第2話「バーナム邸でお茶会を」
邸宅はすぐ近くで、オズモンドはふたりを案内する。ラルティエでもかなり大きな部類の邸宅は前庭も広く、手入れが行き届いていて美しい景色だった。
「さすが公爵家は違うよね、規模が。オズモンドおじさん、また庭の雰囲気変わったみたいだけど、もしかして新しい庭師を雇ったの?」
「前の庭師は引退されたんだ。その代わりに弟子を寄越してくれてね」
当人が辞めると言い出さないかぎり雇用を続けるのがバーナム公爵家の方針であり、特にオズモンドは料理人やメイド、庭師まで高い給金に加えて定期的な休暇も与える。そのため、新たに雇われる者にとっては〝天国〟とさえ言われることも多い。
今まさに作業中だった庭師が声を聞いて「お帰りなさい、旦那様」と手を止めて、にこやかに振り返る。まだ若く、ソフィアよりもやや大人な程度の雰囲気をしていた。
「今日はもう休んで構わないよ、リック」
「あ……でも、まだ終わってませんから」
「そうかい? 気が済んだら帰りたまえ。家族が心配するだろう」
「ありがとうございます、そうさせて頂きます」
良好な関係を築くことを大事にしているオズモンドは、彼らがいつでも疲労の溜まった顔色をしているのが好きではない。少しずつでも良い、給金に差異は出さないと宣言して長時間の労働をさせない工夫にと考えたが、それでも彼らはよく働くらしい。
「お客人だ、えーっと……君たち、飲み物は?」
「アタシはコーヒーかな!」
「今日は紅茶がいいわ。別々でも構わないかしら」
「もちろん良いとも。ではそれらを用意させよう」
指示を受けたメイドたちはキリッとした様子で親指を立てた。
「さ、こちらへどうぞ。落ち着かないかもしれないが」
邸内を歩き、やってきたのはよく使っている応接室だ。中は豪華な家具を揃えており、高級感の溢れる雰囲気は今のリズベットたちには得意な場所ではないだろう。やってくるのがほとんど貴族のため、彼はそうしているのだと言う。
「私の好みではないんだが、貴族同士にもなると見栄も必要でね……。適当に座ってくれたまえ、久しぶりに会えたから旅の話でも聞かせてはくれないか」
「あはは、むしろ聞いてほしいくらい!──すごく色々あったんだから」
生まれた地である王都ラルティエを捨てて飛び出し、ルクスと出会って酷い目に遭わされたことも。色んな土地で魔女と間違われたりしたことなども話し、ときには辛く悲しい思いをさせられて自分のなかの喪失感に押しつぶされそうになっていたところでソフィアと出会い、様々な経験を得たと彼女は嬉しそうに語る。
なによりふたり口を揃えて自慢げにしたのは、魔女との出会いだ。
「──それからアタシたち、魔女様の代理になったんだ。今はなーんにも仕事は入って来てないけど、そのうち連絡を取ることもあるかもね」
「あのレディ・ローズが代理を君たちに……ハハ、それはすごいな」
届けられたコーヒーをひと口飲みながら、オズモンドは目を丸くした。
「昔はそうではなかったらしいが、今では現地にいる人々が見かける程度で雲より行方を掴むのが難しいとすら言われてるんだ。実際のところ私も直接会ったのはかなり昔の話だから、君たちはよほど信頼に値したんだろう。本当に素晴らしいことだよ」
どこへ行って、誰と話をしても身分にかかわらず魔女──あるいはレディ・ローズと言えば──を知らない者はいない。出会い、声をかけられたりすることはあっても懇意な関係を築ける人間はそういないだろう。
話を聞かされたオズモンドは、正直に「羨ましいよ、あのような方に信頼を頂けるだなんて」と肩を竦めながら言った。
「リズはそもそもシャルロットさんの言葉で旅に出るのを決意したそうだから、これも必然的というか運命のめぐりあわせみたいなものかもしれないわね」
「アハハ、また会えて嬉しかったなあ。今はどこにいるんだろう?」
ぴたり、とオズモンドの手が止まる。彼女たちを見つめて。
「まさかとは思うが、あのシャルロット様のことかね、お美しい見目の」
「……? うん、そうだよ。おじさんも会ったことあるの?」
「ああ……。レディ・ローズと会ったときに傍にいらっしゃったんだ」
なにも知らないリズベットが不思議そうにする横で、既に何の話かを察したソフィアは黙ったまま視線を床へ逸らして静かに紅茶を飲む。
「いいかい、リズベット。君は知らないみたいだが、その……あの方はシャルロット・フロランス・ド・ヴェルディブルグ。──魔女が恋人として選んだ永遠に絶えない王家の血を持っている。つまり我々の誰もが頭の上がらない方なんだ」
ニコニコして聞いていたリズベットが石のように固まった。
「へえ~、そんなにすごい人────ごめん、もっかい言って?」




