第1話「王都観光」
人で賑わう大都市。モンストンやウェイリッジとはまるで比べ物にならないのが、ヴェルディブルグ王都・ラルティエ。陽射しの温かな季節になれば観光シーズンで、国内外問わず多くの人々がやってくる。
今も昔も変わらず列車で都市へきて、町中の移動手段には馬車を使うのが主流だ。
「うわあ……王都はこんなにも美しいのね、リズ!」
愛らしい麦わら帽子に町娘らしい穏やかな雰囲気のある衣装に身を包んだソフィアが、ふわっと吹いた風に飛ばされないよう帽子を手で押さえながら町の景色へ目をやった。
「でしょ。アタシもしばらくぶりだから懐かしいなあ」
あとから降りて来たリズベットが、ソフィアの頭にぽんと手を置く。
「やっと連れてこれて良かったよ。君には見せたくてさ」
「とても賑やかで素敵だわ。列車に長時間揺られた甲斐はあるわね」
銀細工探しの依頼が終わったふたりは、ローズたちと別れたあと数日を置いてから旅を再開し、ウェイリッジに馬車を預けたまま近いという理由でラルティエへ観光に訪れた。城や商館、あるいは貴族の邸宅以外は背の高い建物はないが土産物はどこを歩いても売っていて、ソフィアはとくに食べ物に目移りしている。
「見て、リズ。串にソーセージを刺して焼いているわ」
ソフィアが売店を指さして目をきらきらさせる。
「ああ、食べ歩きしやすいようにだね。他の町じゃホットドッグが主流だけど、王都ラルティエは観光都市としても有名ですごく広いから、時間が足りないって人はああいうのを買っていくんだ。アタシたちも買っていく?」
宿を探すにも、まだ昼になったばかりで時間に余裕はある。ゆっくり探しても広い町に宿は土産屋と同じく需要が高く数も多いため問題ない。ソフィアはすぐに「買うわ! いいえ、買って!」とリズベットに迫った。
「あはは、食べるの好きだなあ。ちょっと待ってて」
リズベットが売店に並ぶあいだ、ソフィアは周囲をきょろきょろ見回す。
(リズが戻ってきたら、次はどこに行こうかしら? どこをみても入ってみたくてうずうずしてしまうわね。ああ、どうしよう? なんだか幼い子供に戻った気分!)
美味しそうなケーキ専門店、都市らしい垢ぬけた服飾店。世界各地から集めたと触れこんでいる骨董店も見逃せない。落ち着かない気持ちで待っていると誰かが彼女の肩に手を触れて「どうかされましたか?」と声を掛けた。
「あら、ごめんなさい。友達を待っているところなの」
見たところ初老らしい身なりの整った男性で、ソフィアはすぐに彼の着ている服の質が良いことに気付いて『名のある貴族の人間だろう』と感じる。
「ああ、それは失礼な勘違いをしてしまいましたね」
「お気になさらず。ラルティエが初めてなのは事実ですわ」
「そうでしたか。観光を楽しんでください、レディ」
「ええ。そうだ、あなたのお名前を聞かせて頂いても?」
「オズモンドです、オズモンド・イロンデル・ド・バーナム」
軽い握手を交わし、ソフィアは笑顔を向けた。
「ソフィア・スケアクロウズよ。よろしく、バーナムさん」
ちょうど、そのときに戻って来たリズベットが慌てた様子をみせる。
「うわっ、誰かと思ったらオズモンドおじさん!?」
「ん?……おや、これはリズベット。もしや友達というのは」
オズモンドがリズベットとソフィアを交互に見た。
「ハハ、そうか。新しい友達かね? 本当に会えて良かった!」
「うんうん、久しぶり! 病気は治ったの、おじさん?」
「まさか。だが腕の良い医者を見つけたおかげで息苦しさも楽だよ」
オズモンド含むバーナム家は、リズベットにとって恩人たちである。「どういう関係なの?」とソフィアに尋ねられて、すこしだけ恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。
「前に話したの覚えてるかな。アタシの元婚約者、オズモンドさんの息子さんで、すごく優しいひとだったんだ。……って、あ! お土産買うの忘れてた!」
そのうち挨拶に土産を持って行こうと思っていたリズベットだが、そんなことはすっかり忘れてソフィアと楽しく観光に夢中になっていた。
「構わないよ、そんなもの。君に久しぶりに会えたのが良い土産さ。……それより、ふたり共これから時間はあるかね? 良かったら私の家でお茶でもいかがかな」
誘われてリズベットはソフィアに視線を送る。彼女がどうしたいかで返答を考えているらしい。もちろん、すぐに気付いた。
「私は構わないわ。リズ、あなたはどう?」
「もちろんアタシも。お邪魔しちゃっていいですか?」
ふたりが誘いに乗ってくれて気をよくしたオズモンドはしっかり頷く。
「私から言ったんだ、気にせず持て成されてくれたまえ」




