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銀荊の魔女─スケアクロウズ─  作者: 智慧砂猫
第一部 スケアクロウズと魔法の遺物

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第48話「謝罪」

 全身に染みてくる明瞭な言葉にソフィアは笑顔のまま固まった。理解するまでほんの数秒を必要として、ようやく我に返ったときには笑顔をひきつらせた。


「あの、えっと、父が母を? 冗談がお上手ですね」

「……あとでふたりだけで話がしたい」


 信じようとしない彼女に、ローズが言う。


「聞くか聞かないかはお前が決めろ。私はどちらでも構わないがな」


 気にならないわけがない。なぜスケアクロウズが魔導書を盗みだし、そしてどうしてもスケアクロウズの血を絶やさずにいようとしたことを。今すぐにでもすべてを聞きたかった。だがローズは考える時間をくれるために食事の前に伝えたのだろう。


 みれば、まだあまり顔色が良いとは言えなかった。


「わかりました。では食事のあと、そうですね……港で話しましょう」

「……そうしよう。リズベットのことはシャルルたちに任せておく」


 その後、店で揃っての夕食のあいだ中ソフィアは皆との会話があまり頭に入ってこないまま解散を待った。幸いにも料理の味の良さだけはしっかりと楽しめたが、そうして落ち着かない状態を過ごすことになってしまった。


 時刻はすっかり遅くなり、ローズが懐中時計を開いたのを合図にシトリンが「そろそろ出ましょうか、楽しかったですね」と誘導する。


「あー、お腹いっぱい! ありがとうございました、魔女様!」

「気にしないでいい。さて、私はすこし夜風でも浴びてくるかな」


 席を立つローズをちらっと見たソフィアも「私もせっかくだから」と立ち上がる。リズベットがついて行こうとすると、シャルルに「リズベットはボクと散歩でもするかい?」呼び止められてすぐに「行きます!」と元気に返した。


「では支払いは私がしておきますので皆様はお先に」


 硬貨の詰まった袋─中身はローズのものだが─を手にシトリンがニヤリとする。


「頼んむぞ、シトリン。じゃあ行こう、ソフィア」

「……はい。顔色悪いみたいですが平気ですか?」

「なに、大したことじゃない。昼間よりはマシだ」


 すこし話をするくらいは平気であると強がりをしてみせたが、実際のところはあまり良くはないようだ。店から離れるまでしばらく待ち、それから「肩を貸しましょうか」と声を掛けるとローズは申し訳なさそうにしながらも「頼む」と港まで歩く。


「悪いな。もう大丈夫だ、自分で歩けるよ」


 海が見えてきて、近くにあった箱を背もたれにする。


「ふう……。この調子だとまたシャルルに怒られる」

「ふふっ、それは大変そうですね。お話しても大丈夫なんですか?」

「前に銀細工のひとつを回収するのに厄介な連中を相手にしてな」


 探していた銀細工を持っていたのが、たまさか野盗の一団であったためにシャルルを危険に晒さないよう普段よりも無茶をしたと彼女は笑った。面白可笑しそうに。


「だが久方ぶりの無茶のせいでこのありさまだ、お前たちが来てくれて助かったよ。……さて。私のことよりお前の話だ、ソフィア」


 本題に戻り、ローズは予定していた通りスケアクロウズ家の当主であった男がなぜ魔導書を盗むに至ったかを振り返る。


「まず初めに言っておくが悪く言うつもりはない。お前の父親──レナードは間違いなく魔導書を盗んだ。どうやって開いたかまでは知らんが、とにかくヤツは好奇心と期待のふたつをもって私の魔導書を手に逃亡したわけだ」


 ローズとレナードが知り合ったのは、彼女が観光中にたまさかすれ違ったときに話しかけられたからだ。『あなたがレディ・ローズか?』と。それがきっかけで少し話に付き合ってみたら、隙を突いて魔導書を持ち逃げされてしまった。長い人生のなかで二度目の不注意だった、と深いため息をつく。


「そのときはスケアクロウズ家だとヤツも言わなかったから素性を知るのには苦労したよ、私の魔法で探そうにも範囲の外に逃げられていたしな」


 盗難被害に気付くのが遅れてしまい、スケアクロウズ家だと分かったときには銀細工の売買が一部の貴族たちのあいだで行われていた。看過できなかった彼女は、すぐに彼らを見つけ出して返すように告げた。もし抵抗した場合の命の保証もしない、と。


「そのとき他の連中はどうだったかまでは記憶にないが、レナードのことはよく覚えている。帰ろうとした私を追い掛けてきてまでヤツは私に言ったんだ────」


 よく覚えている、その光景を。馬車を走らせる彼女たちを追い掛けて必死の形相で『待ってくれ、力を貸してほしい! 俺の罪深さは承知の上で図々しい頼みをしていることも理解している! だがどうあっても必要なんだ、魔女殿!』懇願する彼の言葉は、決して軽いものではなかった。失った妻を取り戻したい、娘に笑ってほしいと言われて、さすがのローズもすこし考えるほどに。


「それでも、魔女様は断ったのでしょう?」

「ああ。申し訳なくは思ったがな」


 彼女は肩をすくめて悲しそうな表情を浮かべる。それはきっと過去のレナードに向けてではなく、目の前にいる純粋な心を持つ魔女ソフィアに対してだ。


「──死者は生き返らせることができる。だが、それは歴代の魔女全員が〝禁忌〟としてきたことだ。……人智を超えた生命という仕組みへの冒涜。私たちはそう認識している。にも拘わらずあの男は、なんの反省もしていなければお前を魔女として城に閉じ込め続けるなど、すべて私の失態だ」


 もしスケアクロウズから魔導書を取り返すだけでなく、彼らが二度と悪事を働かないよう監視をつけるなりしておけば、ソフィアが長きに渡り苦しむ必要はなかった。カナロ島で名前を聞いてからどう伝えたものかとずっと悩んでいた。ローズは深く頭を下げて謝罪の言葉を口にする。


「本当にすまなかった、ソフィア。この通りだ」

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