、何かあれば相談するよ」
本当は黙っているつもりのくせに、と言いたかったソフィアもぐっと言葉を呑み込んで、彼女がそのうち話してくれるだろうと信じることにした。
「ふうむ……。リズベット、そういえば王都に戻って来たのならご両親には会っていかなくていいのかね? それか、妹さんたちに」
仲が良くないのはオズモンドも知っている。だが血の繋がった家族なのだから、いつか別れてしまったときに後悔をするのではないかと感じて提案する。リズベットは手を組んで、もぞもぞと指を動かしながら「いまさら会うなんて無理だよ」と答えた。
「アタシはもう貴族として生きていくつもりはないし、ヴィンヤードの血を守るつもりもない。きっと妹たちだってアタシのことを憎んでるに決まってるよ。責任押し付けて逃げ出したお姉ちゃんのことなんか、思い出したくもないって」
たった二、三年の話だったとしても、辛い日々を送る者にとっては何倍もの時間に感じる。リズベットは自身がそうだったように、妹たちもきっとそうして生きているはずだと思った。あの厳しさだけで積み上げられたような両親は、彼女にはルクス以上に怖い相手──あるいはルクスを恐れて何もできなくなった元凶──とも言える。
「……そうかね。まあ、無理をして会う必要もないだろう」
「うん、ごめん。今回はこのまま観光だけして帰るよ」
「わかった、彼らには私から元気にしていたと伝えておこう」




