第50話「お受けします」
ローズが何を言っているのか理解できず、ソフィアは「え?」と聞きなおす。
「お前は拙い複製品を完成形に近づけるだけの才覚がある。魔女としての素質もじゅうぶん、世界にひとりだけである必要もない。私も下らん重責から解放されるしな」
魔女であるというだけで各所から飽きもせず仕事の話がやってくる。ときどき旅費を稼ぐために受けることもあるが、頻繁に手紙が送られてきてはうんざりしてしまう。魔法の研究だけでなく自身の受けるべき仕事も代理で引き受けてくれそうな彼女なら二人目の魔女を名乗らせてもいい──あるいは名乗ってもらうほうがいい──と彼女は考えた。
「でも、私なんかが……。あなたのように魔女を名乗るなんて」
もしかしたら彼女の名に傷をつけてしまう、泥を塗ってしまうかもしれない。自身が魔女に相応しくないと思っているソフィアには容易に受けられる話ではない。
「ふむ、まあそう気楽な話ではないか。それなら私の代理として魔法を使えばいい、そういう小道具もあるわけだから、嫌ならお前自身が魔女を名乗る必要もあるまい」
指をさされた荊の腕輪に、ソフィアは苦笑いをする。
「これは大したことには使えません、残念ながら。下手をしたら傷つけてしまう可能性だってある危険な道具です」
「ハハ、別にそれを使えと言っているわけじゃないさ」
彼女がいつの間にか手の中に握り締めたものを差しだす。薔薇の細工がある指輪だが、ルクスが持っていたものとは違って小さな紅い宝石がはめ込まれている。
「こいつは魔力の補助になるものだ。私が体調を崩しているときにだけ必要なら魔法が使えるように消費を抑えてくれる。……だが、お前は魔力を持っているとはいえ私ほどではないから、身に着けていればじゅうぶんに効果を発揮してくれるだろう」
ソフィアがスケアクロウズ家のなかでも特に優秀な魔力を持つ人間だったとしても、ローズの足元に及ばない。新たな魔導書を託すとき、彼女では魔力が足りないものも存在する。そのための道具に指輪を与えようと言う。
「私もひとりで魔法の研究を続けていくのには限界がある。誰かと知識や意見を共有できれば今後にも役立つだろう。もしお前が私を敬愛し魔女に憧れを抱いているというのなら、その程度のことは受けてくれると思っているんだが……」
強い信頼を寄せているふうに言われると、断るのも失礼なのではないだろうかと思えてくる。いや、あるいは役に立てるのなら受けるべきだとも。もちろん、それがローズのすこしでも身軽になりたいという狙いでもあったが。
「っ……お受けします、ほかでもない魔女様の頼みなら」
「そう言ってくれると思っていた」
笑顔を向けられて、ソフィアは照れた様子で顔をそむける。
「ではケトゥスを出る前にカナロ島へ寄ってくれ。魔導書を持ってきてくれたら、私が本物と同等のモノに仕上げてやろう。……そろそろ行かないと」
夜遅くまで自分のことでシャルルたちにも苦労させている、と彼女たちを呼び戻そうとした。そのまま島へ帰るつもりなのだろうとソフィアは「私が呼んできますわ、魔女様。ここでしばらくお休みを」胸に手を当て、小さく頭を下げる。
まだ本調子でないローズの顔色は薄暗くても分かるくらいだ。急いで呼びに行こうとして「あ、それからもうひとつだけいいか」と呼び止められた。
「はい、なんでしょうか。あっ、他に必要なものとか?」
「そうじゃない。魔法の遺物──スケアクロウズの魔道具だが」
ローズは腕を組み、考えるそぶりを見せてから。
「おそらくこれからお前が回収することになる〝オルゴール〟がある。そいつだけは数ある銀製の魔道具のなかでただひとつレナードが創ったものだ。使い道があるから、もし手に入ったらお前が管理をしてくれるとありがたい」
その言葉の意味がソフィアにはよく分かっていなかった。とにかく手に入れば大切にしておけばいい、と考えて「ええ、そのように致します」と返事をした。
ひとつ疑問に感じたのは、なぜ〝父親がただひとつだけ創った魔道具〟について知っているのかということだったが、その想いもローズとレナードに接点があったことを思えば知る機会はあったのかもしれないと捨ててしまった。
そうして去り行く背中に、ローズは頭を掻く。
「……スケアクロウズ、か。つくづく縁のあるやつらだな」
託された依頼のことをソフィアは良く知らない。自身の血筋が引き起こした厄介ごとの後始末だと、それ以上に考えたりもしなかった。だからローズの言葉も『依頼の延長』としか受け取らないまま。
真意を理解したのは、彼女がのちにオルゴールを手にしたときだった。




