第53話「取り立て屋」
魔女と聞いて眠たそうな表情は一変する。
「……おお、あの魔女様の遣いか。なかに入れ、話を聞こう」
ガリーニは彼女たちをテントのなかに招き入れる。使い古された外見とは裏腹に、内装は見事に高額なものを集めた出来になっている。ただ滞在するわりには立派すぎる、とソフィアはなんとなく嫌な気分にさせられた。
「それで魔女様の遣いが俺たちみたいなしがない取り立て屋に何の用で?」
「はい、実は魔女様から薔薇の刻印がある銀細工を集めるよう言われておりまして……」
リズベットはマーキンが銀細工をガリーニに売ったと聞いたのを伝えて、できれば買い戻したいと話す。彼はテントのなかにある大きな木箱から銀製の美しい薔薇の紋が刻まれたオルゴールを取り出して「これだろ? たしかに買ったぜ」とニヤつく。
「だが安くは売らねえ。いくら魔女様の頼みとはいえ大金叩いたんだ、俺たちに必要なのは利益。それ以外のモンは吸い殻みてーに役立たずだ。分かるよな?」
簡単には売らない。遠まわしだが合理的、納得のいく話だ。彼らは道楽で品物を集めているわけではない。リズベットは「いくらで?」と聞き返す。ここからが交渉になる──はずだったが、ガリーニのニヤつき顔の理由がハッキリとする。
「金貨を五枚。何年かは遊んで暮らせる金だ」
「……馬鹿にしてます? アタシたちのこと」
「ははっ、まさか。高く吹っ掛けてるつもりはねえけど」
机に置いてあった葉巻をくわえてマッチを擦り、火をつける。
「知ってるぜ、魔女様ってのは貴族たちと強い繋がりがあるんだろ? 定期的に仕事を請けてるなんて聞く。だったらそれくらいの金はたんまり貯め込んでたっておかしくねえ。俺たちは、その一部をちょっぴりほしいだけさ。この銀細工が必要なモンだってんなら、価値なんていちいち考えなくても分かる」
おそらく元の仕入れは、その半分以下だろうとリズベットは見ている。しかし自分の失敗だ、先に魔女が求めているものだと言ってしまったおかげで彼の言動は憎たらしく交渉の余地を与えようとしない。
「いくらなんでも金貨を五枚だなんて……」
「出せねえってんなら話は終わりだ、額を負けてやるつもりはねえ」
シッシッと追い払い、テントのなかを煙が満たす。傲慢で強欲なガリーニの態度にソフィアがムッとする。
「マーキンはそれを銀貨七枚で売ったと言ったわ。いくら価値があるといっても釣りあげすぎではないかしら? 二枚、これでも多いくらいだと思うけれど」
ソフィアが金貨を差し出した。彼女が持つ財産を大きく減らすことになると分かっていても、ここで回収しなくてはならない気がして強気な態度で返す。もし弱気になれば、折れてしまうのは自分たち以外にないからだ。
「ほお、威勢が良くていいねえ。──だが譲歩しても三枚、これ以上は譲らねえ。数日は待っててやる、魔女様に直接金をもらってくるなりするんだな」
ガリーニはもうこれ以上話すことはない、とテントから追い出す。仕方なくふたりは気に入らないながらも、いちど宿に戻って考えをまとめなおすことにした。
そうして彼女たちを立ち去らせたあと、ガリーニは外で待っていた部下の男たちを呼びつける。
「聞いてましたよ、ウォレスさん。良い金になりそうっすね」
「フッ、アホか。金貨三枚で済ませるかよ、きっちり五枚だ」
「……? しかしどうやって回収するんです、残り二枚を」
ガリーニは葉巻を灰皿に擦り付けて火を消し、ふうっと煙を吐く。
「マーキンと話はつけてある。あいつの宿に火ぃつけんだよ、良い焚火になるぜ? んで、あのガキどもがやったことにして修繕費を取り立てりゃいい。まさかあいつらも俺たちがグルだとは思わねえだろうさ。学のないガキに社会の厳しさを教えてやるぞ、良い授業料になったと泣いて喜ぶぜ! アーッハッハッハ!」
最初から彼は交渉に乗るつもりはなかった。むしろ決めていた最初の額を絶対に回収すると決めていた。マーキンから銀細工を買い取ろうとしたときには、それが魔女の求めているものだと聞き及んで知っていたからだ。
そのうえマーキンは臆病者だが金にがめつく、ガリーニからの提案を聞くなり自分の取り分の大きさと絶対的な安心感からあっさり乗っかり──まさか代理が来るとは思わなかっただろうが──計画が始まった。
「あいつらを尾行しろ、夜に決行するぞ。どうせ小さい村だから俺たちが火をつけたって誰も気づきやしねえさ。……何が魔女だ、俺はんなモンを崇拝するなんざ遠慮するぜ。信じるべきは俺たち自身と金だけだ。くくっ、楽しみでたまんねえな」
これで酒と女が揃っていれば最高なのに、とガリーニは笑う。
──そして夜、マーキンの宿は計画通り火を放たれることになる。ただしひとつ間違っていたことがあるとしたら、彼女たちが宿のなかに取り残されていたことだった。




